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UNDERCOVER(アンダーカバー)— 高橋盾が『ノイズ』で築いた、パンクと日本の手仕事の35年

UNDERCOVER(アンダーカバー)— 高橋盾が『ノイズ』で築いた、パンクと日本の手仕事の35年

UNDERCOVER(アンダーカバー)は、デザイナーの高橋盾が1990年に立ち上げた日本のファッションブランドです。「We Make Noise Not Clothes(俺たちは服ではなくノイズを作る)」というモットーに象徴されるように、パンクの反骨精神と日本の確かな縫製技術を一着のなかで衝突させる作風で、国内外から高く評価されてきました。見覚えがあるのに誰も見たことのない、どこか不穏な引っかかりを残す服。その独特の手触りが、三十年を超えてブランドの核であり続けています。

「UNDERCOVER とはどんなブランドか」を一言で言えば、セックス・ピストルズに代表されるパンクカルチャーを出発点にしながら、ヴィンテージの解体や異素材の接ぎ合わせといった手仕事で、その衝動を服へと翻訳し続けてきたハウスです。1990年代の原宿カルチャーを牽引した時期も、2002年にパリへ進出した時期も、ナイキとのランニングウェアに踏み出した時期も、高橋盾の「ノイズへのこだわり」という一本の軸は変わっていません。

本記事では、高橋盾の生い立ちから創業、原宿 NOWHERE の時代、川久保玲の後押しを受けたパリ進出、そしてナイキとの協業までを年代で追ったうえで、デザイナー像、代表的なアイテム、歴史に残るコレクションへと、ブランドの全体像を順にたどります。

「ノイズを作る」という設計思想

UNDERCOVER の哲学を要約するなら、高橋盾自身が掲げてきた「服ではなく、ノイズを作る」という言葉に行き着きます。これは「見たことのあるようで誰も見たことのない、ノイズを感じる服を作りたい」という、創業時からの姿勢を映したものです。整った既製服の文法を、あえて別の文脈へ持ち込み、心地よい違和感を生むこと。そこに高橋のデザインの出発点があります。

具体的には、ヴィンテージのジャケットを意図的に解体して組み直したり、シャツの袖を別布で継いだり、デニムにグラフィックを刷り込んだり、軍服とドレスシャツを一着のなかで掛け合わせたりといった手法が挙げられます。いずれも「既存の服の語彙を、別の場所に置き直して違和感を作る」という方向性で共通しています。コム・デ・ギャルソンの川久保玲が示した解体的なアバンギャルドとは別の系譜にある、パンク的なノイズ生成とでも呼ぶべき独自の方法論です。

この姿勢の根には、高橋盾の音楽体験があります。彼は中学生のころからセックス・ピストルズに親しみ、コピーバンド「Tokyo Sex Pistols」でボーカルを務めていました。ファッションデザイナーとしては珍しい経歴です。既存の権威や美学を壊し、新しいエネルギーを叩きつけるというパンクの精神が、UNDERCOVER のコレクションの底に流れ続けてきました。装飾を盛るのではなく、文脈をずらすことで服に毒を含ませる。その手つきが、ブランドを長く支持される存在にしています。

色の基調は、ブラックやグレー、オリーブ、レッド、ピンクといった、パンクとサブカルチャーの語彙が中心です。ただし時期によって大きく変化してきました。1990年代のミニマルな路線から、2000年代の鮮やかなグラフィック、2010年代の解体的なハイブリッド、2020年代のリミックス的な再構成へと、その表情は移り変わっています。一貫した思想を保ちながら、表現の振れ幅は大きいことが、このブランドの面白さでもあります。

もう一つ重要なのが、協業への積極的な姿勢です。ナイキとのランニングライン GYAKUSOU をはじめ、ジュンヤ ワタナベ、ユニクロのUUといった多様な相手との協業を重ねてきました。外部との対話を通じて、ブランドの語彙が定期的に更新されてきた点も、UNDERCOVER を語るうえで欠かせません。

