FASHION

ファッションエディターの目線 — プロが選ぶワードローブの基礎

ジル・サンダーやマルジェラ、ザ・ロウの定番を古着で組み立てたエディター風ワードローブのイメージ

ファッション誌の編集部に置かれているワードローブは、流行のピークだけを切り取った棚ではありません。撮影現場、取材、デザイナーとの会食、ショーの最前列、そして翌朝の校了作業まで、編集者の一日は服装の温度差が極端で、着替える時間も限られています。だからこそ、エディターのクローゼットは派手さよりも、稼働率と耐久性、そして写真に写ったときの面の整い方で評価されます。

本稿は、編集部に長く居着いているスタッフが日常的に手に取る基幹アイテムを、ジル・サンダー、メゾン マルジェラ、ザ・ロウの3ブランドに絞り込み、その選び方の軸を分解した実装メモです。プロが選ぶワードローブの基礎は、有名なロゴでも限定コラボでもなく、襟元の落ち方やシーム位置、肩線の置き場所といった、写真と動画の双方で破綻しないディテールに集約されます。古着市場で再評価が進む3ブランドを軸に、編集者がどのように一着を採用しているのかを見ていきます。

エディターの選び方 3 軸 — 撮影耐性 / 着回し / シルエット

編集部の同僚に「どうやって私服を決めているのか」と聞くと、答えはおおむね3つの軸に整理できます。第一に撮影耐性、第二に着回し効率、第三にシルエットの自立性。流行のキーワードが入る余地は、この3軸の後ろにしか置かれていません。

撮影耐性とは、現場で被写体の隣に立ったとき、自分の服がノイズにならないかという視点です。光沢の強い化繊や過度なロゴは被写体の主役性を奪います。編集者の私服がマット寄りで、ウール、ヘビーコットン、ヘビーゲージニットに偏るのは、光の反射を吸い込むからです。

着回し効率は、1着を週に何度まで違う組み合わせで着られるかという問いに置き換えられます。編集者は同じ場所で何度も顔を合わせる仕事が多く、印象の更新が日々求められます。とはいえワードローブを無限に増やすのは現実的ではありません。トップス3、ボトムス3、アウター2の小さなマトリクスでも、組み合わせの幅はかなり広くなります。逆に言えば、その小さなマトリクスに入り込めない一着は、いくら気に入っても出番が来ません。

シルエットの自立性とは、ボディラインに依存せずに服そのものが立体を作れるかどうかです。良い服はハンガーに掛けたときに既に「形」を持っています。バイヤーが古着の買い付けで真っ先にやる動作が、ハンガーから外して床に置き、立ち上がる影のラインを見るのも、この自立性を測っているからにほかなりません。編集者が長く着続けるのは、この影の輪郭が崩れないアイテムであることが多いものです。

この3軸を頭に置いた上で、編集部が共通して頼ってきた3つのブランド、ジル・サンダー、メゾン マルジェラ、ザ・ロウを、それぞれの役割で見ていきます。

編集部の同僚に「どうやって私服を決めているのか」と聞くと、答えはおおむね3つの軸に整理できます。

基幹 — Jil Sander

ジル・サンダーは、編集部のワードローブにおいて「日常の業務着」を担う基幹ブランドにあたります。1990年代のジル・サンダー本人時代から、ラフ・シモンズ期、現在のメイヤー夫妻によるコレクションまで、テキスタイルの選定と縫製基準が一貫して保たれており、古着市場でもアーカイブごとに評価が分かれて流通しています。

編集者がジル・サンダーを「基幹」と呼ぶのは、シャツ、ニット、テーラードの三点が全て高い水準でそろうからです。シャツは身幅と着丈のバランスが現代の体格に合わせて何度か微調整されており、肩線が落ち過ぎないため、ノーアイロンでもジャケットの下に整然と収まります。ニットは特にハイゲージのクルーネックが定番で、首回りのリブの落ち方がボディに沿わず、わずかに離れて立ち上がります。ここに小さな余白ができることで、ジャケットを脱いだ時の襟元が乱雑になりません。

