1960年代は、ファッションの主役が大きく入れ替わった、特別な10年でした。それまで装いをリードしてきたのは、富と地位を持つ大人たちでした。けれども、この10年で、その座は一気に若者へと移ります。戦後に生まれた数多くの若者たちが、自分たちの音楽、自分たちの価値観、そして自分たちの服を求めはじめたのです。
この変化は、偶然ではありませんでした。戦後のベビーブームで生まれた世代が、ちょうど若者になり、人口のうえでも大きな存在になっていたのです。彼らは、親の世代とは違う生き方を求め、それを音楽やファッションで表現しました。経済的にも豊かになり、若者が自由に使えるお金を持つようになったことも、若者向けの新しいファッションが花開く土壌になりました。ミニスカート、未来的なメタリック、サイケデリックな柄。60年代の装いは、若さと自由と実験精神に満ちていました。本記事では、この激動の10年をたどりながら、古着という入り口から、モッズやサイケを楽しむ愉しみを編集部の視点で書いていきます。
60年代ファッションとは何か
60年代ファッションを一言で表すなら、若者が起こした革命です。それまでのファッションは、パリのオートクチュールに代表される、格式高く、大人のためのものでした。けれども60年代、若者たちはその権威に反旗を翻します。堅苦しい伝統よりも、自由で楽しく、新しいものを。その欲求が、装いを根本から変えていきました。
この10年の装いは、ひとつの様式にはまとまりません。大きく分けて、三つの流れがありました。ひとつは、ロンドンを中心に花開いたモッズ。ミニスカートと幾何学模様の、若々しくシャープなスタイルです。もうひとつが、宇宙時代の到来に触発されたスペースエイジ。未来的で、メタリックな輝きをまとった装いです。そして三つ目が、10年の後半に広がったヒッピーとサイケデリック。自由と内省を求め、自然や東洋へと向かった、うねるような色彩の世界です。
おもしろいのは、この三つが、10年のなかでおおむね順を追って現れたことです。前半はモッズとスペースエイジの、シャープで未来的な気分が支配し、後半になるとヒッピーの、ゆったりと自然志向の気分へと移っていきました。同じ10年のなかで、これほど対照的な美意識が次々と生まれた時代は、ほかになかなかありません。けれども、これら三つは、それぞれに異なりながらも、若者が自分たちの価値観を装いで表現するという一点で、深くつながっていました。60年代は、その三つの流れが次々と現れた、めまぐるしくも豊かな時代だったのです。だからこの10年を知ると、その後のファッションの多くの源流が見えてきます。
経済的にも豊かになり、若者が自由に使えるお金を持つようになったことも、若者向けの新しいファッションが花開く土壌になりました。
モッズ — ミニスカートの革命
60年代前半を象徴するのが、モッズです。その中心にいたのが、ロンドンのデザイナー、メアリー・クワントでした。彼女が広めたミニスカートは、それまで考えられなかったほど短く、女性たちが初めて堂々と脚を見せる装いでした。これは単なるデザインの変化ではありません。女性が自由に、若々しく、自分の体を肯定して装うという、価値観の転換そのものでした。
モッズの装いは、鮮やかな色、幾何学的な模様、そして短い裾が特徴です。白と黒のコントラストや、はっきりとした原色、規則的に並ぶ図形。それは、重厚で格式高いパリのオートクチュールへの、明確な反抗でもありました。手の届く価格で、若者が楽しめる服。クワントは、ファッションを一部の特権階級のものから、街の若者のものへと解き放ったのです。当時のロンドンは「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれ、音楽もファッションも若者文化が爆発した街でした。その熱気の中心に、モッズの装いがありました。
この時代を象徴したのが、トゥイッギーをはじめとする若いモデルたちでした。細くまっすぐな体型と、あどけなくも新しい雰囲気は、それまでの大人びた美の基準を塗り替え、世界中の若者の憧れになりました。豊満で大人びた美から、若く中性的な美へ。モデルの存在そのものが、時代の価値観の転換を映していたのです。シャープなシフトワンピースに、大胆な幾何学模様。膝上の短い裾に、平らな靴。モッズは、動きやすく、若々しく、何より自由な、若さそのものを祝福する装いでした。
スペースエイジ — 未来への憧れ
60年代は、人類が宇宙を目指した時代でもありました。その高揚が、ファッションにも未来への憧れをもたらします。それがスペースエイジと呼ばれる流れです。
その先駆けとなったのが、フランスのデザイナー、アンドレ・クレージュが1964年に発表した「スペースエイジ」コレクションでした。白いゴーゴーブーツ、建築のように構築されたシルエット、そして銀色に輝くメタリックな素材。シルバーのラメや、つややかなビニール、金属的なレザーを使い、宇宙服を思わせる未来的な装いを生み出したのです。直線的で幾何学的なフォルムは、まるで未来の住人のための制服のようでした。
それは、来たるべき未来への期待を、そのまま服の形にしたものでした。当時、人類は宇宙開発を競い、月へ向かおうとしていました。技術が世界を輝かしく変えていくという、時代の楽観的な空気が、この銀色の輝きには込められています。クレージュに続いて、パコ・ラバンヌが金属やプラスチックの板をつないだ服を発表するなど、素材そのものを未来へと押し広げる実験も生まれました。モッズが若さの革命だったとすれば、スペースエイジは未来への夢でした。同じ60年代のなかで、現実の若者文化と、未来への空想とが、並んで花開いていたのです。この未来的な感覚は、のちにY2Kのきらめきへと、形を変えて受け継がれていきます。