パンクの衝動を支える、日本の手仕事

UNDERCOVER のデザインは、しばしばパンクや解体という荒々しい言葉で語られます。しかし、その衝動を実際に着られる服へと成立させているのは、日本のものづくりが培ってきた確かな縫製技術です。ヴィンテージを解体して別の形へ組み直す手法は、見た目こそ破壊的ですが、それを破綻なく一着にまとめ上げるには、高い縫製の精度が欠かせません。荒れた表情と緻密な仕立てが同居しているところに、このブランドの本質があります。

高橋盾が国内外で長く評価されてきた背景には、こうした日本の生産現場の力があります。前衛的なアイデアを、量産に耐えるプロダクトとして形にできるのは、企画と生産が密に結びついた日本のものづくりの土壌があるからです。アイデアの過激さと仕上がりの丁寧さ。その二つが両立しているからこそ、UNDERCOVER の服は単なる奇抜さで終わらず、長く着られる強度を備えています。パンクという出発点と、日本の手仕事という足場。この組み合わせこそが、UNDERCOVER を世界のなかで独特の位置に立たせてきた要因だと言えます。

これは「見たことのあるようで誰も見たことのない、ノイズを感じる服を作りたい」という、創業時からの姿勢を映したものです。

創業から現在まで — 年代でたどる歴史

修業期(1969年〜1989年)— 群馬の少年からパンクへ

高橋盾は1969年、群馬県に生まれました。地方都市で育った少年がのめり込んだのが、海の向こうのパンクロックでした。前述のとおり、中学時代からセックス・ピストルズに傾倒し、後にコピーバンドのボーカルを務めるほどの熱量を注ぎます。この時期に身体へ刻まれた反骨の感覚が、のちのデザインの原型になりました。

やがて高橋は上京し、東京の文化服装学院で服づくりを学びます。在学中にコム・デ・ギャルソンのショーに触れたことが、自身もデザイナーとして立つ決意を固める契機になったと語られてきました。音楽で培ったパンクの衝動と、学校で学んだ服づくりの技術。この二つが交わる地点に、UNDERCOVER の萌芽がありました。

創業期(1990年〜1994年)— 学生が立ち上げたブランド

1990年、まだ文化服装学院の学生だった高橋盾は、自身のブランド UNDERCOVER を立ち上げます。学業と並行して始まった小さなブランドは、実験的なデザインとグラフィックを多用した服、そしてDIY的なパンクの態度によって、早くから感度の高い層の支持を集めていきました。服とアートの境界を曖昧にするような初期のコレクションは、熱心なファンを生みます。

1994年には東京コレクションにデビューし、ブランドは国内のファッションシーンで本格的に名を知られる存在になりました。学生が立ち上げた小さなレーベルが、数年のうちに東京の表舞台へ立つ。この駆け上がりの速さ自体が、UNDERCOVER の表現が当時いかに新鮮だったかを物語っています。

裏原宿期(1995年〜2001年)— NOWHERE と原宿カルチャー

UNDERCOVER の名を一気に広げたのが、原宿でのショップ展開です。1993年、高橋盾は後にA BATHING APEを起こすNIGOとともに、原宿に「NOWHERE」という店を構えました。店の半分を UNDERCOVER が、もう半分をNIGOが手がけるという構成で、ここが当時の裏原宿カルチャーの中心地の一つになっていきます。

1990年代の原宿は、若い作り手たちが既存の流通を介さず、自分たちの店から直接カルチャーを発信する熱気に満ちていました。UNDERCOVER はその只中で、音楽やアート、ストリートの感覚を服に流し込み、同世代の支持を獲得します。NIGOと並走しながら裏原宿の空気を作った時期は、ブランドの土台が固まった年月でもありました。

