INTERIOR

ミラノアパルトマン風インテリア — イタリアン・モダンの真髄

ミラノの旧市街を歩いていると、重厚な木製ドアの奥にふと現れる吹き抜けの中庭がある。住人の足音が石畳に響き、見上げれば三層四層と積み重なった窓辺にゼラニウムの赤が揺れている。これがミラノアパルトマン、つまり十八世紀から十九世紀にかけて建てられた集合邸宅の典型的な姿だ。当時の貴族や新興ブルジョワジーが街なかに構えた住居は、現在では一棟まるごと細分化されて住まわれており、躯体の高い天井と分厚い壁、職人仕事の建具がそのまま残されている。

この古い骨格に、戦後ミラノが世界に発信したモダンデザインを重ねていく作法こそ、編集部が「ミラノアパルトマン風」と呼ぶスタイルだ。日本の住宅でそのまま再現するのは難しいが、要素を分解して取り入れれば、賃貸のワンルームでも空気が一変する。本稿では建築要素、家具、照明、椅子選び、アート、配色まで、ミラノ式の組み立てを順に追っていく。

ミラノ・モダンの基本要素 — 高い天井、モルタル、木製建具

ミラノアパルトマンの空間がそのまま雑誌写真のような佇まいを持つのは、住戸そのものの躯体寸法が圧倒的に余裕を持って設計されているからだ。古い邸宅では天井高三メートル超は珍しくなく、窓も床から天井近くまで届く縦長サッシが基本となる。光が斜めに深く入り、家具の上半身に余白が生まれる。この「頭上の空気」が空間全体の格を決めている。

日本の住宅では天井高二・四メートルが標準だが、視線を上に逃がす工夫で擬似的に余白を作れる。背の高い本棚を壁面に走らせる、フロアランプを高めに立てる、カーテンレールを窓枠ではなく天井近くに付け直す。この三点だけでも垂直方向の伸びは体感で変わる。

床と壁の仕上げも肝になる。ミラノの古い邸宅では、玄関や水回りに磨き上げたモルタル、リビングにはヘリンボーンの寄木板、寝室にはテラコッタタイルが配されることが多い。日本では大判のタイルカーペットやモルタル調のクッションフロアで近似できる。重要なのは「マットで吸い込むような質感」を一部に必ず入れることで、艶のあるフローリングだけで全面を覆わない方がミラノ的な落ち着きが出る。

建具は本来なら無垢の木製枠とガラスの組み合わせが理想だが、後付けで一枚の木製スクリーンを部屋の仕切りとして立てるだけでも、空間の重心がぐっと下がる。白い樹脂建具で揃った日本の集合住宅にこそ、木の枠材を一本足す効果は大きい。

重要なのは「マットで吸い込むような質感」を一部に必ず入れることで、艶のあるフローリングだけで全面を覆わない方がミラノ的な落ち着きが出る。

家具 — Cassina、B&B Italia、Poltrona Frauの系譜

戦後イタリア家具を語るうえで欠かせないのが、ミラノ近郊メーダに本拠を置くCassina(カッシーナ)だ。同社は一九二七年創業の老舗で、ル・コルビュジエやシャルロット・ペリアン、ジオ・ポンティらの作品をライセンス生産する公式メーカーとして知られる。代表作のLC2やマラルンガ・ソファは、半世紀を超えて生産が続く定番中の定番。中古市場でも価値が落ちにくく、長期で見れば資産性の高い買い物になる。

B&B Italia(ベー・アンド・ベー・イタリア)はノヴェドラーテ拠点で、よりコンテンポラリーな表情を持つ。アントニオ・チッテリオやパトリシア・ウルキオラの作品が多く、低座面の大ぶりなソファで床に近い暮らしを提案している。ミラノアパルトマンに新築マンションのテイストを差し込みたいなら、こちらの系統が相性が良い。

Poltrona Frau(ポルトローナ・フラウ)はトリノ寄りトレヴィ出身ながら、ミラノの高級住戸でも採用例が多い。同社の真骨頂は革加工で、独自鞣しの「Pelle Frau」は経年で艶を増す。ヴァンソン・ハイドのチェスターフィールド系もミラノでは現役で使われており、古典と現代の橋渡しに置きやすい。

