香水売り場で「メンズ」「レディース」と分かれた棚を眺めながら、本当にその区分は意味があるのかと立ち止まった経験はないだろうか。Le Labo の Santal 33 を女性が纏い、Byredo の Gypsy Water を男性が肌に乗せる光景は、いまや東京・パリ・ニューヨークのいずれの都市でも珍しくない。2010 年代以降、欧米のニッチフレグランスが先導したジェンダーレスの波は、日本のフレグランス文化にも確実に浸透しつつある。本記事では、性別の境界を越えて愛用される「ユニセックス香水」の定番 10 本を、編集部が肌で試した実感ベースで選定した。サンタル系の暖かさ、シトラスの清涼感、ウッディな静謐さ、アンバーグルマンの甘さ——それぞれの個性が、纏い手の体温や生活背景と混ざり合い、唯一無二の輪郭を描く。香水を「自己表現の延長」として捉え直したい人へ、選び方のヒントと合わせて深掘りしていく。
| 香水名 | 香調 | 持続性 | おすすめシーン | 編集部評価 |
|---|---|---|---|---|
| Le Labo – Santal 33Le Labo | カルダモン、ヴァイオレット アコード | 4-6時間 | 20-50 代男女のフォーマル・デート・特別… | ★3.8 |
| Jo Malone – Lime Basil & MandarinJo Malone London | ライム、マンダリンオレンジ、ベルガモット | 1-2時間 | 20-50 代男女の春夏・オフィス・カジュア… | ★3.8 |
| Byredo – Bal d'AfriqueByredo | アマルフィレモン、タジェテス、ブラックカラント | 4-6時間 | 20-40 代男女の春夏・カジュアル・休日・… | ★4.0 |
| Byredo – Gypsy WaterByredo | ジュニパーベリー、レモン、ベルガモット | 4-6時間 | 20-40 代男女の春夏・カジュアル・アウト… | ★4.1 |
| Diptyque – Tam DaoDiptyque | イタリアン サイプレス、マートル、ローズ | 2-4時間 | 30-50 代男女のフォーマル・秋冬・落ち着… | ★3.9 |
| Jo Malone – Wood Sage & Sea SaltJo Malone London | シーソルト、グレープフルーツ | 1-2時間 | 20-40 代男女の春夏・カジュアル・休日・… | ★3.7 |
| Hermès – Eau d'Orange VerteHermès | ベルガモット、レモン、マンダリン | 1-2時間 | 20-60 代男女の春夏・朝・カジュアル・日常 | ★3.9 |
| Le Labo – Thé Noir 29Le Labo | フィグ(イチジク)、ベイリーフ、ベルガモット | 4-6時間 | 30-50 代男女の秋冬・カジュアル・読書・… | ★4.1 |
| Maison Francis Kurkdjian – Baccarat Rouge 540Maison Francis Kurkdjian | サフラン、ジャスミン | 4-6時間 | 20-50 代男女のフォーマル・夜のディナー… | ★4.1 |
| Maison Francis Kurkdjian – Aqua UniversalisMaison Francis Kurkdjian | レモン、ベルガモット | 2-4時間 | 20-50 代男女のオフィス・日常・初対面・… | ★4.2 |
ユニセックス香水の歴史 1990s〜現代
香水の世界に「ユニセックス」という概念が明確に持ち込まれたのは、1994 年の Calvin Klein「CK One」が嚆矢とされる。シトラスとグリーンティを基調にした透明感のある香りは、男女どちらが纏っても違和感のない設計で、当時の MTV 世代のジェンダーフラットな価値観と完全に呼応した。瞬く間にメガヒットとなり、香水業界に「中性的な香り」という新カテゴリを定着させた。
