FRUIT

カシスの香りが好きな方におすすめの香水 — 深い酸味のブラックカラント

カシスの香りには、他のフルーツノートにはない独特の引力があります。ブラックカラントと呼ばれる小さな黒い果実は、噛んだ瞬間に弾ける甘酸っぱさと、青々とした葉や蔓を思わせる苦みを同時に持っています。この二面性こそが、現代のフレグランスにおいてカシスが「ただのフルーティ」では収まらない理由です。砂糖菓子のような甘さに偏ることなく、シャープでドライな後味を残すため、男女問わず大人がまとえるフルーツノートとして近年改めて評価されています。本稿では、カシスアコードの素材的な背景を解き明かしたうえで、編集部が日常で着用してきたフレグランスのなかから、カシスの陰影を上手く描いている三本を取り上げます。深い酸味と仄かなジャム感、そして黒い果実の艶を味わいたい方へ向けた一本の指南書となれば幸いです。

カシスアコードの分解 — Blackcurrant Bud Absoluteと猫っぽい青み

カシスというノートは、調香の世界では単一の素材で表現されているわけではありません。中核となるのはブラックカラント・バッド・アブソリュート (Blackcurrant Bud Absolute) と呼ばれる、つぼみから抽出される濃緑色のオイルです。フランスのブルゴーニュ地方やイギリスのリンカンシャーで栽培された Ribes nigrum のつぼみを溶剤抽出して得られるこの素材は、フルーティというより最初は強烈な硫黄様の匂いを放ちます。チオール系の化合物 (4-Methoxy-2-methylbutane-2-thiol など) を含むため、希釈前は「猫が通った後の藪」のような野性的なニュアンスを持ち、調香師の間では cat pee note、つまり「キャッティノート」と俗称される独特の青臭さを伴います。

この野性味をフレグランスに落とし込む際、調香師はしばしば合成素材を組み合わせます。代表的なのが IsoButyl Quinoline で、革製品やタバコを連想させる暗くドライな匂いを持ち、カシスの青みに陰影を与えてくれます。さらに Beta-Damascone のようなローズケトン類を重ねると、つぼみから果実、そしてジャム状の濃厚な甘酸っぱさへと展開する立体的なアコードが完成します。砂糖煮にしたカシスを思わせる甘さは、ヘディオン (Hedione) やエチルマルトールといった素材の助けを借りて柔らかく仕上げられることが多く、これによってトップの青臭さがミドルでローズやベリーへと滑らかに溶け込んでいきます。

香水の処方上、カシスはトップノートからミドルにかけて活躍する場合がほとんどです。揮発が速いため単独で長時間香らせるのは難しく、ローズやジャスミン、パチョリやムスクといった土台の上に乗せることで、香りに「赤黒い艶」を与える役割を担います。フルーティフローラルと呼ばれる現代の女性向けフレグランスにおいて、リンゴや桃の代わりにカシスを採用する処方が増えているのは、甘さに頼らずに大人びた印象を作れるからにほかなりません。次章からは、このアコードを巧みに扱った三本を取り上げ、それぞれがどのように「カシスの深い酸味」を描いているかを読み解いていきます。

この二面性こそが、現代のフレグランスにおいてカシスが「ただのフルーティ」では収まらない理由です。

Chloé Eau de Parfum — ローズとベリーが織りなす淑やかなカシス

Chloé のシグネチャーである Eau de Parfum は、2008年に Amandine Marie と Michel Almairac の手によって発表され、以来ブランドの顔となってきた一本です。広く知られているのはセンティフォリアローズを中心に据えたパウダリーな印象ですが、実際に肌に乗せると最初に立ち上がるのはピオニーとフレッシュなライチ、そしてカシスの含羞んだ酸味です。蕾を開く直前のような清潔なフローラルの裏に、わずかに青みを帯びた赤黒い果実感が潜んでいる構造で、これがこの香水を「ただのローズフレグランス」と一線を画す存在にしています。

トップで感じられるカシスは、ブラックカラント・バッド由来のシャープな青臭さを抑え、リキュールのような甘酸っぱさに寄せた表現です。ピオニーの水々しさと組み合わさることで、果実の輪郭がふくよかになり、ローズへと橋渡しされていきます。ミドルからラストにかけてはダマスクローズとアンバー、シダーウッドが穏やかに広がり、カシスの記憶はベース付近まで仄かに残り続けます。完全な甘さに振り切らず、紅茶に添えたカシスジャムのような節度ある甘酸っぱさが続くため、オフィスでも夜の食事の場でも違和感なく着用できます。肌香性は中程度で、約5から6時間ほど穏やかな余韻を残す印象でした。