これらを揃えると総額は乗用車並みに膨らむため、編集部としては「主役を一つだけ本物にする」設計を推奨する。ソファだけCassinaの定番モデルを十年計画で迎え、サイドテーブルやスツールは国内ブランドや古道具で組み合わせる。一点豪華主義はミラノの旧家でも普通に行われている流儀で、家じゅう全てがブランド家具という方がむしろ稀だ。

照明 — ArtemideとFlosが描く光の階層

ミラノ式空間で家具と同じくらい重要なのが照明計画だ。ミラノの住戸ではシーリングライト一灯で部屋全体を均一に明るくする発想はほぼ採られない。代わりに、フロアランプ、テーブルランプ、ペンダント、ピクチャーライトを複数組み合わせ、必要な場所だけを照らす「多灯分散」が基本となる。

このスタイルを牽引してきたのがArtemide(アルテミデ)だ。ミラノ郊外プレガナーナに本社を構え、リチャード・サパーの「ティツィオ」、エルネスト・ジスモンディの「トロメオ」、カリム・ラシッドの「ピプスト」など、機能と造形が拮抗する名作を輩出してきた。ティツィオは一九七二年発表のデスクランプで、カウンターバランス機構でアームが空中静止する仕組みは現在でも他に類を見ない。書斎机に一台置くだけで空間の知性が一段上がる。

Flos(フロス)も同じくミラノ系で、アキッレ・カスティリオーニとピエール・ジャコモ兄弟の「アルコ」フロアランプはミラノアパルトマンの定番中の定番。大理石のベースから二メートル超のアームが弧を描き、ダイニングテーブル中央に光を落とす。配線工事不要でペンダント代わりになるため、賃貸住戸でも導入しやすい。

編集部の経験則として、八畳の部屋に最低三灯、リビングなら四から五灯を分散配置すると、夜の表情が一変する。電球色を二七〇〇ケルビン以下に統一し、調光対応のスマートプラグを噛ませると、夕方から夜にかけて光量を段階的に落とせる。ミラノの住人が夜九時を過ぎると驚くほど暗い室内で食事をしているのも、この多灯分散の延長線上にある。

チェアの選び方 — 一脚で空間が決まる

イタリア家具の世界で「椅子は彫刻」と言われる。ソファやテーブルがファサードを作るのに対し、椅子は単体で完結する造形物として部屋の中央に据えられる。ミラノアパルトマンでも、リビングの対角線上にエッジの効いた一脚が置かれているケースを頻繁に見る。

選び方の第一基準は素材の対比だ。木製の床にウールのソファ、その傍らに革張りのラウンジチェアを一脚。これだけで質感の階層が三層になる。ジオ・ポンティの「スーパーレジェーラ」、マルコ・ザヌーゾの「ラディ・チェア」、ガエターノ・ペッシェの「フェルトリ」など、ミラノ系デザイナーの椅子は造形が強いものが多く、一脚で空間の重心を引き受けてくれる。

第二基準は座面高だ。ミラノの住戸は天井が高いため、座面四〇センチ前後の低い椅子でも視覚的なバランスが取れる。日本の天井高では座面四十二から四十五センチ程度を基準にすると、椅子だけが沈み込んで見える事故を避けられる。実寸を測ってから購入する習慣を付けたい。

第三基準は背もたれの抜け感。ミラノ式の椅子は背板にスリットが入ったり、フレームだけで張りがなかったりと、空気を通す形状が多い。ソリッドな塊感の椅子ばかりだと部屋が重くなるため、最低一脚は「向こう側が透ける」椅子を混ぜると軽さが出る。

アートとオブジェ — ミラノギャラリー文化の余韻

ミラノはブレラ地区を中心に古美術ギャラリーと現代アートの画廊が密集する街で、住人の家には何かしらの絵が壁に掛けられている。額装された油彩、写真プリント、版画、子どもの落書きまで、内容の格は問わない。「壁が空白でない」こと自体がミラノ的な住まいの条件と言ってよい。

