PERFUME

Byredo — スウェーデン発・記憶を香りで表現するブランド

ストックホルム発のフレグランスハウス Byredo は、創業者 Ben Gorham の個人的な記憶を香りという媒体へ翻訳するブランドとして 2006 年に産声を上げた。北欧の透明感と、インド系ルーツに由来する官能のレイヤーを重ね合わせ、香水・キャンドル・ボディケア・レザーグッズまでを一貫した世界観で展開する姿勢は、ニッチフレグランスの定義を更新したと評価されている。本稿では Byredo のブランド史、哲学、そして代表作と位置付けられる複数のフレグランスを横断的に読み解き、編集部としての評価軸を提示する。各作品の詳細レビューは個別記事に譲るが、ここではブランドの全体像と、最初の一本を選ぶ際の手掛かりとなる視点を整理したい。

2006 年スウェーデン創業、Ben Gorham というアーティスト

Byredo は 2006 年、Ben Gorham によってストックホルムで設立された。Gorham はトロント生まれ、カナダ人の父とインド人の母を持ち、家族とともにストックホルムへ移住した経歴を持つ。バスケットボール選手として活動した後、ストックホルムのベックマンス・デザイン・スクールで美術を学び、卒業制作の過程で香りを表現媒体として選んだことがブランドの出発点となった。香水業界の伝統的なキャリアパスを経ていない点は、後の Byredo の作風を理解する上で重要な背景である。

Gorham は専門教育を受けた調香師ではなく、自身を「クリエイティブ・ディレクター」と定義してきた。実際の処方は、グラース出身のジェローム・エピネット、オリヴィエ・ポルジェといった現役トップ調香師との共作で生み出される。アーティストとしての記憶や感情を起点に、調香師が技術的に翻訳するという制作プロセスは、メゾン・マルジェラ レプリカや Le Labo と並んで「コンセプチュアル・パフューマリー」と呼ばれる流れを牽引してきた。

創業初期のラインアップは、Green、Rose Noir、Chembur など、Gorham の家族史や旅の記憶を直接題材にした作品で構成されていた。2008 年に発表された Bal d’Afrique はブランドを国際的に押し上げた転機となり、2010 年代に入ると Mojave Ghost、Gypsy Water、Bibliothèque といった現在まで残るアイコンが立て続けに登場する。2022 年にはピュイグ傘下となり、欧州・北米・アジアでの流通網が拡大したが、ブランド側はクリエイティブの独立性を維持していると説明している。

ブランド成長の節目では、IFF や Givaudan の調香師との協業に加え、ヴァージル・アブロー、トラヴィス・スコット、ベン・ゴーラム個人としての Off-White とのコラボレーションも実施されてきた。香水以外ではキャンドル、ボディウォッシュ、ハンドクリーム、レザー小物、サングラスへとカテゴリーを広げ、いずれも同じビジュアル言語のもとで統合的に提示されている。フレグランス専業ブランドではなく、ライフスタイル全体を提示するブランドへと変容してきた点は、Le Labo や Diptyque と比較しても先行的だった。日本市場には伊勢丹新宿の I・S・ETAN Beauty を端緒に展開が進み、2020 年代に入ってからは中目黒、京都、表参道などにブランドの空気を体験できる拠点が増えている。

Gorham は専門教育を受けた調香師ではなく、自身を「クリエイティブ・ディレクター」と定義してきた。

記憶と感情を香りで描く——Byredo の哲学

Byredo というブランド名は「By Redolence(残り香による)」の短縮であり、香りが時間や場所の記憶を呼び起こす力を信じる姿勢がそのまま社名に刻まれている。Gorham は繰り返し「自分は香水を作っているのではなく、記憶を瓶詰めしている」と語ってきた。商品名にも Mojave Ghost(モハーヴェ砂漠)、Bibliothèque(図書館)、Gypsy Water(放浪する水)といった具体的な情景が選ばれており、香りが場所や時間と結びつく構造を意図的に設計している。

処方面の特徴は、ヘッドノートからベースまでが極端に切り替わらず、フラット気味のアーチで持続することにある。一般的なオードパルファムが「トップ・ミドル・ラスト」の三段構造で物語的に変化していくのに対し、Byredo の多くの作品は最初から最終残香に近い質感をうっすらと提示し、時間とともに濃度が変わるという聴覚的な印象を残す。これは「香り自体に物語を語らせず、つけ手の記憶を引き出す装置でありたい」というブランド姿勢の表れと読める。

