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Yves Saint Laurent Black Opium — コーヒーを夜の香りに変えた一本

散らばった焙煎コーヒー豆のクローズアップ(コーヒーノートを主役にした Yves Saint Laurent Black Opium の世界観イメージ)

コーヒーの香りを纏うという発想は、香水の歴史のなかでは比較的新しいものです。焙煎した豆の香りは食べ物の記憶に直結しているため、香水に持ち込むと生活感が出すぎる危険があります。Yves Saint Laurent の Black Opium(イヴ・サンローラン ブラック オピウム)は、その危険を承知のうえでコーヒーを中心に据え、しかも広く受け入れられた一本です。2014 年に発売され、Nathalie Lorson、Marie Salamagne、Olivier Cresp、Honorine Blanc という四人の調香師による共作として公表されています。ここでは、コーヒーがなぜここまで機能したのかを素材の並びから読み解き、同じくコーヒーを主役にした Maison Margiela の一本との違いまで整理します。

この記事で紹介する香水 早見表
香水名香調持続性おすすめシーン編集部評価
Maison Margiela – Replica Coffee BreakMaison Margielaコーヒー、レッドアップル、レモン エッセンス2-4時間20-40 代男女の秋冬の朝・カフェタイム・…
Yves Saint Laurent – Black OpiumYves Saint Laurentピア(洋梨)、ピンクペッパー、オレンジブロッサム4-6時間20-30 代女性のフォーマル・夜のお出かけ…★4.2

Black Opium — 1977 年の名前を継いだ夜の香り

この香水を理解するには、まず名前の由来にさかのぼる必要があります。Yves Saint Laurent には 1977 年発表の Opium という香水があり、スパイスと樹脂を重ねた濃厚なオリエンタルとして時代を象徴する存在になりました。Black Opium はその名前を引き継ぎながら、中身をまったく別の方向へ振った作品です。樹脂と香辛料の代わりに置かれたのが、コーヒーとバニラでした。

この置き換えは単なる世代交代ではありません。1977 年の Opium が描いたのは、異国への憧れと官能でした。対して 2014 年の Black Opium が描くのは、都市の夜そのものです。ライブハウスから出てきたあとの高揚、朝まで続く時間、眠らないための一杯。コーヒーという素材は、その文脈を一語で成立させます。名前の継承と中身の断絶が同時に起きているところが、この香水の企画としての面白さだと言えます。

なお Black Opium には発売後に多くの派生版が加わりました。夜の静けさへ寄せた版や、より濃度を上げた版など、名前に語を足した姉妹品が並んでいます。単に Black Opium と書かれていても版が違えば香りは変わるため、購入や比較の際は正式な商品名まで確認するのが確実です。本稿で扱うのは 2014 年のオードパルファムです。

コーヒーの香りを纏うという発想は、香水の歴史のなかでは比較的新しいものです。

コーヒーノートという素材の扱いにくさ

香料としてのコーヒーは、扱いが難しい素材として知られます。焙煎豆の香りを構成する分子はきわめて多く、その多くが香ばしさと同時に焦げや灰の要素を持ちます。そのまま香水に入れると、豆を焦がした台所の匂いに近づいてしまいます。もうひとつの難しさは連想の強さです。コーヒーは誰の記憶にも紐づいた香りなので、少し入れただけで「コーヒーの匂い」と認識され、香水としての抽象性が失われます。

そこで多くの香水は、コーヒーを単独で立てずに何かと組み合わせます。よく使われるのが甘い素材で、砂糖やミルクを連想させる香料を隣に置くことで、焙煎の苦みが「飲み物」の側へ翻訳されます。Black Opium が採ったのもこの方法ですが、選んだ相手がバニラとビターアーモンドだったところに特徴があります。単純な甘さではなく、菓子の焼き上がりに近い甘さを選んだのです。

もう一段の工夫として、リコリス(甘草)が入ります。リコリスは黒い菓子の風味でも知られる素材で、甘さのなかに薬草のような苦みと土の質感を持ちます。この素材がコーヒーとバニラの間に立つことで、香りが単なるデザートに落ちるのを防ぎます。甘いのに甘すぎない、この一線を保つ役目です。

グルマン系という系譜のなかで

食べ物や菓子を思わせる甘い香りをまとめて、香水の世界ではグルマン系と呼びます。この系統が本格的に立ち上がったのは 1990 年代で、綿菓子やチョコレートを思わせる甘さを前面に出した香水が登場したことが起点として語られます。それまで甘さは花や樹脂の脇役でしたが、この時期に主役へ引き上げられました。以降、キャラメル、蜂蜜、アーモンド、そしてコーヒーといった食の素材が次々と香水の語彙に加わっていきます。

Black Opium が置かれた 2014 年という時期は、この系譜がすでに成熟していた段階にあたります。甘い香りそのものは珍しくなくなっていたため、単に甘いだけでは差がつきません。そこで選ばれたのが、甘さのなかに苦みと香ばしさを共存させるという方向でした。コーヒーは砂糖と対になる素材であり、甘さの相棒としてはむしろ遅れて発見された素材です。この遅れが、2014 年時点での新鮮さにつながりました。