テーラードのアウターは、編集部の中でも「会議でも撮影でも着られる一着」として共有された認識を持っています。襟の返しが浅く、ラペル幅が中庸で、ボタン位置が高すぎないため、ストレッチの効かない真っ直ぐなウールでもシルエットが固くなりません。古着で出会うジル・サンダーは年代によって肩線の置き方が違うため、試着できる場所で実際に動いてみるのが望ましいでしょう。

カラーパレットはホワイト、ブラック、ネイビー、グレージュ、オフホワイトという編集的な中間色が中心で、被写体の隣に立ったときに背景化しやすくなります。古着の流通価格は年代と状態によって幅があるが、編集部の感触ではアーカイブ期のシャツやニットは2万円台から、テーラードはコンディション次第で5万円から10万円の帯に入ってくることが多いです。

定番をどう探すかについては、過去に編集部の働き方とワードローブの関係を整理したエディターの仕事と暮らしを見直す記事でも触れているので、合わせて参照してみてください。

抽象モード — Maison Margiela

メゾン マルジェラは、編集者にとって「抽象モード」を担当する一枚を提供してくれるブランドです。基幹であるジル・サンダーが日常の連続性を支えるとすれば、マルジェラはその連続性に一度ノイズを入れる役割を持ちます。アーティザナルラインや初期マルタン期のアウターは、シーム位置と裏地の見せ方が独特で、ジャケット一枚で会場の空気を変える力があります。

編集者がマルジェラのジャケットを選ぶ理由は、肩線の置き方が左右非対称に近い緊張感を持っているからです。具体的には、肩のパッドを抜いたシューズショルダー、わずかに前肩に落としたタイプ、そして極端なほどに肩を構築した1990年代の再構築ジャケットなど、年代やラインによってシルエットが大きく異なります。古着で買う場合、自分のクローゼットの中でどの軸を補強したいのかを先に決めておくと、選びやすくなります。

素材選定にもマルジェラ独特の論理があります。ウールでも織りの密度を変えて意図的に柔らかく落とすことがあり、リサイクル素材を使ったライン、レザーを染め変えたライン、布帛をデニム風に加工したラインなど、表情の選択肢が広がります。編集の現場で着るときは、シャツとパンツをジル・サンダーで揃え、ジャケットだけをマルジェラに振ると、全体の中で1枚だけがエッジを持ち、写真に強い軸が立ちます。

古着市場での流通価格はラインによって極端に振れます。アーティザナル(0番台)は数十万円から、メインライン(10番台)の状態の良いジャケットは5万円台から、リプロダクションラインは2万円台に下りてくることもあります。サイズタグの位置と内ラベルの素材、ボタン裏の刻印など、年代特定の手がかりが多いので、購入前に1度ブランドのコードを学んでから店頭に立つと、迷いが減ります。

マルジェラの抽象性をワードローブに取り込むコツについては、長く着られる一着の選び方を整理した時を超えて着続けるアイテム選びの手引きと合わせて読むと、判断軸が立体的になります。

洗練ベーシック — The Row

ザ・ロウは、編集者のクローゼットにおいて「洗練ベーシック」の役割を担います。ジル・サンダーが日常の基幹、マルジェラが抽象のアクセントだとすれば、ザ・ロウはその両者をなめらかにつなぐ中間項にあたります。カシミヤ、シルク、ハイゲージウール、ピマコットンといった素材を、強い装飾なしに丁寧に組み立てるブランドで、編集者の私服においては「写真に写った時の面の整い方」を最優先する場面で選ばれることが多いです。

ニットの選定基準が特に独特で、ゲージの揃い方とリブのテンションが非常に高い水準で安定しています。古着で出会うときは、洗濯による縮みや表面のピリングを確認するのが先決で、ハイゲージ品ほど一度の不適切な洗濯で命を縮めることがあります。状態の良い古着は、新品の半額程度で見つかることもあるが、コンディションの良いザ・ロウは流通量自体が少なくなっています。

編集者の使い方として典型的なのは、ボトムスをジル・サンダーかマルジェラに振り、トップスをザ・ロウのクルーネックかタートルネックに置く組み合わせです。色は黒、グレージュ、キャメル、オフホワイトといった編集的なニュートラルに収斂し、撮影現場に出ても被写体を邪魔せず、移動中のジャケットアウターとの相性も良好です。