2000 年代に入ると、ニッチフレグランス(独立系メゾン)の台頭がこの流れをさらに加速させる。Le Labo、Byredo、Diptyque、Frédéric Malle、Maison Francis Kurkdjian(以下 MFK)といったブランドは、そもそも商品ラインアップにジェンダー区分を設けない方針を打ち出し、香りそのものの物語性・原料の品質・パフューマーの個性を前面に押し出した。Le Labo Santal 33 が 2011 年にリリースされた際、ボトルに「For Him」「For Her」の表記が一切ないことは、当時としては象徴的な事件だった。
2015 年以降、Tom Ford Private Blend、Maison Margiela Replica、Jo Malone London のコロンコレクションなど、メインストリーム寄りのブランドも続々とジェンダーフリーラインを拡充。日本でも 2020 年前後から伊勢丹、阪急、Nose Shop といったセレクト型フレグランスストアが本格的にニッチを扱い始め、Z 世代を中心に「自分の香り」を性別ではなく感性で選ぶ層が一気に厚くなった。現在では、ハイブランドの新作の過半数が公式に「unisex」あるいは「for everyone」と謳う時代である。香水は、もはやファッション以上にパーソナルなアイデンティティの記号として機能している。
現在では、ハイブランドの新作の過半数が公式に「unisex」あるいは「for everyone」と謳う時代である。
編集部が選ぶユニセックス香水 10 選
おすすめのフレグランス 10選
カルダモンとヴァイオレットの開幕からサンダルウッドとレザーが折り重なる、ユニセックス香水の代名詞的存在です。乾いた木の質感と洗練されたレザー調の余韻が幅広く支持される一方、独特のスパイシーさやレザー感は好みが分かれることもあります。
ライムとマンダリンのみずみずしいシトラスに、バジルやタイムのアロマティックな青さが重なる構成は、ハーブガーデンのような爽やかさを描き、性別や年代を問わず纏いやすい一本です。オーデコロン特有の軽い賦香率のため持続時間は短めで、こまめな付け直しが前提になります。
アマルフィレモンやブラックカラントの陽光のような開幕から、ヴァイオレットとジャスミンの繊細な心、ベチバーとアンバーの温かな余韻へと続く構成で、抽象的で文学的な雰囲気を持ちます。春夏のカジュアルや旅行によく馴染みますが、フォーマルな装いにはやや軽やかさが勝る印象です。
ジュニパーベリーとレモンの清涼な開幕から、パインニードルとアイリスのフォレストな心を経て、バニラとサンダルウッドの温かな余韻へと続く構成で、北欧の松林を思わせる開放感があります。アウトドアや旅先によく馴染む一方、フォーマルな場面にはやや自由すぎる印象を与えることもあります。
イタリアンサイプレスとローズの落ち着いた開幕から、サンダルウッドとシダーが瞑想的に広がる静謐な香りです。秋冬の落ち着いた場面によく寄り添いますが、香り立ちは穏やかで、しっかりした存在感を求める人には物足りなく映るかもしれません。
シーソルトとグレープフルーツのフレッシュな開幕から、セージと海藻のアロマティックな心を経て、ウッディムスクの余韻へと続く構成は、英国の海岸線を思わせる独特の質感を持ちます。清涼感は魅力ですが、オーデコロン特有の軽さゆえ持続時間は短く、香りの主張自体も控えめな部類に入ります。
45年以上作り続けられる伝統的なシトラスコロンで、朝のシャワー後や日常使いに違和感なく溶け込む点が魅力です。ただし持続時間は短めで、香りを保つにはこまめな重ねづけが前提になります。
紅茶の茶葉そのものを正面に据えた潔い構成で、長時間身につけても飽きが来ない中庸の暖かさが魅力です。個性がはっきりしているぶん、華やかさや万人受けを重視する場面には向きにくい面があります。