パッケージデザインはトーマス・ペルソンとの長期協業で生まれた、現在まで続く黒キャップ+灰色ラベルのフォーマットが基本となっている。フォントは細身のセリフを使い、装飾を極力削ぎ落とす。香りという目に見えない要素を主役に据えるための「沈黙のデザイン」と表現してよい。ボディケア、キャンドル、レザーグッズへのライン拡張も、同じビジュアル言語の下で統合され、生活空間全体に Byredo の世界を持ち込む設計となっている。

名前の付け方にも独自の流儀がある。シーズン売上に直結する華やかな単語ではなく、Pulp、Mister Marvelous、Sundazed、Tobacco Mandarin のように、抽象的でやや突き放した語彙が選ばれる。これは購入時の衝動を抑え、試香後に咀嚼してから選んでほしいという姿勢の表れと読み解ける。実際、店頭では試香紙だけでなく肌につけて三十分待つことを推奨するスタッフが多く、即決を促す販売手法とは距離を取っている。背景には「香水は記憶装置であり、肌の上で完成する」というブランドの一貫した立場がある。

アフリカと放浪——Bal d’Afrique と Gypsy Water

Byredo を語る上で外せない二本がある。Bal d’Afrique と Gypsy Water。前者は 1920 年代のパリで起きたアフリカ文化への熱狂を、後者はロマ族の放浪生活へのロマンを題材にした作品で、いずれも Gorham と Jérôme Epinette の共作として知られる。地域や文化を香りで描く Byredo の姿勢が最も明確に表れた二作と言ってよい。

アマルフィレモン・タジェテス・ブラックカラント・ベルガモット・アフリカンオレンジフラワーの陽光のような開幕から、ヴァイオレット・シクラメン・ジャスミンの繊細な心、ベチバー・ムスク・アンバー・バージニアシダーの温かみのある余韻へ。夕焼けの草原を歩くような開放感ある香り立ちで、男女問わず春夏のカジュアルや旅行、休日の場面に。

発売
2009 年
調香師
Jérôme Epinette
トップノート
アマルフィレモン、タジェテス、ブラックカラント、ベルガモット、アフリカンオレンジフラワー
ミドルノート
ヴァイオレット、シクラメン、ジャスミン
ラストノート
ベチバー、ムスク、アンバー、バージニアシダー
香りの強度
オードパルファム
持続性
4-6時間
おすすめシーン
20-40 代男女の春夏・カジュアル・休日・旅行

Bal d’Afrique はネロリ、ベルガモット、レモンの柑橘トップに、バイオレット、マリーゴールド、ジャスミンのフローラルが重なり、ベースにシダーウッド、ベチバー、ムスクが沈むコンポジション。柑橘の青さとフローラルの甘さが混じり合う独特の質感は「アフリカン・パリジャン」と評され、発売から十五年以上経った現在もブランド屈指の人気を維持している。ジェンダーレスに着けやすく、初夏から初秋にかけてのデイリーフレグランスとして定着しやすい。

ジュニパーベリー・レモン・ベルガモット・ペッパーのフレッシュトップから、パインニードル・アイリス・フランキンセンスのフォレストな心、バニラ・サンダルウッド・アンバーの温かみのある余韻へ。北欧の松林とサウナの薪のような清涼で煙混じりの香り立ち。男女問わず、春夏のキャンプや旅行、アウトドアのリゾートで自分の居場所が拡張する一本。

発売
2008 年
調香師
Jérôme Epinette
トップノート
ジュニパーベリー、レモン、ベルガモット、ペッパー
ミドルノート
パインニードル、アイリス、フランキンセンス
ラストノート
バニラ、サンダルウッド、アンバー
香りの強度
オードパルファム
持続性
4-6時間
おすすめシーン
20-40 代男女の春夏・カジュアル・アウトドア・休日

Gypsy Water は逆方向のベクトルを持つ。ベルガモット、レモン、ジュニパー、コショウのスパイシーなトップから、インセンス、パイン、オリスのミドルへ、そしてアンバー、バニラ、サンダルウッドの暖かなベースへと降りていく。「焚き火と森と肌」を一本に閉じ込めたような構成で、秋冬のレザージャケットや厚手のニットと相性が良い。ユニセックスを謳いつつ、男性の支持が比較的高い作品でもある。詳しい構造は Gypsy Water の深掘り解説 に譲るが、Byredo を一本目に選ぶ層のリピート率が高い銘柄として記憶しておきたい。