ヒッピーとサイケデリック — 自由と内省へ
10年の後半に入ると、装いの空気は大きく変わります。シャープで未来的なモッズやスペースエイジから、もっと自由で、内省的な方向へと向かっていったのです。それが、ヒッピーとサイケデリックの流れでした。
この変化の背景には、当時の若者たちのカウンターカルチャー、つまり既存の社会への異議申し立てがありました。物質的な豊かさや、画一的な価値観への疑問。戦争への反対や、自然との共生を求める声。その気分が、装いにも色濃く表れます。服は、うねるような模様や、目のさめるような色彩、絞り染めのタイ・ダイを描くキャンバスになりました。工場で均一に作られた服ではなく、自分で染め、自分で飾る一点ものへ。手仕事への回帰も、この時代の特徴でした。
サイケデリックな音楽やアートと響き合いながら、装いは自由で陶酔的なものになっていきます。フリンジやペイズリー柄、刺繍、ベルボトムのパンツ。さまざまな文化の要素が混ざり合い、ボヘミアンな雰囲気が広がりました。やがて、短かった裾は再び長くなり、1969年頃には足首まで届くマキシ丈が広がります。ミニで脚を見せた前半とは対照的に、ゆったりと体を包む装いへと変わっていったのです。自然や東洋の文化への憧れ、手仕事への回帰。ヒッピーの装いは、競争や効率とは違う価値を求める、静かな問いかけでもありました。前半の若々しい革命から、後半の内省的な自由へ。60年代は、その振れ幅のなかで、装いの可能性を大きく押し広げたのです。
60年代が残したもの
60年代の10年が残したもっとも大きな遺産は、特定の服の形ではありません。それは、若者が文化の主役になり、装いで自分の価値観を表現するという、新しいあり方そのものでした。
それ以前、ファッションは上から下へと流れるものでした。パリの権威が決めた流行が、世界へと広がっていく。けれども60年代に、その流れは逆転します。街の若者たちが生み出したスタイルが、世界のファッションを動かすようになったのです。デザイナーが若者の街の動きから着想を得る。その関係は、いまでは当たり前になりましたが、その始まりは60年代にありました。
この転換は、その後のすべてのストリートファッションの原型になりました。これまでの記事で見てきたパンクも、ヒップホップも、その根っこには、60年代に若者が手にした「装いで自分を語る自由」があります。70年代以降のさまざまなサブカルチャーの装いは、いわば60年代がまいた種が、それぞれの形で花開いたものだとも言えます。また、ミニスカートが象徴した女性の解放や、ヒッピーが問いかけた価値観の見直しは、ファッションを超えて、社会のあり方にも影響を与えました。服が、社会の変化と手を取り合って進む。60年代は、服がただの装いを超えて、時代を動かす力になりうることを、はっきりと示した10年だったのです。
古着で楽しむ60年代
ここで、古着の話に入ります。60年代の装いは、いまや古着やヴィンテージとしてしか出会えないものがほとんどです。だからこそ、この時代を楽しむなら、古着はもっとも確かな入り口になります。
幾何学模様のシフトワンピース、サイケデリックな柄のシャツ、当時のブーツやアクセサリー。これらの本物には、新品の「60年代風」には出せない、時代そのものの空気が宿っています。当時の鮮やかな色づかいや、大胆な柄は、画一的になりがちな現代の装いに、はっとするような個性を加えてくれます。半世紀以上を経た一着は、それだけで物語を帯びていて、身につけるだけで、ほかにはない存在感が生まれます。年代を経た色あせも、かえって味わいになります。一点ものが多いので、人とかぶらない自分だけの装いがつくれるのも、60年代古着の魅力でした。
ただし、60年も前の服は、生地が傷みやすくなっていることもあります。古着で選ぶときは、縫い目のほつれや、生地の薄さ、ファスナーやボタンの状態を確かめておくと安心です。多少の傷みは味として楽しめますが、よく着るつもりなら、しっかりした状態のものを選びたいところです。状態の良い60年代の一着は希少なので、気に入ったものに出会えたら、その縁を大切にしたいものです。
60年代の古着を取り入れるときは、全身を当時の姿で固める必要はありません。むしろ、一点だけ取り入れて、現代的な装いと混ぜるのが、こなれた楽しみ方です。幾何学柄のワンピースを一枚、サイケな柄シャツを一着、ふだんの装いに加えるだけで、装いに時代を超えた個性が生まれます。大胆な柄や色は、合わせる他のアイテムを無地の落ち着いた色でまとめると、ぐっと取り入れやすくなります。60年代の若者がそうしたように、ルールにとらわれず、自分が楽しいと思う組み合わせを試す。その自由な精神こそ、この時代の装いを楽しむいちばんの鍵でした。
自由のはじまり
60年代ファッションは、若者が時代の主役になった、革命の10年でした。メアリー・クワントのミニスカートが象徴した若さの解放、クレージュのスペースエイジが描いた未来への夢、そしてヒッピーとサイケデリックが求めた自由と内省。三つの異なる流れは、どれも、若者が自分たちの価値観を装いで表現するという、共通の精神から生まれていました。
この10年が解き放った「装いで自分を語る自由」は、いまも私たちの装いの根っこに流れています。流行を上から与えられるのではなく、自分が好きなものを選び、自分らしく着る。そんな当たり前の感覚は、実は60年代の若者たちが勝ち取ったものでした。古着屋で見つけた一着の幾何学柄のワンピースや、サイケな柄シャツ。そこに袖を通すとき、私たちは、半世紀前に若者たちが起こした自由の革命を、自分の装いのなかで受け継いでいるのです。型にはまらず、楽しむこと。60年代が教えてくれるのは、そうした装いの原点でした。











