PERFUME

Le Labo Santal 33 — NY 発「ホーム・スメル」の正体、世界中のカフェが纏う一本

ニューヨークのカフェに入った瞬間、誰もいない空間からふわりと立ち上がる、乾いた木と革とスパイスの匂い。出所が分からないまま記憶に焼き付くこの香りこそ、Le Labo Santal 33 が世界中に拡散した「ホーム・スメル(空間の匂い)」の正体です。2011 年にローンチされたこの一本は、調香師 Frank Voelkl の手によって、香水という枠を超えて「場所そのものの匂い」になりました。本稿では、Santal 33 がなぜここまで象徴的な存在になったのかを、設計思想・香りの構造・時間軸での変化・似合う場面まで分解し、編集部目線で読み解きます。

Santal 33 — 「ホーム・スメル」の正体

Santal 33 を初めて嗅いだとき、多くの人が「どこかで嗅いだ匂い」と感じます。それもそのはずで、この香りはニューヨークの Ace Hotel、The Standard、Cafe Henrie をはじめとする数多くのブティック空間で、ルームスプレーやキャンドルとして空間に焚かれてきました。香水としてではなく「場所の匂い」として記憶に刷り込まれた稀有な例で、SNS では Santal 33 を嗅いだ瞬間に旅先のホテルや行きつけのカフェを思い出すという投稿が後を絶ちません。香水が空間と結びつく現象を Le Labo は意図的にデザインし、ブランドそのものをライフスタイルの記号へと変えてみせました。

カルダモンとヴァイオレットアコードのスパイシーな開幕から、サンダルウッド・シダーウッド・アイリスの濃密なウッディ心、レザー・パピルス・ムスク・アンブロックスのレザー調で洗練された余韻が長く長く続く。アメリカンウェストの土埃と乾いたサンダルウッドの板の質感、レザー手袋を顔に近づけたような触覚的な香り立ち。男女問わずフォーマル、デート、特別な日。

発売
2011 年
調香師
Frank Voelkl
トップノート
カルダモン、ヴァイオレット アコード
ミドルノート
サンダルウッド、シダーウッド、アイリス
ラストノート
レザー、パピルス、ムスク、アンブロックス
香りの強度
オードパルファム
持続性
4-6時間
おすすめシーン
20-50 代男女のフォーマル・デート・特別な日・夜

Santal 33 を初めて嗅いだとき、多くの人が「どこかで嗅いだ匂い」と感じます。

Le Labo と Frank Voelkl の設計思想

Le Labo は 2006 年にニューヨーク・グランドストリートで誕生しました。創業者の Fabrice Penot と Edouard Roschi は、グッチやアルマーニといった大手フレグランスハウスの調香プロデュースを経たのち、「香水を量産品から手仕事へ戻す」という思想を掲げて独立しました。ボトルにラベルを手書きで貼り、客の名前を入れ、店頭で一本ずつブレンドする — その儀式性は、香水を消費財から個人的な道具へと引き戻す試みでした。

Santal 33 を手がけた Frank Voelkl は、Firmenich に在籍する米国を拠点とする調香師で、Glossier You や Phlur など、近年の「個人と空間の境界をぼかす」香りを多数手がけてきた人物です。Voelkl は Santal 33 において、サンダルウッドという伝統素材を「瞑想的なオリエンタル」ではなく「都市の朝に似合う乾いた木」として再定義しました。元になったのは「西部劇のキャンプファイヤー」のイメージで、革のサドル、乾いた砂、夜気に混じる煙 — そうした風景を香りに翻訳するという、極めて文学的な発想から設計されています。

Le Labo の命名規則も独特で、数字はブレンド本数ではなく「主役の素材を含む構成要素の数」を示します。Santal 33 の「33」はサンダルウッド系の構成が 33 種という意味で、単一の白檀を立てるのではなく、合成・天然・分子レベルの素材を重ねて「サンダルウッドの観念」を再構築している点が、他ブランドの白檀香水と一線を画す所以です。

