Commission(コミッション)

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コミッション(Commission)は、2019年にニューヨークで設立された、現代ファッションシーンにおいて最もエモーショナルで知的なアプローチを持つラグジュアリー・レーベルの一つです。ディラン・カオ、フイ・ルオン、ジン・ケイという、いずれもアジアにルーツを持ち、ニューヨークを拠点に活動する3人のデザイナーによって創設されました。彼らはグッチ(Gucci)やプラバル・グルン(Prabal Gurung)といったトップメゾンでキャリアを積んだ後、自分たちのアイデンティティと「記憶」を形にするためにこのブランドを立ち上げました。

ヘルムート・ラングが1990年代に都会的な緊張感をテーラリングに宿らせ、ピーター・ドゥが現代のニューヨークの構築美を追求しているとすれば、コミッションが提示したのは「80年代から90年代のアジアにおけるワーキングマザーの装い」という、極めてパーソナルでありながら普遍的なノスタルジーです。アジアの経済成長期を支えた女性たちの、強く、どこか控えめで、しかし誇り高いオフィススタイルを現代的に再構築するその手法は、瞬く間に世界中のエディターやファッショニスタを虜にしました。ここでは、新時代のニューヨーク・ミニマリズムを牽引するコミッションの深淵なる世界を詳述します。


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1. 創業者たちの軌跡:移民としての視点と記憶の再生

コミッションの物語は、3人の移民デザイナーが共有する「母親の思い出」から始まります。

  • 三者三様のキャリアの融合ディラン、フイ、ジンの3人は、いずれもベトナムや韓国といったアジア諸国からアメリカへ渡り、ファッションの最高峰で技術を磨いてきました。彼らがコミッションを設立した動機は、西洋的なラグジュアリーの基準に自分たちを合わせるのではなく、自分たちのルーツにある「リアルなアジアの日常」を、最高級のファッションとして昇華させることにありました。
  • 母親のワードローブへのオマージュ彼らのインスピレーションの源は、1980年代から90年代にかけて、アジアの都市部で働いていた自分たちの母親の姿です。朝、オフィスへ向かうために身に纏った肩パッドの入ったジャケット、膝丈のスカート、独特なプリントのブラウス。そこには、単なるファッションを超えた「家族を支える女性の強さ」が宿っていました。コミッションは、そのノスタルジックな光景を、洗練されたカッティングと現代的な素材使いで「今」の服へと変換しました。

2. デザイン哲学:シネマティック・ノスタルジーと鋭利な仕立て

コミッションのデザインを一言で表すなら、「映画のような情緒を伴うモダン・テーラリング」です。

  • 脱構築されたオフィスウェア彼らが得意とするのは、伝統的なワークウェアや事務服の解体と再構築です。一見するとクラシックなグレンチェックのジャケットやペンシルスカートですが、ディテールをよく見ると、極端に長く設定されたカフス、鋭利な襟のライン、あるいは意図的に配置されたスリットなど、現代的な「毒」が潜んでいます。この「見慣れたはずの服が、全く新しいものに見える」という違和感こそが、彼らの真骨頂です。
  • テクスチャーの物語性コミッションが選ぶ素材には、常に物語があります。ヴィンテージの壁紙を思わせるフローラルプリント、少し光沢のあるシンセティックな素材、あるいは重厚なウール。彼らは素材を通じて、当時のアジアのオフィスや家庭の空気感を再現します。しかし、それは決して古臭いコスチュームにはならず、ニューヨークの摩天楼の中でも圧倒的なモダンさを放ちます。
  • アグレッシブなフェミニニティとマスキュリニティ彼らの提案するスタイルは、女性らしさを強調するものではなく、服が持つ「構造」によって着る人を定義します。2021年からはメンズラインも本格的に始動しましたが、そこでもジェンダーの境界線は曖昧であり、誰もが「Commissionという人格」を纏うことができるようなユニバーサルな設計がなされています。