古着価格はラインとシーズン、コンディションによって2万円台後半から10万円超まで幅があり、新作の半値以下で出会えるとは限りません。ザ・ロウは年代の振れ幅が他2ブランドより小さく、買い付けの目利きが価格に直結するため、信頼できる古着店経由で探すのが現実的です。

1 in 1 out のルール

編集部のクローゼット運用で長く守られているのが、1 in 1 out のルールです。新しい一着を迎え入れるとき、必ず既存の一着を手放します。これは収納の物理的制約から生まれた習慣でもあるが、本質的にはワードローブの密度を保つための運用ルールに近いものです。

このルールが機能するのは、ワードローブを「動的なシステム」として捉えているからです。クローゼットは静的な棚ではなく、入れ替えによって常に最適化されていく流動体です。手放す一着は、傷んだものとは限りません。むしろ、状態が良いまま着る頻度が落ちた一着を、自分よりよく着てくれる次の持ち主に渡す方が、服にとっても循環にとっても望ましい。

編集部での具体的な運用としては、シーズン替わりのタイミングで在庫を一度全部出し、過去6か月で着た回数を3区分に分けます。週1回以上、月1回以上、それ未満。それ未満の区分に入った一着は、状態と思い入れを別軸で評価し、状態が良ければ古着市場や知人に手放します。思い入れが強くて着ないものは、別箱に移し、年単位で見直します。

このルールを実装すると、ワードローブは小さくなりがちです。トップス10、ボトムス6、アウター4程度で、編集者の日常はほぼ完結します。重要なのは、その20着前後がジル・サンダー、マルジェラ、ザ・ロウのような「軸の異なる基幹」に分散していて、互いに干渉せずに組み合わさることです。

エディターの仕事服スケジュール

編集者の一日は、服装の切り替えポイントが多いです。月曜の朝に校了明けの会議があり、火曜にデザイナーの取材、水曜に撮影立ち会い、木曜にショールーム回り、金曜に会食、土曜は資料整理、日曜はリセット日というのが、ある編集部メンバーの典型的な週次パターンです。

月曜の会議には、ジル・サンダーのシャツとウールパンツを軸に置きます。会議机を挟んで座る編集長の視線に対して、襟元と肩線が崩れていないかが最初に見られます。火曜の取材では、デザイナーが見るのは服そのものよりも、その編集者が何を選んだかという編集判断です。マルジェラのジャケットをここで合わせると、取材の冒頭の数分間で会話の温度が変わることが多いです。

水曜の撮影立ち会いは長時間立ち続けるため、素材の重さが効きます。ザ・ロウのニットとジル・サンダーのウールパンツは、立ち仕事に耐え背景に映り込んでもノイズになりません。木曜のショールーム回りは歩く距離が長いため、軽量のジャケットとニット主体に切り替えます。

金曜の会食は最もシルエットが問われる場面です。デザイナー、PR、編集長が同席する場では、マルジェラのアウターを置く判断が効きます。土曜はヘビーコットンのシャツとデニムなど洗濯サイクルを回しやすい服に切り替え、日曜はハンガー掛け直しと丈の修正で週をリセットします。

編集部総評

編集者のワードローブは、ロゴの連発でも限定品の収集でもなく、撮影耐性、着回し効率、シルエットの自立性という3軸に応えてくれる小さな基幹群によって支えられています。ジル・サンダーが日常の連続性、マルジェラが抽象のアクセント、ザ・ロウが両者をつなぐ洗練ベーシック。この3ブランドの古着を軸に組み立てると、20着前後の小さなクローゼットでも編集現場の一週間を回せます。

大事なのは、ブランド名そのものではなく、その背後にあるテキスタイルとシーム位置の判断軸を自分の言葉に翻訳することです。古着市場で見つけたときに、何を見て、何を見送るのかが言語化されていれば、流行や価格変動に振り回されずに済みます。編集部の同僚に話を聞き続けて見えてきたのは、最終的にプロのワードローブを支えているのは、買う技術よりも見送る技術であるという地味な事実でした。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のFASHIONカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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