香りの構造

Santal 33 のピラミッドは、表記されているノートだけを追うと拍子抜けするほどシンプルですが、実際の香り立ちは複層的です。トップはバイオレットとカルダモン、ヴァイオレットリーフの組み合わせで、青く湿った植物の青臭さと、ほのかなスパイスが立ち上がります。一般的なサンダルウッド香水のような「いきなり白檀」ではなく、最初の数分は意外なほどグリーンで、肌に乗せた直後はメンズ・コロンの印象すら漂います。

5 〜 15 分でミドルへ移行すると、レザーとイリス(オリス)が現れます。ここでの革は重厚なロシアン・レザーではなく、なめしたばかりの薄い革のような、乾いて少しほこりっぽい質感です。イリスがその革にパウダリーな滑らかさを与え、後段のサンダルウッドへの橋渡しをします。この遷移が極めて滑らかで、ノートが切り替わったというより、同じ風景の照明が変わったような印象を受けます。

30 分以降はラストノートの本体である Australian Sandalwood(オーストラリア産サンタラム・スピカタム)が前面に出ます。インドのマイソール・サンダルウッドの濃密なミルキーさとは異なり、オーストラリア産は乾いて樹皮寄り、わずかにスモーキーで紙のような乾燥感があります。ここにシダー、パピルス(パピルスの紙のような乾いた木)、アンバーが重なり、最終的に「乾いた木と紙と微かな煙」の風景に落ち着きます。アンバーは樹脂感を抑えた現代的な処方で、甘ったるくならない点が秀逸です。

全体として、Santal 33 はピラミッド構造を持ちながら、各層の輪郭をぼかして「ひとつの空気」として知覚させる設計になっています。これが空間用ルームスプレーへの転用を容易にし、結果として「ホーム・スメル」の原型となりました。

時間軸での体験

肌に乗せた直後から 8 時間後までの推移を、編集部で実測した感覚に基づいて記述します。スプレー直後の 0 〜 5 分は、カルダモンの青いスパイスとヴァイオレットリーフの草の匂いが先行し、まだ Santal 33 らしさは現れません。この時点でストップしてしまう人もいますが、本領発揮はここからです。

15 〜 30 分でレザーが立ち上がり、香りの重心がぐっと下がります。多くの人が「Santal 33 の匂い」として認識するのはこの段階以降で、肌の体温と混ざることで革と白檀のあいだに官能的な滑らかさが生まれます。1 〜 2 時間が最も豊かなフェーズで、革・白檀・パピルス・微量の煙が均衡し、横を通り過ぎた人の記憶に残る強度を持ちます。

3 〜 5 時間ではトップとミドルが退き、ラストの乾いた木と樹皮の質感だけが残ります。シダーとパピルスが前に出て、香りはより静かで親密なものに変わります。6 〜 8 時間後、香りは肌から立ち上るというより、肌そのものの匂いと混ざり合い、「自分の体臭が少し良くなった」ような錯覚を起こします。Le Labo がしばしば「Skin Scent(肌の香り)」と評されるのは、この最終フェーズの近接性ゆえです。持続力は平均より長く、Eau de Parfum 濃度らしい安定したラストを楽しめます。

似合う人と場面

Santal 33 はユニセックスを謳いますが、肌の温度と pH によって表情を大きく変える香水です。乾燥肌ではシダーとパピルスが目立ち、より「乾いた書斎」のような印象に。脂性肌や体温の高い人ではアンバーとレザーが甘く立ち上がり、官能的なオリエンタルに寄ります。年齢層を選ばず、20 代の Y2K リバイバルなコーディネートにも、40 代のミニマルなウールスーツにも違和感なく馴染みます。

場面としては、オフィスより少しカジュアル寄りの場で真価を発揮します。クリエイティブ業界の打ち合わせ、コンセプトカフェ、ギャラリー、ホテルラウンジ、夕方以降の食事 — いずれも「空間に対して個人がどう存在するか」を問われる場で、Santal 33 は装いの一部として機能します。一方で結婚式や保守的なビジネス会食では、革と煙のニュアンスがやや個性的すぎる場合があります。

