Studio Nicholson(スタジオニコルソン)

IMPORT BRAND

スタジオニコルソン(Studio Nicholson)は、2010年にロンドンで設立されたファッションブランドであり、現代のワードローブにおいて「ファブリック(生地)ファースト」という独自の地位を確立しています。創業者であるニック・ウェイクマン(Nick Wakeman)は、20年以上にわたるテキスタイルデザインの経験を持ち、その深い知識と審美眼を基盤に、洗練されたシルエットと機能性を追求し続けてきました。

ヘルムート・ラングやルメールといったブランドが持つ装飾を削ぎ落とす美学を共有しながらも、スタジオニコルソンが際立っているのは、イギリスらしいテーラリングの伝統と、日本の建築や文化、そしてサブカルチャーから得たインスピレーションを完璧に融合させている点にあります。ここでは、このブランドがいかにして世界中のファッション愛好家を魅了するに至ったのか、その歴史と哲学を圧倒的なボリュームで詳述します。

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ニック・ウェイクマンの軌跡とブランドの誕生

スタジオニコルソンの物語は、創業者ニック・ウェイクマン自身の衣服に対する並々ならぬ情熱から始まります。彼女はチェルシー・アーツ・カレッジでテキスタイルを学び、卒業後は長年にわたりファッション業界でデザイナーとしてキャリアを積んできました。彼女が自身のブランドを立ち上げる際に最も重視したのは、自分が本当に着たい、質の高い服を作ることでした。

ニックが長年愛用してきたのは、メンズウェアの仕立てや素材感でした。男性用のシャツやパンツが持つ、構造的な強さと機能美。それを女性のワードローブに持ち込みたいという欲求が、スタジオニコルソンの出発点となりました。2010年にウィメンズラインからスタートしたブランドは、その圧倒的な生地の質と、着る人を美しく見せるボリューム感のあるシルエットで、またたく間に注目を集めました。

その後、2017年には待望のメンズラインが加わりました。彼女のデザインアプローチは、性別を問わず形と素材の対話をおこなうものであり、現在ではジェンダーレスな魅力を放つブランドとして、世界的な成功を収めています。

デザイン哲学:モジュラー・ワードローブという概念

スタジオニコルソンを語る上で欠かせないのが、モジュラー・ワードローブ(Modular Wardrobe)という考え方です。これは、各シーズンごとに全く新しいスタイルを提示するのではなく、過去のアイテムとも現在のアイテムとも完璧に調和し、組み替えることができる衣服の集合体を指します。

建築的なアプローチ

ニック・ウェイクマンは、日本の建築、特に安藤忠雄に代表されるようなブルータリズム建築や、コンクリートの質感、空間の取り方に強い影響を受けています。彼女にとって服作りは、人体という空間をいかに美しく、かつ機能的に構築するかという作業です。無駄な装飾を省き、素材の質感そのものを生かす手法は、まさに建築的な美学に基づいています。

ファブリック・ファースト

ブランドの根幹にあるのは、常に生地です。ニックはデザイン画を描く前に、まず生地を選びます。イタリアの高級ウール、ポルトガルの上質なジャージー、そして日本の熟練した職人が織りなす最高級のコットン。生地の重み、硬さ、光沢が、最終的な服の形を決定します。この素材が形を作るという逆転の発想が、スタジオニコルソン特有の、崩れそうで崩れない絶妙なシルエットを生み出しています。

快適さとエレガンスの両立

スタジオニコルソンの服は、一見するとゆったりとしていますが、袖を通すと驚くほど緻密に計算されたパターンに気づかされます。体を締め付けることなく、それでいてだらしなく見えない。このエフォートレス(努力を要しない)なエレガンスこそが、多忙な現代人が求めている究極のラグジュアリーなのです。

日本文化への深い愛と相互作用

スタジオニコルソンの成功において、日本との関係は極めて重要です。ニック・ウェイクマン自身が親日家であり、頻繁に日本を訪れる中で、日本の製造技術やライフスタイル、あるいはディテールへのこだわりを吸収してきました。

日本産素材の採用

ブランドで使用されるデニムや一部のコットン生地は、岡山の老舗工場など、日本の優れた職人の手によるものです。日本のテキスタイルが持つ繊細さと堅牢性は、彼女の求めるクオリティに不可欠な要素となっています。

日本での成功とグローバル展開

ブランドが設立されて間もない頃から、日本のセレクトショップはスタジオニコルソンの才能をいち早く見抜いていました。日本人の体型や好みに合う、洗練されたミニマリズム。この日本での成功が自信となり、世界中への拡大を後押ししました。現在では青山に旗艦店を構えるなど、ロンドンと東京はブランドにとって二つの重要な心臓部となっています。