当時の裏原宿は、大量生産の既製服とは異なる価値観を打ち出す若者文化の発信地でした。少量生産で、作り手の顔が見え、店に行かなければ手に入らない。そうした希少性とコミュニティの感覚が、ブランドと客の距離を近づけ、熱狂的な支持を育てていきました。UNDERCOVER はこの環境のなかで、商業的な拡大よりも表現の純度を優先する姿勢を確立します。後にパリへ進出し、国際的に評価される土台となる作家性は、この裏原宿の時代に鍛えられたものでした。流行を追うのではなく、自分たちの美意識を貫くという態度が、この時期にブランドの背骨として定まったのです。

パリ進出期(2002年〜2009年)— 川久保玲の後押しを受けて

UNDERCOVER の歩みで決定的な転機となったのが、2002年のパリ進出です。コム・デ・ギャルソンの川久保玲の後押しを受け、高橋盾は2002年10月のパリ・ファッションウィークで2003年春夏コレクションを発表しました。日本の若いデザイナーが、世界のモードの本場で正面から評価を問うという、象徴的な出来事でした。

川久保玲という、戦後の日本ファッションを世界へ押し出した先達からの後押しは、単なる紹介以上の意味を持ちました。日本のデザイナーがパリで道を切り開いてきた系譜に、高橋盾が連なったことを示す出来事だったからです。パリでの発表を重ねるなかで、UNDERCOVER の解体的な作風は国際的なメディアやバイヤーの注目を集め、ブランドは日本国内のカルト的存在から、世界で語られるハウスへと立ち位置を広げていきました。

パリでの評価は、UNDERCOVER の販路にも変化をもたらしました。世界の主要都市のセレクトショップや百貨店がブランドを取り扱うようになり、日本発のパンク的な作風が国境を越えて受け入れられていきます。本場のモードの舞台で毎シーズン作品を問うという行為は、ブランドの作り込みの精度を一段と高めました。話題性で一度注目を集めても、翌シーズンに失速すれば忘れられてしまう世界で、高橋盾は奇抜さに頼らず、解体と再構成という確かな方法論で評価を積み上げていきます。日本のストリートとパンクの感覚が、欧州のモードの文脈のなかでも通用することを示した点に、この時期の大きな意義がありました。

ナイキとの協業期(2010年〜)— GYAKUSOU の始動

2010年、高橋盾はナイキとの協業ライン「GYAKUSOU(ギャクソウ)」を始動させます。2010年秋冬向けに発表されたこのランニングウェアは、機能性とアバンギャルドな造形を両立させる試みでした。軽量のストレッチジャケットには、動きやすさを高めるための計算された縫い目の配置や、気候に合わせて袖を取り外せる工夫が盛り込まれ、後にGYAKUSOUを象徴する一着になっていきます。

「GYAKUSOU(逆走)」という名前は、「逆に走る」という意味を持ち、高橋自身が参加していた東京のランニングクラブが、公園を反時計回りに走っていたことに由来すると語られてきました。走るという日常的な行為に、あえて天邪鬼な視点を差し込むこのネーミングには、既存の枠をずらして見せる UNDERCOVER らしさがよく表れています。ストリートとモードの文脈で語られてきたブランドが、スポーツという領域でもその思想を貫いた点で、GYAKUSOU は重要な里程標になりました。

現在(2020年〜)— 35周年と過去の再構成

2020年代に入っても、UNDERCOVER は過去のアーカイブを現代の視点で組み直す試みを続けています。2025年には創業35周年を迎え、過去の名コレクションを再解釈する取り組みが大きな話題を呼びました。長い時間をかけて積み上げてきた語彙を、懐古ではなく更新の対象として捉え直す姿勢は、創業時の「ノイズ」への執着と地続きのものです。三十年を超えてなお、ブランドが自らの過去を素材として攻め続けている点に、その持続力の理由があります。