系統としての位置づけを確認したい場合は、甘い香りがどのように成立してきたのかを追ったグルマン系香水の系譜をたどった記事を先に読むと、この香水が何を継いで何を足したのかがはっきりします。系譜のなかで見ると、Black Opium は甘さの拡張ではなく、甘さへの対抗軸の導入として読むほうが実態に近いはずです。

香りの構造を素材から追う

公表されているノート構成は、トップに洋梨、ピンクペッパー、オレンジブロッサム。ミドルにコーヒー、ジャスミン、ビターアーモンド、リコリス。ラストにバニラ、パチョリ、カシミアウッド、シダーという並びです。順に読むと、設計の意図が見えてきます。

トップに置かれた洋梨は、みずみずしい果実の甘さを担います。ここでいきなりコーヒーを出さないのが第一の判断です。果実の水分で入り口を明るくしておくことで、あとから来る焙煎の重さが唐突に感じられなくなります。ピンクペッパーは辛みというよりも軽い刺激で、香りの立ち上がりに輪郭を与えます。オレンジブロッサムの白い花が加わり、序盤は果実と花の透明な層として組み立てられました。

ミドルに入ると中心が入れ替わります。コーヒーが前に出て、香りの温度が一段上がります。ここでジャスミンが同じ層に置かれているのが重要な点です。ジャスミンは白い花のなかでも濃度が高く、わずかに動物的な質感を含みます。この濃さがコーヒーの苦みと噛み合い、香りに厚みが生まれます。ビターアーモンドは杏仁に近い甘い苦みで、焙煎の香ばしさを菓子の方向へ引き寄せます。そしてリコリスが甘さの底に苦みの線を引きます。

ラストはバニラが主導します。ここでのバニラは菓子的な甘さというより、肌の温度で溶ける柔らかい層としての役割です。パチョリの土くささが甘さを地面に繋ぎ、カシミアウッドとシダーが乾いた木の質感で全体を締めます。カシミアウッドは合成香料で、粉っぽく温かい木の印象を作る素材です。この三つが組み合わさることで、甘い香りが軽薄にならずに落ち着きます。公表されている濃度はオードパルファムで、持続はおよそ 4 時間から 6 時間とされています。

時間の流れと付ける量

構造から予測される推移を整理します。最初の 15 分ほどは洋梨とピンクペッパー、オレンジブロッサムが主導し、コーヒーはまだ背後にいます。この段階では甘いフルーティフローラルに近い印象で、Black Opium らしさはまだ出ません。試香紙で判断すると、この香水の核を見落とすことになります。

30 分から 2 時間の帯が、この香水の本領です。コーヒーとジャスミン、ビターアーモンドの層が立ち上がり、焙煎の香ばしさと白い花の濃さが同時に届きます。甘さははっきりありますが、リコリスの苦みが底にあるため、砂糖菓子のような平板さにはなりません。周囲に届く距離も、この帯でいちばん大きくなります。

3 時間を過ぎると、バニラとウッディの層に移ります。コーヒーの輪郭はぼやけ、甘く温かい肌の香りへ変わっていきます。この段階が長く続くのがオードパルファム濃度の特徴で、着けた本人よりも近くにいる人のほうが気づきやすい状態になります。

肌質による差も出やすい香水です。乾燥した肌ではバニラとウッディの層が早めに前へ出て、コーヒーの香ばしさを楽しめる時間が短くなります。逆に皮脂の多い肌では甘さが持ち上がりやすく、想定より濃く感じられることがあります。同じ一吹きでも人によって印象が変わる設計なので、店頭で試すときは自分の肌で 1 時間以上追ってから判断するのが確実です。

付ける量には注意が必要です。甘さと濃度の両方を備えた設計なので、多く吹き付けると距離の近い場では過剰になりやすくなります。手首やうなじへの一吹きから始め、足りなければ次の機会に増やすという順序が安全です。髪や服の裾に少量含ませる運用も相性がよく、動いたときにだけ香るという控えめな使い方に落とし込めます。

似合う人と場面

Black Opium が向くのは、香りで自分の輪郭をはっきり示したい人です。控えめに空気を整えるタイプの香水ではありません。存在を伝える香りなので、そこを求めているかどうかが最初の分かれ目になります。甘い香りが好きで、しかし子どもっぽさは避けたいという要望に対しては、かなり素直に応えてくれる設計です。

場面は夕方から夜が本命です。気温が下がる時間帯のほうがコーヒーとバニラの層が締まって出ますし、照明の落ちた場所との相性も良好です。季節では秋から冬にかけてが扱いやすく、湿度と気温の高い真夏の日中は甘さが膨らみすぎる傾向があります。夏に使うなら量を絞り、夜に限定するのが現実的でしょう。