編集部が観察してきた範囲では、ミラノアパルトマンの壁掛けには三つの傾向がある。一つは大判一点を主役にする手法で、二メートル近い抽象画や写真を一枚だけ掛け、家具を引き立て役に回す。二つ目は小品の群掛けで、A4からA3サイズの絵を不規則に並べて壁面全体をギャラリー化する。三つ目は鏡との組み合わせで、古い金箔の額縁鏡を絵の隣に掛けることで光の反射まで作品の一部にする。

立体物では、ムラノ島のヴェネチアン・グラス、カラーラ大理石の小像、現代陶芸家のオブジェなどが棚や暖炉前に並ぶことが多い。日本で揃えるなら、京都や金沢のギャラリーで現代作家の小品を一つ二つ迎えるのが現実的だ。量産品の置物よりも、作家のサインが入った一点物の方がミラノ式の感覚に近い。

香りの演出も忘れたくない要素で、ミラノ系のインテリアショップでは必ずと言っていいほど室内香が焚かれている。木質系やレザー系のディフューザーを選ぶと、視覚で作った重厚感に嗅覚の層が重なって体験が立体化する。香りの選び方はホームフレグランス選びの指南で別途まとめているので参照されたい。

配色 — オフホワイト、グレージュ、木の温もり

ミラノアパルトマンのカラーパレットは驚くほど抑制が効いている。壁はオフホワイトかごく淡いグレージュ、床は焦茶か蜂蜜色の木、家具のファブリックはサンドベージュからチャコールグレーまでの無彩色域。ここに革のキャメル、真鍮の金色、緑の観葉植物が点差しで入る。原色は基本的に登場しない。

このパレットの強みは経年で色褪せないことだ。流行のくすみピンクやテラコッタを壁一面に塗ってしまうと数年で飽きるが、オフホワイトとグレージュは十年経っても古びない。差し色を家具やクッションで入れ替えれば、季節ごとに表情を変えることもできる。

編集部としては、まず壁紙か塗装をやり直せる住戸なら、白すぎない暖色寄りオフホワイトを選ぶことを薦める。日本の標準的なビニールクロスの純白は青白く冷たく見えるため、暖色フィルターを掛けるだけで部屋の体感温度が一段上がる。賃貸で壁を触れない場合は、大判のリネンカーテンをオフホワイト系で吊るすだけでも近似できる。

家具の配色は床色との対比で決めると失敗が少ない。焦茶の床ならオフホワイトとキャメル革、蜂蜜色の床ならグレージュとチャコールというように、床を起点にパレットを組み立てる。狭い部屋でレイアウトを詰めたい場合は狭い部屋の家具配置術も併読してほしい。

編集部総評 — 完璧でなく、続けられる重厚感を

ミラノアパルトマン風インテリアの本質は、十八世紀の躯体に二十世紀のモダニズムを重ね、その上を二十一世紀の住人が日常で使い倒すという、時間の積層にある。新築マンションで一夜にして再現できる類のものではなく、十年単位で家具を入れ替え、革を育て、絵を増やしていく長期戦のスタイルだ。

だからこそ、編集部は最初から全てを揃えようとしないことを薦める。Cassinaのソファを十年計画で迎える、Artemideのテーブルランプを一灯買い足す、ミラノ系作家の小品を年に一点増やす。こうした単発の意思決定を積み重ねた先に、自分の暮らしと一体化したミラノ的空間が立ち上がってくる。

失敗を恐れず、けれど焦らず、買い物のたびに「この一点で空間がどう変わるか」を自問してほしい。その問いを繰り返した家ほど、訪れた人に深い印象を残す住まいになる。完成形の写真を追いかけるのではなく、日々の暮らしの中で素材が育っていく過程そのものを楽しむ姿勢が、ミラノの住人と日本の私たちを共通の土俵に立たせてくれる。

もし一点だけ最初に選ぶなら、編集部としてはやはり光源を推したい。家具を一脚買い替えるのは大仕事だが、ランプの一灯追加なら半日で部屋の表情が変わる。夕暮れに点いた一灯の傍らで本を開く時間が、ミラノ的な暮らしへの最短ルートになる。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のINTERIORカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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