少量でも長く香り続ける鉱物的な透明感が世界的な支持を集める象徴的な一本で、コストパフォーマンスの高さも魅力です。個性が強く印象に残りやすいため、控えめに纏いたい場面では量の調整が必要になります。
洗いたてのシャツを思わせる清潔な透明感で、性別や年代を問わずオフィスから初対面まで幅広く馴染みます。香り立ちが控えめな設計のため、強い印象を残したい場面には物足りなさが残ります。
商品別レビュー
1. Le Labo Santal 33 — ユニセックス香水の象徴
カルダモンとヴァイオレットの開幕からサンダルウッドとレザーが折り重なる、ユニセックス香水の代名詞的存在です。乾いた木の質感と洗練されたレザー調の余韻が幅広く支持される一方、独特のスパイシーさやレザー感は好みが分かれることもあります。
Le Labo Santal 33 を語らずしてユニセックスフレグランスは始まらない、というのが編集部の共通見解である。2011 年のリリースから 15 年が経過した現在もなお、ニューヨーク・東京・ロンドンの街角ですれ違うたびに「あ、Santal 33 だ」と気づく頻度は減らない。それどころか、ホテルロビー、コーヒーロースタリー、ヴィンテージショップなど、空間演出として採用するブランドが世界中で増えている。アメリカ西海岸のクリエイティブ業界では、ほぼ制服化していると言ってよい状況だ。
香り立ちはサンダルウッド、シダーウッド、カルダモン、アイリス、バイオレット、レザー、アンバーが折り重なる構成で、最初の数分はスパイシーで乾いた印象、肌に馴染むとミルキーで温かい木質のヴェールに変化する。皮膚に近い距離で香るが、残香は驚くほど長い——朝に纏えば翌朝のシャツにまだ気配が残るほどだ。ユニセックスを謳う香水は数多いが、Santal 33 の特異性は「中性的」というより「自分自身が増幅される」感覚にある。男性が纏えば落ち着いたウッディの色気が、女性が纏えば肌の温度と混ざってミルク混じりのアンバーが立ち上がる。万人が同じ香りに収束しない設計が、カルト的支持の根拠だ。
価格帯はニッチ香水の中でも高めだが、まず 15ml のトラベルサイズから試し、肌に乗せて 6 時間後の残香まで確認してから 100ml の購入を検討するのが賢明だ。
2. Jo Malone Lime Basil & Mandarin — シトラスハーバルの完成形
ライムとマンダリンのみずみずしいシトラスに、バジルやタイムのアロマティックな青さが重なる構成は、ハーブガーデンのような爽やかさを描き、性別や年代を問わず纏いやすい一本です。オーデコロン特有の軽い賦香率のため持続時間は短めで、こまめな付け直しが前提になります。
Jo Malone London を象徴する一本であり、1999 年のリリース以来カタログ筆頭の地位を譲っていない。トップにライム、ハートにバジル、ベースにホワイトタイムが配される構成は、シトラスフレッシュとアロマティックハーブの黄金比そのものだ。「ライムだけ」では浅く、「ハーブだけ」では重い——そのあわいを完璧に縫い合わせた設計は、ジョー・マローン氏本人が自宅キッチンで生み出したエピソードと相まって、今も語り継がれている。
纏うシチュエーションを選ばないのが最大の美点で、夏のリネンシャツにも、冬のキャメルコートにも違和感なく溶け込む。男女どちらの肌でも、シトラスの輪郭が崩れず、バジルのグリーンが嫌味なく香る。来客前のホームフレグランス代わりに手首に一滴落とすだけで空気が整う、という愛用者の声も多い。香水初心者へのギフトとして編集部が最も推薦する一本でもある。万一好みに合わなくても、ルームスプレーやリネンミストとして活躍するため、無駄になりにくいのもポイントだ。
Jo Malone London の魅力は、単品でも完成度が高い香りを「コンバイニング」できる点にもある。Lime Basil & Mandarin に Wood Sage & Sea Salt を重ねれば、よりミネラル寄りの海辺の朝に。香りの強さも比較的控えめで、職場でも嫌がられにくい点が日本のオフィスワーカーに長く愛されている理由でもある。