逆に、距離の近い職場や食事の席では慎重さが必要です。コーヒーとバニラは食べ物の記憶に近い素材なので、料理の香りと干渉することがあります。オフィスで甘い香りを纏いたい場合は、量を極端に絞るか、別の系統を検討したほうが無理がありません。コーヒーという素材そのものに惹かれているなら、他の選択肢も含めて整理したコーヒーの香りの香水をまとめた記事を先に読んでおくと、自分に必要な濃度と甘さの量が見えてきます。

コーヒー系のなかでの位置 — Replica Coffee Break との違い

コーヒーを主役にした香水として並べて語られやすいのが、Maison Margiela の Replica Coffee Break です。2019 年発売、調香は Jacques Cavallier Belletrud。トップにコーヒー、レッドアップル、レモンエッセンス。ミドルにラベンダー、スペアミント、オレンジフラワーアブソリュート。ラストにミルクムースを思わせる甘い層とスリランカ産サンダルウッド、バージニアシダーという構成のオードトワレです。

両者の違いは、コーヒーをどの時間の飲み物として描いたかに集約されます。Black Opium が置いたのは夜のコーヒーで、眠らないための一杯です。Replica Coffee Break が置いたのは日中の休憩で、カフェのカウンターで飲む一杯です。前者はジャスミンとリコリスで濃さと苦みを足し、後者はミントとラベンダーで清涼感を足しました。ラストの甘さも、前者がバニラとウッディの重さ、後者がミルクの軽さという違いがあります。

選び方の目安としては、香りに存在感を求めるなら Black Opium、日常の空気として置きたいなら Replica Coffee Break という整理が実用的です。濃度もオードパルファムとオードトワレで差があり、後者のほうが量の調整に余裕があります。両方をワードローブに入れて、昼と夜で切り替えるという使い方も成り立ちます。

コーヒー・レッドアップル・レモンエッセンスの香ばしい開幕から、ラベンダー・スペアミント・オレンジフラワーアブソリュートのアロマティックな心、ミルクムースアコード・スリランカンサンダルウッド・バージニアシダーウッドのミルキーな余韻へ。深煎りコーヒーのカフェで温かいラテを注がれた瞬間の幸福感。秋冬の朝、カフェタイム、リラックスした午後に。

発売
2019 年
調香師
Jacques Cavallier Belletrud
トップノート
コーヒー、レッドアップル、レモン エッセンス
ミドルノート
ラベンダー、スペアミント、オレンジフラワー アブソリュート
ラストノート
ミルクムース アコード、スリランカン サンダルウッド、バージニア シダーウッド
香りの強度
オードトワレ
持続性
2-4時間
おすすめシーン
20-40 代男女の秋冬の朝・カフェタイム・リラックスした午後

編集部総評

Black Opium は、コーヒーノートを一般に広めた一本として振り返る価値があります。焙煎の香りを香水に持ち込むという試みは以前からありましたが、これだけ広い層に届いた例は限られます。成功の要因は、コーヒーを単独で立てなかったことにあると考えられます。洋梨で入り口を明るくし、ジャスミンで濃さを足し、リコリスで甘さに苦みの線を引き、バニラとウッディで着地させる。四段の受け渡しが丁寧に設計されています。

留意すべき点も挙げておきます。ひとつは甘さの量です。甘い香りに慣れていない人にとっては、序盤の果実感からは想像できない密度が中盤に来ます。もうひとつは版の多さで、同じ名前の姉妹品が複数あるため、レビューを読む際にどの版の話なのかを確認する必要があります。試すときは 2014 年のオードパルファムを基準にして、そこから好みの方向へ派生版を探すのが分かりやすい順序です。

夜の香りを一本だけ持つとしたら、という問いに対して、この香水は今も有力な答えのひとつです。コーヒーの香ばしさと花の濃さ、そしてバニラの温かさ。この三つが同時に欲しいなら、選択肢はそれほど多くありません。

記事で取り上げた商品

ピア・ピンクペッパー・オレンジブロッサムのジューシーな開幕から、コーヒー・ジャスミン・ビターアーモンド・リコリスのダークで官能的な心、バニラ・パチョリ・カシミアウッド・シダーの中毒性のある余韻へ。エスプレッソに濃いバニラを溶かしたような大人びた甘さと、夜のロックライブのような熱気。20-30 代女性のフォーマル、夜のお出かけ、デート、特別な日。

発売
2014 年
調香師
Nathalie Lorson / Marie Salamagne / Olivier Cresp / Honorine Blanc
トップノート
ピア(洋梨)、ピンクペッパー、オレンジブロッサム
ミドルノート
コーヒー、ジャスミン、ビターアーモンド、リコリス
ラストノート
バニラ、パチョリ、カシミアウッド、シダー
香りの強度
オードパルファム
持続性
4-6時間
おすすめシーン
20-30 代女性のフォーマル・夜のお出かけ・デート・特別な日
GUZ編集部レビュー4.2 / 5

コーヒーとバニラが溶け合う官能的な甘さが軸のオリエンタルグルマンで、夜の特別な場面に存在感を発揮します。中毒性のある濃密な香り立ちは個性的な分、軽やかな香りを好む人や日中の使用にはやや重く感じられることがあります。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のFRAGRANCEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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