編集部で実際に着用してみると、20代後半から30代の女性に最も馴染みやすい温度感だと感じました。ブラウスにシルクのスカーフを合わせたような端正な装いに寄り添う一方、デニムにニットというカジュアルな日にもよく合い、過度に華美に振れない点が好印象です。カシスの青みが好きな方にとっては、初心者向けの一本としてだけでなく、長く愛用できる定番として手元に置いておく価値のあるフレグランスといえます。

グリーンノート・ラズベリー・ピア・グレープフルーツのグリーンフルーティな開幕から、ヴァイオレット・ライチ・アップルブロッサム・ローズ・ジャスミンの繊細な花の心、ムスク・プラム・バージニアシダーのソフトな余韻へ。摘み立てのデイジーと水滴のような透明感、若々しく押し付けがましさのない香り立ち。10 代後半-30 代女性のカジュアル、春夏、休日に。

発売
2011 年
調香師
Alberto Morillas
トップノート
グリーンノート、ラズベリー、ピア、グレープフルーツ
ミドルノート
ヴァイオレット、ライチ、アップルブロッサム、ローズ、ジャスミン
ラストノート
ムスク、プラム、バージニア シダー
香りの強度
オードトワレ
持続性
2-4時間
おすすめシーン
10 代後半 - 30 代女性のカジュアル・春夏・休日

Dior J’adore Eau de Parfum — ジャム感のあるカシスとホワイトフローラル

Dior の J’adore は、1999年に Calice Becker によって生み出されたフルーティフローラルブーケの金字塔です。シャルリーズ・セロンを起用した広告映像と相まって、ホワイトフローラルの華やかさが代名詞のように語られてきましたが、Eau de Parfum 処方を改めて嗅ぐと、トップからミドルにかけてカシスのジャム感が想像以上にしっかりと感じ取れます。これはイランイランやチュベローズの濃厚な白い花々を引き立てるための処方設計で、青みと甘さの両極を行き来するカシスが、白花の甘ったるさを引き締める役割を担っています。

立ち上がりはマンダリンとペアの軽やかな果実感、続いてカシスとピーチの混ざり合った濃密な甘酸っぱさが訪れます。ここでのカシスは Chloé のものより一段とリキュール寄りで、煮詰めたジャムや赤ワインを連想させる艶があり、果実の皮の渋みを思わせる微かなビター感も同居しています。中盤ではダマスクローズ、ジャスミン、チュベローズが順に立ち上がり、まるで花束のなかでカシスの果実を握り潰したような立体感を生みます。ベースにはサンダルウッドとシダーが控えめに置かれ、フローラルの輝きが冷めた後も、果実の影が肌に残り続けます。

持続性は強めで、半日近くにわたって香り続けることも珍しくありません。それゆえ朝の通勤前に二プッシュ、と言いたいところですが、白花の存在感が強いため、ビジネスシーンでは手首だけにとどめ、夜のディナーや結婚式の二次会など、華やかさが求められる場面で全力を発揮させるのが上品な使い方です。カシスを軸にしながらも、最終的にはホワイトフローラルへと帰着する一本のため、フルーティに偏った香りを物足りなく感じる方や、もう少し大人の華やかさが欲しい方に強くおすすめできます。

メロン・洋梨・ピーチのジューシーで官能的なトップから、ジャスミン・チューベローズ・リリーオブザバレー・ローズの濃密な白い花束が咲き、ムスクとバニラ、ブラックベリーの温かい余韻が長く続く。「黄金の花束」というブランドの言葉通り、肌に纏うと光のように広がる華やかさ。フォーマル、ディナー、特別な日に確かな存在感を与える。

発売
1999 年
調香師
Calice Becker
トップノート
メロン、ピア(洋梨)、ピーチ、マグノリア、マンダリン、ベルガモット
ミドルノート
ジャスミン、リリーオブザバレー、チューベローズ、フリージア、ローズ、オーキッド、プラム、ヴァイオレット
ラストノート
ムスク、バニラ、ブラックベリー、シダー
香りの強度
オードパルファム
持続性
4-6時間
おすすめシーン
20-40 代女性のフォーマル・ディナー・記念日・週末の華やかな場

YSL Libre — ラベンダーとジャスミンに溶ける赤い果実

2019年に Anne Flipo と Carlos Benaïm がコンポーズした YSL Libre は、ラベンダーとオレンジブロッサム、ジャスミンを軸にしたモダンフローラルとして位置づけられています。一見するとカシスとは直接の繋がりが見えにくい処方ですが、実際に着用するとミドルからラストにかけて立ち上がるベリー様の甘酸っぱさが、カシスの記憶を呼び覚ます場面が確かにあります。これは公式素材表のラベンダーアブソリュートとオレンジブロッサムのコントラストに、ダマスクローズやマダガスカル産バニラを重ねたことで生まれる二次的なアコードで、現代のフルーティフローラルが目指す「ジューシーだが甘過ぎない」温度感を体現しています。