3. Byredo Bal d’Afrique — アフリカの夕暮れを纏う
アマルフィレモンやブラックカラントの陽光のような開幕から、ヴァイオレットとジャスミンの繊細な心、ベチバーとアンバーの温かな余韻へと続く構成で、抽象的で文学的な雰囲気を持ちます。春夏のカジュアルや旅行によく馴染みますが、フォーマルな装いにはやや軽やかさが勝る印象です。
Byredo 創業者ベン・ゴーラム氏のルーツであるアフリカへのオマージュとして 2009 年にリリース。ベルガモット、レモン、ネロリのシトラスに、バイオレット、ジャスミン、マリーゴールドのフローラル、そしてベチバー、シダー、ムスクのウッディベースが重なる。一見複雑な構成だが、肌に乗せた瞬間に立ち上がるのは「乾いた風と陽光」という極めて視覚的な情景だ。
サンタル系の重さやアンバーの甘さに食傷気味になった香水好きが、揺り戻しのように手に取るのが Bal d’Afrique である。シトラスフローラルウッディというカテゴリでありながら、軽すぎず重すぎず、フォーマルにもカジュアルにも振れる懐の深さがある。男性が纏えばクリーンな大人の余裕、女性が纏えば抜け感のある知性として機能する。ジャケットスタイルに合わせる一本としても、リネンの白シャツに重ねる一本としても優秀で、Byredo の中で「最初の一本」に推す愛用者が最も多い理由がここにある。
ベチバーとシダーのウッディベースは控えめだが背骨として機能しており、シトラスが揮発した後も、夕方まで肌に微かなウッディの余韻が残る。残香段階で「ただのシトラスではなかった」と気付かされる構成は、ニッチ香水ならではの密度だ。
4. Byredo Gypsy Water — ボヘミアンの森林
ジュニパーベリーとレモンの清涼な開幕から、パインニードルとアイリスのフォレストな心を経て、バニラとサンダルウッドの温かな余韻へと続く構成で、北欧の松林を思わせる開放感があります。アウトドアや旅先によく馴染む一方、フォーマルな場面にはやや自由すぎる印象を与えることもあります。
同じく Byredo の代表作で、ロマの放浪文化への憧憬をモチーフにした 2008 年作。ベルガモット、レモン、ペッパーのトップから、ジュニパーベリー、インセンス、パインニードルのハートを経て、サンダルウッド、アンバー、バニラのベースに着地する。森の湿った土と、焚き火の煙、奥にひそむ甘いバニラ——という三層構造が、纏い手を「都会から少し離れた場所」に連れ出してくれる。
男女どちらの肌でも、最初の 10 分は乾いたウッディとスパイス、30 分後にはバニラとアンバーがミルキーに立ち上がる。Santal 33 が「都会のサンタル」だとすれば、Gypsy Water は「森のサンタル」だと評する香水愛好家は多い。秋冬に纏うと真価を発揮するが、室内であれば季節を問わず使える汎用性も持つ。ニッチ香水の入口として、Le Labo Santal 33 と並んで紹介されることが多い、文字通りの「アイコン」だ。
Gypsy Water の特異性は「甘さ」と「乾燥」の同居にある。バニラベースのフレグランスは数多いが、多くはグルマン系に振れて「お菓子のような甘さ」になりがちだ。本作はジュニパーベリーとパインニードルが下支えするため、甘さが立っても森の冷気が抜けず、最後まで大人の輪郭を保つ。ヴィンテージ古着との相性は本作が随一だと編集部は考えている。
5. Diptyque Tam Dao — 静謐な白いサンタル
イタリアンサイプレスとローズの落ち着いた開幕から、サンダルウッドとシダーが瞑想的に広がる静謐な香りです。秋冬の落ち着いた場面によく寄り添いますが、香り立ちは穏やかで、しっかりした存在感を求める人には物足りなく映るかもしれません。