3. 象徴的なディテールとアイコン

コミッションの服には、知る人が見れば一目でそれと分かるシグネチャーが散りばめられています。

  • シネマティックなプリント彼らが毎シーズン発表するオリジナルのプリントは、古い写真や映画のワンシーンから着想を得ています。どこか色褪せたような色彩や、抽象化されたパターンは、着る人の想像力を掻き立てます。
  • 極端なプロポーション非常にタイトなトップスに対し、極端にワイドなトラウザーズを合わせる。あるいは、ウエストを極限までシェイプしたジャケット。これらのプロポーションの遊びは、ヘルムート・ラングがかつて追求した「身体の美学」を、よりドラマチックに進化させたものです。
  • 「Commission」タグの配置ブランドロゴを前面に出すことはありませんが、タグの配置や縫製の一針一針に、彼らのアイデンティティが刻まれています。それは、大量消費されるファッションに対する、彼らなりの「誠実な労働」の証でもあります。

4. ピーター・ドゥやヘルムート・ラングとの対比:アジアの感性

本サイトで紹介している他のブランドと比較すると、コミッションの立ち位置は非常に「叙情的(リリカル)」です。

ヘルムート・ラングが冷徹な知性と都会の孤独を、ピーター・ドゥが圧倒的な構築美と効率性を追求しているとすれば、コミッションは「家族、記憶、そして愛」を追求しています。ラングの服が都市を生き抜くための冷たい鎧であるなら、コミッションの服は、自分自身のルーツを肯定し、誇りを持って社会に立ち向かうための「温かな戦闘服」です。

しかし、共通点もあります。それは「不必要な装飾の排除」と「仕立て(テーラリング)への絶対的な信頼」です。コミッションもまた、派手な装飾に頼ることなく、型紙の美しさと素材の質だけで勝負します。このミニマリズムの精神を持ちながら、そこにアジア独自の情緒を注ぎ込む手法は、世界中のファッション関係者から「新しいラグジュアリーの形」として高く評価されています。


5. コミッションが遺すもの:移民デザイナーの希望

2020年にはLVMHプライズのファイナリストに選出されるなど(パンデミックにより共同受賞)、コミッションは短期間で世界的な評価を確立しました。彼らの成功は、単なるビジネスの成功以上に、ファッション界における「多様性」のあり方に一石を投じました。

  • 文化の翻訳者として彼らはアジアの文化を、エキゾチシズム(異国趣味)として消費される対象から、普遍的な美しさを持つラグジュアリーへと翻訳しました。これは、アジア系デザイナーが直面してきた「ステレオタイプ」を打破する、非常に革命的な出来事です。
  • 持続可能な記憶コミッションの服は、流行が去れば捨てられるようなものではありません。彼らが作る服は、着る人自身の記憶と重なり合い、何十年後かに「あの頃の自分」を思い出すための依り代となることを目指しています。

6. 2026年の視点から:未来への展望

2026年現在、コミッションはニューヨークを代表するインディペンデント・メゾンとして、その地位を揺るぎないものにしています。巨大資本に属さず、自分たちのペースで、自分たちが信じる「記憶」を形にし続ける姿勢は、多くの若手デザイナーの希望の光となっています。

コミッションのアイテムを身に纏うことは、自分自身のルーツや、自分を育ててくれた人々への敬意を表明することでもあります。シャープなジャケットの肩に手を置き、滑らかなシルクの感触を楽しみながら、かつて強く生きた女性たちの姿を思い起こす。その時、ファッションは単なる衣服であることを超え、時空を超えた対話の手段となります。

流行が去り、喧騒が静まった後も、コミッションが提示した「愛と記憶のテーラリング」は、私たちの人生を静かに、しかし力強く彩り続けてくれるでしょう。それは、彼らが描いたのが、単なるデザインではなく、人間の尊厳そのものだったからです。

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