デザイナー — 高橋盾という存在

UNDERCOVER を語ることは、そのままデザイナー高橋盾を語ることに重なります。1969年に群馬で生まれ、パンクロックに魂を奪われた少年は、文化服装学院で服づくりを学び、在学中に自身のブランドを立ち上げました。音楽から出発したという出自は、彼のデザインを理解するうえで欠かせません。服を「着るもの」としてだけでなく、メッセージを叩きつける媒体として捉える感覚が、そこから生まれているからです。

高橋のデザインを特徴づけるのは、相反する要素を一着のなかで共存させる構成力です。荒々しいパンクの衝動と、緻密な縫製や仕立ての技術。破壊と構築。過去のアーカイブと現代の視点。これらを衝突させながらも、最終的には着られる服へと落とし込むバランス感覚が、彼の仕事の核にあります。激しさだけでも、技術だけでもない、その両輪が同時に回っているところに UNDERCOVER の凄みがあります。

また、高橋盾は一つのスタイルに安住しないデザイナーでもあります。映画や音楽、文学、現代美術など、シーズンごとに異なるテーマを掲げ、そのつど作風を大きく変えてきました。それでいてブランドの芯がぶれないのは、どのテーマを扱っても「ノイズを作る」という一貫した姿勢で貫かれているからです。多彩でありながら一貫している。この矛盾を成立させていることこそ、高橋盾が長く第一線で評価されてきた理由だと言えます。

シーズンごとにテーマを掲げるという手法は、コレクションを一つの物語や問いとして提示する姿勢の表れでもあります。服そのものの美しさだけでなく、その背後にある世界観やメッセージまで含めて作品として成立させる。この物語性の強さが、UNDERCOVER のコレクションを単なる商品の集合ではなく、毎シーズン読み解く価値のある表現へと押し上げてきました。アーティストやミュージシャンに近い発想で服に向き合うデザイナーであることが、彼の仕事を語るうえで欠かせない視点です。一着の服を、メッセージを運ぶ器として設計する。その一貫した態度が、ブランドに作家性という強度を与えています。

代表的なアイテム

UNDERCOVER のアイテムは、ブランドの思想がそのまま形になったものばかりです。ここでは、ブランドを象徴する代表的なカテゴリーを順に見ていきます。

グラフィックTシャツ

UNDERCOVER を語るうえで外せないのが、メッセージ性の強いグラフィックTシャツです。パンクのアートワークやブランドのモットーを大胆に落とし込んだTシャツやカットソーはUNDERCOVERの入口として手に取りやすく、ブランドの精神をもっとも直接的に伝えてくれる存在です。「服ではなくノイズを作る」という言葉そのものをプリントしたアイテムは、ブランドの宣言を身にまとう一着として象徴的な意味を持っています。

古着や中古でUNDERCOVERを探す場合、まずグラフィックものから入る人は少なくありません。シーズンごとにテーマが変わるため、どの時期のグラフィックに惹かれるかで選ぶ楽しさがあります。

解体・再構成のジャケット

ヴィンテージのジャケットや軍服を解体し、別の文脈へ組み直すアウターは、高橋盾の方法論がもっとも色濃く出る領域です。一見すると見慣れたかたちでありながら、よく見ると別布が継がれていたり、ディテールが意図的にずらされていたりと、随所に引っかかりが仕込まれています。完成された一着の内側に、解体と再構成の痕跡が透けて見えるところに、このブランドのアウターの面白さがあります。

中古でアウターを選ぶ際は、縫い合わせの処理や素材の組み合わせ方に目を向けると、UNDERCOVER らしさを読み取りやすくなります。年代によって解体の度合いや色使いに幅があるため、好みの方向を決めてから探すと出会いやすくなります。

シャツ

シャツもまた、UNDERCOVER の手仕事が表れるアイテムです。ベーシックなかたちを土台にしながら、袖や身頃に別布を継いだり、プリントやステッチで違和感を加えたりと、定番の一枚にひとひねりを効かせる手法が随所に見られます。主張しすぎないからこそ、ディテールの仕掛けが効いてくるアイテムです。遠目には端正な一枚に見えても、近づくと細部に引っかかりが潜んでいる。その落差が、着るほどに発見をもたらしてくれます。中古で選ぶ際も、襟や袖口の処理、生地の切り替えに目を向けると、ブランドらしい遊びを見つけやすくなります。