Diptyque の Tam Dao は、ベトナム北部の山岳地帯タムダオに自生するサンダルウッドへのオマージュとして 2003 年に EDT、2016 年に EDP がリリースされた。サイプレス、ローズウッド、ミルラのトップから、サンダルウッド、シダーウッドのハート、アンバー、ムスクのベースへ。Le Labo Santal 33 が「クリーミーで動的なサンタル」だとすれば、Tam Dao は「乾いて静的なサンタル」と言える。
禅や茶室を連想させる静謐さがあり、纏うと自分の周囲の音量が一段下がるような感覚を覚える。男性が纏えば思慮深さ、女性が纏えば凜とした透明感が際立つ。香りの主張は強くないが、近づいた人が「何の香水?」と振り返る、典型的な「nice scent on you」型のフレグランスだ。EDT 版は爽やかで日常使い向き、EDP 版は深く長く残るためフォーマル向き、と使い分ける愛用者も多い。Santal 33 の対極にある「もう一つのサンタルのアイコン」として知っておきたい。
落ち着いた書斎、檜の浴室、骨董を扱う日本家屋——和の文脈に最も馴染むユニセックス香水として、編集部は Tam Dao を別格扱いしている。和装の機会がある人にも自信を持って推薦できる一本だ。
6. Jo Malone Wood Sage & Sea Salt — 海辺の塩と緑
シーソルトとグレープフルーツのフレッシュな開幕から、セージと海藻のアロマティックな心を経て、ウッディムスクの余韻へと続く構成は、英国の海岸線を思わせる独特の質感を持ちます。清涼感は魅力ですが、オーデコロン特有の軽さゆえ持続時間は短く、香りの主張自体も控えめな部類に入ります。
2014 年リリース、Jo Malone London のカタログの中でユニセックス需要を一気に押し上げた一本。アンブレットシード、セージ、レッドアルジー(赤海藻)、グレープフルーツが構成のキーで、ボトルを開けた瞬間に立ち上がるのは「海辺の岩肌に張り付いた緑」という極めて鮮烈な情景だ。シトラスでもフローラルでもなく、強いて言えばミネラル&ハーバル——という新カテゴリを開拓した功績は大きい。
夏のリゾートを思わせる第一印象から、肌に馴染むにつれセージのドライなグリーンとムスクの清潔感が立ち上がる。汗ばむ季節でも崩れにくく、男性が纏えば爽快感のある大人のリラックス、女性が纏えば塩気を含んだ知的な抜け感を演出する。Lime Basil & Mandarin が「キッチンガーデン」だとすれば、Wood Sage & Sea Salt は「海辺の崖」だ。家族で共有できる一本としても優秀で、夫婦・カップルでの兼用例が編集部周辺でも多い。
ソルティーフローラルというカテゴリ自体が本作以降に普及した経緯があり、他ブランドも追随する大潮流を作った歴史的な一本でもある。ボディクリームやシャワージェルのラインも展開されており、入浴後から外出までを一気通貫で纏う「香りのレイヤリング」を気軽に実現できるシリーズだ。
7. Hermès Eau d’Orange Verte — メゾンの定番コロン
45年以上作り続けられる伝統的なシトラスコロンで、朝のシャワー後や日常使いに違和感なく溶け込む点が魅力です。ただし持続時間は短めで、香りを保つにはこまめな重ねづけが前提になります。
1979 年、エルメスのコロンコレクションの原点として誕生したロングセラー。当時のパフューマー、フランソワーズ・カロン氏が設計したオレンジリーフ、ミント、シダーウッドの構成は、半世紀近く経った現在もほぼ変更されていない。「コロンとは何か」という問いに対する一つの完成解として、業界内でも教科書的な扱いを受ける。
ユニセックス香水の歴史を語るうえで、CK One よりさらに 15 年も前から「男女を問わない清涼感」を体現していた事実は重要だ。トップから立ち上がるオレンジの果皮の苦み、ミントの清涼感、シダーの落ち着いた木質——いずれも過剰でなく、纏い手の体温に静かに寄り添う。香りの持続は EDP 系の濃いフレグランスに比べれば短いが、それが逆に「シャワー後にもう一度ふきたい」習慣を生み、結果的に一日中清潔感を維持してくれる。フォーマルからカジュアルまで境目なく機能する、エルメスらしい「上質な中庸」のお手本だ。