ファッションとの相性で言えば、ヴィンテージのレザージャケット、ロエベやリック・オウエンスのような構築的なシルエット、無印のオーバーサイズシャツとリーバイス 501 のような骨太な古着まで、テクスチャ重視のスタイリングと共鳴します。香水単体ではなく、素材の物語を着る装いの一部として捉えると Santal 33 の輪郭が立ち上がります。

Le Labo Another 13 との比較

Le Labo のラインナップで Santal 33 としばしば比較されるのが Another 13 です。両者は「都市的でユニセックス、肌に寄り添う」という共通項を持ちますが、設計思想は対照的です。Another 13 は調香師 Nathalie Lorson による作品で、ambroxan(アンブロキサン)という分子を主役に据えた、ほぼ無臭に近い「クリーンな肌の延長」を志向しています。グリーンティーやジャスミンの淡いフローラルが背景に置かれ、輪郭は限りなく薄く、距離を取ったエレガンスを纏います。

対して Santal 33 は、サンダルウッドという明確な主役を立て、革と煙と樹皮で輪郭を描く「物語型」の香水です。Another 13 が「他者と最小限の距離を取る香水」であるのに対し、Santal 33 は「空間ごと自分の領域に変える香水」と言えます。どちらが優れているかではなく、ライフスタイルと自己提示の方向性で選び分けるのが正解です。日常の通勤やオフィスでは Another 13、夜の外出や週末の私的な時間には Santal 33 という使い分けをする愛用者も多く見られます。

アルデヒドアンブレット・アンブロックス・ジャスミンのクリーン ambery 開幕から、モス・シダー・アンバーグリスのソフトな中盤、アンバーとムスクの官能的な余韻へ。「素肌の香り」を象徴する Le Labo のミニマル名作、自分自身の体温と一体化。20-40 代男女のカジュアル・年代不問・素肌感覚。

発売
2010 年
調香師
Nathalie Lorson
トップノート
アルデヒド アンブレット、アンブロックス、ジャスミン
ミドルノート
モス、シダー、アンバー グリス
ラストノート
アンバー、ムスク
香りの強度
オードパルファム
持続性
6-8時間
おすすめシーン
20-40 代男女のカジュアル・素肌感覚

より詳しい Another 13 のレビュー、および Le Labo フラグランス全体のガイド もあわせて参照してください。

編集部総評

Santal 33 を語る上で避けられないのが「飽和」の議論です。あまりに普及した結果、ニューヨークでは「Santal 33 を纏う=周回遅れ」という揶揄も生まれました。しかし編集部の評価としては、この香りの完成度と歴史的意義は揶揄の対象にはならないと考えます。サンダルウッドという保守的素材を、瞑想的でも東洋的でもない「都市の朝の乾いた風景」に翻訳した点で、2010 年代以降の香水文化に決定的な影響を与えました。

万人に勧める香りではありません。サンダルウッドの伝統的な甘さを期待する人、爽やかなシトラスやフローラルを求める人には向きません。しかし「香水が空間と記憶を再構築する」というアイデアに惹かれる人にとって、Santal 33 は依然として基準点であり続けます。価格は決して安くないものの、5ml の Discovery サイズから試せるのも Le Labo の良心です。まずは肌で 8 時間追ってみる — それがこの香りに対する誠実な向き合い方だと、編集部は考えます。

記事で取り上げた商品

カルダモンとヴァイオレットアコードのスパイシーな開幕から、サンダルウッド・シダーウッド・アイリスの濃密なウッディ心、レザー・パピルス・ムスク・アンブロックスのレザー調で洗練された余韻が長く長く続く。アメリカンウェストの土埃と乾いたサンダルウッドの板の質感、レザー手袋を顔に近づけたような触覚的な香り立ち。男女問わずフォーマル、デート、特別な日。

発売
2011 年
調香師
Frank Voelkl
トップノート
カルダモン、ヴァイオレット アコード
ミドルノート
サンダルウッド、シダーウッド、アイリス
ラストノート
レザー、パピルス、ムスク、アンブロックス
香りの強度
オードパルファム
持続性
4-6時間
おすすめシーン
20-50 代男女のフォーマル・デート・特別な日・夜

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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