GYAKUSOU のランニングウェアとスニーカー

ナイキとの協業 GYAKUSOU から生まれたランニングウェアやシューズは、機能性とアバンギャルドな造形を両立させたアイテムとして独自の人気を保ってきました。軽量のストレッチジャケットやランニングシューズは、スポーツの実用性を満たしながら、UNDERCOVER ならではの視点が宿っている点で、ほかのスポーツウェアとは一線を画します。スニーカーを含むこれらのアイテムは、ブランドの思想がスポーツの領域でどう翻訳されたのかを知る手がかりになります。

歴史に残るコレクション

1994年〜95年 — 東京コレクション初登場

1994年の東京コレクションへのデビューは、UNDERCOVER が国内の表舞台へ立った起点です。学生時代に立ち上げた小さなブランドが、東京のランウェイで作品を問うまでに育ったことを示すシーズンであり、ブランドの歩みを振り返るうえでまず押さえておきたい節目になります。

2003年春夏 — パリ初参加

2002年10月にパリで発表された2003年春夏コレクションは、UNDERCOVER の世界進出を告げるシーズンでした。川久保玲の後押しを受けて臨んだこの発表は、日本のパンク精神を本場のモードの文脈へ持ち込む試みであり、ブランドが国際的に語られる起点になりました。解体的な作風がパリの批評にさらされたこの時期を抜きに、UNDERCOVER の現在は語れません。

2010年春夏前後 — GYAKUSOU の始動

ナイキとの協業 GYAKUSOU が立ち上がった2010年前後は、ブランドが活動の領域を大きく広げた時期です。ストリートとモードで評価されてきた UNDERCOVER が、ランニングという機能の世界でも独自の視点を示したこの取り組みは、ブランドの幅を象徴するコレクション群になりました。世界的なスポーツブランドと組みながらも、自分たちの美意識を薄めることなく、むしろ機能の制約のなかで作家性を発揮してみせた点に、このコラボレーションの意義があります。実用品であるランニングウェアを、思想を宿した一着へと引き上げたこの試みは、ブランドの懐の深さを広く知らしめるきっかけになりました。

2025年秋冬 — 35周年の再構成

創業35周年にあたる2025年には、過去の名コレクションを現代の視点で再解釈する取り組みが発表され、大きな注目を集めました。長い歴史を持つブランドが、自らのアーカイブを懐古ではなく更新の素材として扱う姿勢は、創業時から変わらない「ノイズ」への執着を改めて感じさせるものでした。

まとめ — 35年続く「ノイズ」の現在地

UNDERCOVER は、高橋盾が1990年に立ち上げ、パンクの反骨精神と日本の手仕事を衝突させ続けてきたブランドです。原宿 NOWHERE の時代に培った土台、川久保玲の後押しを受けたパリ進出、ナイキとの GYAKUSOU という越境。どの局面でも、「服ではなくノイズを作る」という一本の軸が貫かれてきました。

ブランドを選ぶ視点で見れば、UNDERCOVER は「一着に物語を求める人」に向いた存在です。流行のかたちをなぞるのではなく、解体と再構成という手仕事で作られた服は、時間が経っても色あせにくく、むしろ年代を重ねるほどに背景の文脈が深みを増します。古着や中古市場でこのブランドが探され続けているのも、その物語性の裏返しだと言えます。

パンクの衝動と緻密な技術、破壊と構築、過去と現在。これらの対極を一着のなかで成立させる UNDERCOVER の服を、古着や中古で探してみたい方は、まずは下記からその佇まいに触れてみてください。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のDOMESTIC BRANDカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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