アイコニックなアイテムと素材の魅力

スタジオニコルソンのコレクションには、シーズンを超えて愛される定番が数多く存在します。

ボリュームパンツ(Peached Cotton)

ブランドの象徴と言えるのが、圧倒的なボリュームを持つワイドパンツです。特にピーチドコットンと呼ばれる、表面を微細に起毛させた厚手のコットン生地を使用したパンツは、一度履いたら忘れられない肌触りと立体感を提供します。この生地は、独特のハリがあり、歩くたびに美しいラインを描きます。

ニットウェアのこだわり

スタジオニコルソンのニットは、その重厚感と保温性、そしてカラーパレットの美しさで知られています。メリノウールやカシミヤを贅沢に使い、イギリスの伝統的な編み地を現代的なシルエットに落とし込んだニットは、冬のモジュラー・ワードローブの中心を担います。

シューズ・コラボレーション

日本のムーンスター(Moonstar)とのコラボレーションによるスニーカーは、ブランドのカジュアルな一面を象徴しています。ヴァルカナイズ製法を用いたクラシックなフォルムに、スタジオニコルソンらしい独特のカラーを乗せたスニーカーは、ドレスアップしたスタイルをあえて崩すための抜け感として機能します。

ヘルムート・ラングやルメールとの共通点と相違点

スタジオニコルソンは、しばしばミニマリズムの文脈でヘルムート・ラングやルメールと比較されます。しかし、その立ち位置は独特です。

ヘルムート・ラングが1990年代に示したのは、知的でクール、そして時には冷徹ささえ感じさせるミニマリズムでした。一方でルメールは、パリの詩的な情緒と、人肌の温もりを感じさせるエレガンスを追求しています。

これらに対し、スタジオニコルソンはワークウェアやユニフォームとしての実用性により軸足を置いています。ニック・ウェイクマンのデザインは、より日常的であり、より頑丈です。彼女が作る服は、特別な日のためのドレスではなく、毎日を戦い、生活するための質の高い道具に近い感覚を持っています。この道具としての美が、現代のミニマリズム愛好家たちに新たな視点を与えました。

[Image comparing the structural silhouettes of Lang, Lemaire, and Studio Nicholson]

サブカルチャーとモダン・ブリティッシュの融合

ロンドンという都市が持つ多層的な文化も、スタジオニコルソンの重要なスパイスです。ニックは、1990年代のロンドンの音楽シーンやレイブカルチャー、そして当時の若者たちが着ていたオーバーサイズの服の感覚を、大人にふさわしい洗練へと変換しています。

単なる懐古趣味ではなく、当時の自由なエネルギーを現代の最高級素材で包み込む。このバランス感覚が、若年層からベテランのファッショニスタまでを惹きつける理由です。イギリスの伝統的なテーラリングが持つ規律と、サブカルチャーの持つ反抗心が、スタジオニコルソンというフィルターを通ることで、静かなる洗練へと結実しています。

遺産と未来への展望:時代に流されない価値

スタジオニコルソンがファッション界に残している最大の功績、それはトレンドを無視することの自由を提示したことです。

毎年、膨大な数のトレンドが生まれ、そして消えていきます。しかし、ニック・ウェイクマンはそれらに背を向け、10年後も同じように着ることができる服、10年後の方がより魅力的に見える服を作り続けています。これは、環境への配慮という文脈でのサステナビリティであると同時に、精神的なサステナビリティでもあります。

お気に入りの一着を長く着続けること。それを新しいアイテムと組み合わせて、新鮮な気分で楽しむこと。スタジオニコルソンは、そのような豊かな衣服体験を提供してくれます。

スタジオニコルソンは、単なるブランド名以上の意味を持つようになりました。それは、自身のスタイルを持ち、素材の良さを理解し、過剰な装飾を必要としない人々のための共通言語です。

ニック・ウェイクマンが紡ぎ出すテキスタイルの物語は、これからも私たちの生活を静かに、しかし力強く彩っていくことでしょう。ロンドンのストリートの感性と、日本の職人技の静謐さが交差する場所。そこに、私たちが求める真のモダンが息づいています。

スタジオニコルソンの服を身に纏うことは、自分自身を静かな自信で包み込むことです。流行が去った後も残るもの。それこそが、スタジオニコルソンが追求し続ける、時を超えた美学なのです。

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