香水沼に深く沈んだ人ほど、最終的に手元に残す一本としてこのコロンを挙げる傾向がある——派手さではなく、骨太な普遍性を選ぶ大人の選択だ。
8. Le Labo Thé Noir 29 — 紅茶葉とウッドの大人の余韻
紅茶の茶葉そのものを正面に据えた潔い構成で、長時間身につけても飽きが来ない中庸の暖かさが魅力です。個性がはっきりしているぶん、華やかさや万人受けを重視する場面には向きにくい面があります。
Le Labo の City Exclusive から定番ラインへと格上げされたヒット作で、ロンドンのアフタヌーンティー文化へのオマージュ。ブラックティー、ベイリーフ、バーチ、フィグ、シダー、ベチバー、ムスクが折り重なり、淹れたての紅茶葉と、乾いた薪、無花果の皮の青みが同居する複雑な香り立ちだ。
Santal 33 がミルキーで動的なサンタルだとすれば、Thé Noir 29 は「茶葉と煙」の静的なウッディ。男性が纏えば書斎の知性、女性が纏えば気品ある余白を演出する。秋冬のジャケットスタイル、レザーアイテムとの相性が抜群で、Santal 33 を「卒業」したベテラン愛好家が次の一本として手に取るケースが多い。同じ Le Labo の中でも、より「内向きで思索的」な性格を持つアイコンとして覚えておきたい。シーンを選ばないが、特に夜の時間帯、屋内で過ごす長い夜に真価を発揮する。
Santal 33 のように街中で頻繁に出会うことはなく、ニッチの中でもさらに通好みのポジションを保ち続けている。香水を「自分の核」に据えたい人ほど刺さる一本である。
9. MFK Baccarat Rouge 540 — アンバーグルマンの金字塔
少量でも長く香り続ける鉱物的な透明感が世界的な支持を集める象徴的な一本で、コストパフォーマンスの高さも魅力です。個性が強く印象に残りやすいため、控えめに纏いたい場面では量の調整が必要になります。
Maison Francis Kurkdjian と Baccarat 社のコラボとして 2015 年に限定リリース、翌年に EDP として定番化された、現代ニッチ香水を代表する一本。ジャスミン、サフラン、シーダー、アンバーグリスを軸にした構成で、肌に乗せた瞬間に立ち上がるのは「赤い宝石を溶かしたような甘さ」と評される独特の輪郭だ。
ユニセックスを謳う香水の中でも、Baccarat Rouge 540 は「纏う人を選ぶ」タイプだ。甘さと木質のバランスが絶妙で、男性が纏えば色気のあるアンバー、女性が纏えば気品ある赤の残像になる。残香の長さと拡散力は群を抜き、ホテルの一室を 1 プッシュで満たすほどのパワーを持つため、TPO を選ぶ点には注意が必要——ただし、ハマったときの「自分専用の世界」感は他に代えがたい。フランシス・クルジャン氏の設計力を象徴する、現代香水史に残る一本である。
リリースから 10 年が経過した現在も、入手しにくい時期が定期的に発生するほどの人気で、価格帯も高額帯に位置するが、それを補って余りある「他に代替がない」存在感がこの一本にはある。
10. MFK Aqua Universalis — クリーンウッディの普遍解
洗いたてのシャツを思わせる清潔な透明感で、性別や年代を問わずオフィスから初対面まで幅広く馴染みます。香り立ちが控えめな設計のため、強い印象を残したい場面には物足りなさが残ります。
同じく MFK から、2009 年リリースのクリーンフレッシュの代表作。カラブリアン・ベルガモット、シシリアン・レモン、リリーオブザバレー、シダーウッド、ムスクが構成のキーで、洗濯したての白いシーツを思わせる極めて「清潔」な香り立ちが特徴だ。