トップではマンダリンとカシスのような赤い果実感が一瞬だけ顔を覗かせ、すぐにラベンダーの清涼感と入れ替わります。ミドルではジャスミンとオレンジブロッサムが豊かに咲き、その隙間からダマスコンに由来するベリー感が抜け出てきます。Chloé のような直接的なベリーノートではなく、ローズとラベンダーの間に滲む赤紫のグラデーション、と表現したくなる繊細な処方です。ラストはバニラとアンバーグリス、ムスクが温かく抱き込み、ベリーの記憶を遠くにとどめながら肌に長く留まります。

持続力は中程度から強め、香りの立ち方は最初の30分が最もダイナミックです。ユニセックスにも振れる雰囲気を備えているため、フェミニンに偏り過ぎたフルーティフローラルが少し苦手な方や、カシスの甘さよりも青みや知性的な印象を残したい方に向いています。

ユズ・ポメグラネート・アイスの透明で輝く開幕から、ピオニー・ロータス(蓮)・マグノリアの繊細な花の心、ムスク・マホガニー・アンバーのソフトな余韻へ。雪解け水とクリスタルのような透明感あるフルーティフローラル。20-30 代女性の春夏のカジュアル、デート、初対面、清潔感ある印象を残したい場面に。

発売
2006 年
調香師
Alberto Morillas
トップノート
ユズ、ポメグラネート、アイス
ミドルノート
ピオニー、ロータス(蓮)、マグノリア
ラストノート
ムスク、マホガニー、アンバー
香りの強度
オードトワレ
持続性
2-4時間
おすすめシーン
20-30 代女性の春夏・カジュアル・デート・初対面

シーン別 — 秋の夕暮れ、夜のバー、赤ワインを連想する瞬間

カシスの香りは、季節や時間帯との相性が比較的はっきり分かれるノートです。最も映えるのは秋から初冬にかけての夕方以降で、気温が下がって肌から立ち上る香りが穏やかになるタイミングと、ブラックカラント特有の赤黒い色味の印象がよく重なります。Chloé Eau de Parfum はカーディガンを羽織って出かける休日の午後、Dior J’adore は照明を落としたレストランや劇場、YSL Libre はバーカウンターで赤ワインを傾ける夜、とそれぞれの居場所が明確に分かれている点も興味深いところです。

飲み物との連想も、カシスを選ぶ楽しみの一つです。キール・ロワイヤルのようなシャンパンとカシスリキュールのカクテルを思い浮かべるなら Chloé が寄り添いますし、ピノ・ノワールやメルローの黒い果実感を香りで再現したい夜には Dior J’adore が深みを補ってくれます。YSL Libre はむしろ食後のエスプレッソやダークチョコレートと組み合わせたときに、ベリーの隠し味が顔を出します。香水を選ぶ際に、どんな飲み物や食事と過ごす夜なのかを起点に考えると、選択がぐっと具体的になります。

装いとの組み合わせでは、深いボルドーやバーガンディのニット、ベロアやコーデュロイの起毛素材、エナメルの黒い小物などが好相性です。ブラックカラントの黒みと、ローズやジャスミンが描く赤紫の階調が、秋冬のテクスチャーと響き合うためです。一方で真夏の海辺や明るい屋外イベントでは、カシスの青みが熱で歪み、汗の匂いと混ざって重く感じられることもあるため、軽やかなシトラスやアクアティックに譲る判断も大切です。

編集部総評 — ブラックカラントが描く大人の陰影

カシスというノートは、フルーティでありながらフルーティに収まらない、唯一無二の表情を持つ素材です。今回取り上げた三本は、それぞれ異なる角度からブラックカラントの深い酸味と青み、そしてジャムのような甘さを描いています。Chloé Eau de Parfum は最も入り口に立ちやすく、ローズとの淑やかな対話を聴かせてくれます。Dior J’adore Eau de Parfum はホワイトフローラルの豪奢な舞台で、カシスを濃密な果実として咲かせます。そして YSL Libre は、ラベンダーとジャスミンの隙間からベリーの色気を漏らす、最も知的なアプローチです。

もし最初の一本に迷うのであれば、ご自身が惹かれるのが「赤」「黒」「赤紫」のどの色なのかを思い浮かべてみてください。色彩の感覚は、香りの選択においてしばしば信頼できる羅針盤になります。カシスに親しんだ後は、近縁のフルーツノートにも視野を広げてみるのも一興です。クランベリーやラズベリーといった他のベリーを軸にした香水を扱ったクランベリーの香りに関する記事や、ブランドごとのフルーティフローラルの解釈を比較したフルーティフレグランスの比較記事もあわせて読み進めると、カシスを起点とした香りの地図がさらに広がります。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のFRUITカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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