砂漠と図書館——Mojave Ghost と Bibliothèque

Byredo の作風がより抽象化した方向へ進んだのが、2014 年の Mojave Ghost と 2017 年の Bibliothèque だ。前者はカリフォルニアのモハーヴェ砂漠に咲く花を、後者は古い図書館の空気を題材にしており、いずれも「場所の記憶」をテーマにしている点で初期作と地続きでありながら、香り自体はより透明で抽象的な印象に整えられている。

Mojave Ghost はアンブレット、ナガルモタ、サンダルウッドが軸となる、極めて柔らかなムスキー・フローラルウッディ。肌につけた瞬間から最終残香までの落差が小さく、「香りの存在感を引き算する」方向に振り切った作品である。職場で香水を着けたいが主張を抑えたい層に推薦できる一本で、男性女性を問わずベーシックローテーションに組み込みやすい。

Bibliothèque はピーチ、プラム、バイオレット、ペオニーを軸に、レザーとパチュリのベースで「古い本と革張りの椅子」を描く。フルーティーフローラルとレザーという珍しい組み合わせが、甘さに耐性のある層に強く刺さる構造を持つ。生産量が限られておりプレミア化しやすい銘柄でもあるため、入手機会があるときに確保しておく価値がある作品といえる。

サフランとフローラル——Black Saffron と Inflorescence

Byredo はスパイスやフローラルといった伝統的な香水語彙にも独自の解釈を加えている。Black Saffron はサフランをモチーフにしたスパイシーなフローラルウッディ、Inflorescence は名の通り花の開花そのものをテーマにした白い花のブーケで、いずれも個性と汎用性のバランスが取られた中堅作品として位置付けられる。

Black Saffron はサフラン、ローズ、レイズンベリーのスパイシーフルーティから、レザーとブラックウッドのベースへ落ちる構成。中東系の伝統的なサフラン香水に比べてかなり乾いた肌当たりに整えられており、北欧ブランドらしい透明感が残る。秋冬の夜、ジャケットやコートと合わせやすく、Byredo の中ではミステリアスな方向に振った一本として記憶される。

Inflorescence はローズ、フリージア、ジャスミン、マグノリアと、白い花が幾重にも重なるホワイトフローラル。重さを感じさせない処方に整えられており、春から初夏のデイリーや、フォーマルな場面でも使いやすい。フローラル系の入門として置きやすい銘柄でもあり、Byredo の中では比較的穏やかな立ち位置にある。この二本を並べると、Byredo がスパイス側とフローラル側の両極でも同じ「引き算の透明感」を維持している点が見えてくる。素材を主張させすぎず、肌の上で輪郭を溶かす設計思想が一貫しているのである。

編集部の見立て——最初の一本をどう選ぶか

Byredo を初めて手に取る場合、編集部としては「自分の記憶のどの引き出しを開けたいか」を起点に選ぶことを勧めたい。柑橘とフローラルの軽やかさを求めるなら Bal d’Afrique、森と焚き火のロマンに惹かれるなら Gypsy Water、存在感を引き算したいなら Mojave Ghost、というように、ライフスタイルや季節と直結させた選択が最も後悔の少ない結果につながる。価格帯は 100mL で三万円台後半が中心となり、決して気軽な買い物ではないが、フラットなアーチで長く香り続ける処方は使い切るまでの満足度が高い。

選び方のもう一つの軸として、肌質との相性が挙げられる。乾燥肌では Bibliothèque や Black Saffron のレザー系がやや早く飛ぶ傾向があり、皮脂量が多い肌では Mojave Ghost のムスクが想定より重く立ち上がるケースがある。可能ならディスカバリーセットや 12mL のトラベルサイズで肌試しを行い、購入は本サイズに踏み切る前に少なくとも一日通してテストするのが望ましい。Bal d’Afrique 単体の解説 や、より広い視点では ラグジュアリーニッチフレグランス概観 も併読し、ブランド全体の中での位置付けを確認した上で、店頭での試香に臨むのが望ましい。Byredo は「派手さで選ぶ香水」ではなく、暮らしの背景に薄く溶ける香水である。その特性を理解した上で選べば、長く付き合える一本に出会えるはずだ。本稿で挙げた六本以外にも、レザーを軸にした La Tulipe、タバコの記憶を扱う Tobacco Mandarin、近年の話題作 De Los Santos など、ブランドのスペクトラムは年々広がっている。気になる作品は個別記事で詳しく扱う予定だ。並行して、同価格帯の Le Labo、Maison Francis Kurkdjian、Diptyque との比較記事も準備している。ブランド単体だけでなく、ニッチフレグランス全体の地図の中で Byredo を位置付ける視点を持つと、選択の精度はさらに上がるだろう。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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