Baccarat Rouge 540 が「特別な日の一本」だとすれば、Aqua Universalis は「365 日纏える一本」。シトラスとホワイトフローラル、シダー、ムスクのバランスがフラットで、男女・年代・季節を問わず違和感なく溶け込む。ビジネスシーンでもプライベートでも使えるため、「香水を 1 本に絞れと言われたらこれ」と回答する編集部メンバーは少なくない。ニッチ香水でありながら主張しすぎず、「香水をつけているのに、つけていないように香る」という難題に最も誠実に答えた一本である。MFK の哲学を理解するうえで、Baccarat Rouge 540 と Aqua Universalis を両方試すことを編集部は推奨する。
「リネンから立ち上がる清潔感」を香水で再現したような構成で、結婚式や葬儀のようなフォーマルな場でも TPO を踏み外す心配がほぼない稀有な一本。MFK は基本的にどの作品も高品質だが、入口として Aqua Universalis ほど安心できる一本は他にない。
カップル/プレゼント/季節別の選び方
カップルで兼用するなら、Wood Sage & Sea Salt、Bal d’Afrique、Lime Basil & Mandarin の 3 本が編集部の鉄板推薦だ。いずれも個性の輪郭は明確だが、男女どちらの肌でも崩れず、ペア使いしても重なりが綺麗に揃う。共有のドレッサーに 1 本置いておくスタイルが、ジェンダーレス香水時代らしい暮らし方として支持を集めている。詳しくは カップルで使いたい香水のガイド も併せて参照されたい。
プレゼント用途では、香りの好みが把握しきれない相手には Aqua Universalis、Lime Basil & Mandarin、Eau d’Orange Verte の「外しにくい三本柱」を推奨する。逆に相手の好みが明確で「ニッチを攻めたい」なら Gypsy Water、Tam Dao、Thé Noir 29 が候補だ。Baccarat Rouge 540 は強烈な個性ゆえ、相手が香水好きであることが確認できてから贈るのが安全である。
季節別では、春夏は Lime Basil & Mandarin、Wood Sage & Sea Salt、Eau d’Orange Verte、Aqua Universalis、Bal d’Afrique。秋冬は Santal 33、Gypsy Water、Tam Dao、Thé Noir 29、Baccarat Rouge 540 が向く。ただしユニセックス香水の魅力は「季節縛りの曖昧さ」にもあり、Santal 33 を真夏に纏う、Aqua Universalis を真冬に纏う、といった逆張りの楽しみ方も大いにアリだ。Le Labo というブランド自体への理解を深めたい場合は Le Labo フレグランス徹底ガイド も参考になる。
編集部総評
ユニセックス香水を語るとき、「男女どちらでも使える」という説明はもはや表層的にすぎる。ここで取り上げた 10 本に共通するのは、纏い手の体温・湿度・生活背景と混ざり合い、最終的に「その人だけの輪郭」を描き出す設計思想だ。ニッチフレグランスが切り拓いた地平は、香水を「与えられたイメージを着る」道具から、「自分を増幅する装置」へと変えた。Le Labo Santal 33 のミルキーなサンタル、Byredo Gypsy Water の森林のアンバー、MFK Baccarat Rouge 540 の宝石のような甘さ——どれもジェンダーの境界を曖昧にしたうえで、纏う個人の個性を浮き彫りにする。
編集部としては、まずは Aqua Universalis や Lime Basil & Mandarin のような「普遍解」から入り、徐々に Santal 33、Gypsy Water、Thé Noir 29 といった「個性派」へと領域を広げ、最終的に Baccarat Rouge 540 のような「アイコン」に到達する旅路を推したい。香水は急がず、肌で時間をかけて確かめるほどに深まる嗜好品である。性別ではなく感性で選ぶ自由が、いま手の中にある。











