二人のデザイナーと Hysteric Glamour 期
HYKE の創業者は吉原秀明 (Hideaki Yoshihara) と 大出由紀子 (Yukiko Ode) という二人の日本人デザイナーです。両者はいずれも、北村信彦が 1984 年に立ち上げた日本のストリート系ブランド Hysteric Glamour に在籍した経歴を共有しています。
吉原と大出が Hysteric Glamour で過ごした 20 年近い期間は、日本のストリートカルチャー、サブカルチャー、女性向けロックウェアの発展期と重なります。Hysteric Glamour は 1990 年代から 2000 年代にかけて、日本国内で独自のセクシーかつ自由なブランドアイデンティティを確立しましたが、二人は同ブランドのカジュアル過剰路線とは別の方向、すなわちより成熟したミニマリズムを志向する独自路線を模索していました。
複数国の軍服アーカイブを解体・分析するリサーチに基づく再構築力があり、アディダス・オリジナルスとの長期協業でも安定した支持を得ています。ミニマルな配色ゆえ地味に映ることもあり、華やかさを求める用途には不向きです。
複数国の軍服アーカイブを解体・分析するリサーチに基づく再構築力があり、アディダス・オリジナルスとの長期協業でも安定した支持を得ています。
2013 年 HYKE 創業
2013 年、吉原と大出は Hysteric Glamour を離れ、自身ブランド HYKE を東京で立ち上げました。創業時の二人は、Hysteric Glamour 時代に培った世代の異なる素材調達ネットワーク、生産工場、業界バイヤー関係を活用しつつ、それまでとは正反対の作風 (装飾を最小限に抑えた成熟したミニマリズム) を打ち出しました。
「HYKE」 という名前は、英語の動詞「hike (歩く・登る)」 を簡略化した造語で、ブランド全体としてアウトドアウェアとミリタリーウェアの実用美学を、日本的繊細さに翻訳する姿勢を象徴する命名でした。
ミリタリーとアウトドア由来のディテール
HYKE のコレクションを支える美学の中核は、20 世紀のミリタリーとアウトドアウェアからの構造的引用です。具体的には、米軍 M-65 フィールドジャケット、英国軍 SAS Smock、フランス軍 F2 ジャケット、北欧軍 Mountain Parka など、複数の国の軍服アーカイブから抽出した構造的要素を、現代の素材とシルエットで再構築する独自手法を採用しています。
二人のデザインプロセスは、世界中の軍服ヴィンテージ品を収集して解体・分析するリサーチワークから始まり、原型の構造を尊重しつつ現代の身体感覚に最適化したパターン展開を行うという、ほぼ博物学的な方式で知られます。
2015 年 adidas Originals コラボ開始
HYKE の国際的認知の決定的な瞬間は、2015 年に adidas Originals との協業を開始したことでした。第一弾は HYKE がデザインを担当した adidas Originals の Stan Smith、Superstar、Country、Gazelle などの定番モデルの再構築シリーズで、ミリタリーカラーパレットと特殊素材を採用した独自仕様でした。
「HYKE × adidas Originals」 コラボは反響を受けて 2016 年、2017 年、2018 年、2019 年、2020 年、2021 年、2022 年と継続的に新作が発表され、累計で 20 を超えるカプセルコレクションが発売されました。日本国内の adidas 公式 EC では、新作リリース毎にほぼ即時完売を記録するブランドの定常的な人気アイテムとして定着しています。
主要アイテム「GP (Generic Product)」 シリーズ
HYKE の象徴的なライン「GP (Generic Product)」 シリーズは、ブランドの哲学を最も明確に体現するコレクションです。GP は「特定の用途や流行を超越した汎用的なプロダクト」 という意味で、シーズン毎の新規変更を最小限に抑え、同一アイテムを長期間継続生産する slow fashion 路線を実装したラインです。
GP シリーズの主要アイテムは、Trench Coat (M-43 と M-65 のハイブリッド構造)、Smock Coat (英国軍 SAS Smock の再解釈)、Mountain Parka (北欧アウトドアブランドからの引用)、Cargo Pants (米軍 BDU の再構築)、Tabi Boots (日本の伝統的な足袋構造を採用したブーツ) などです。
ユニセックスとサイズ展開の哲学
HYKE のもう一つの独自性は、ユニセックス設計です。多くのアイテムは男女兼用のシルエットで設計され、男女別のサイズ展開ではなく統一サイズ表記 (0、1、2、3、4) で運用されています。
これは、二人の創業者が「衣服は性別を超越した道具である」 という思想を共有する結果として採用された方針で、特に Coat と Smock 系のアウターでは、サイズ表記より 1 段から 2 段大きめのフィット感を意図したオーバーサイズ設計が定着しています。
主要店舗と取扱チャネル
HYKE は日本国内に直営店を持たず、主要セレクトショップでの取扱を中心とした流通体制を維持してきました。主要取扱店は、BEAMS (各店舗)、UNITED ARROWS (各店舗)、IDOL (青山)、RESTIR (六本木)、Estnation、Daiki Store、Loveless といった日本の主要セレクトショップに集中しています。
国際展開では、SSENSE (グローバル EC)、MATCHESFASHION (英国 EC)、Dover Street Market (ロンドン、東京、北京、LA、Paris、Ginza)、Browns (ロンドン)、L’Eclaireur (パリ)、Antonioli (ミラノ) などで取扱されています。
著名な着用者
公の場で HYKE を着用した著名人には、坂本龍一 (晩年に複数の公演とインタビューで着用)、村上虹郎、菊地凛子、永野芽郁、安藤サクラ、宮崎吾朗、白石和彌などの日本の主要文化人と俳優が含まれます。
特に坂本龍一は、HYKE のミニマルなアウターを 2010 年代後半から晩年にかけて愛用したことが、ブランドの認知を日本の音楽・芸術業界に広める役割を果たしました。
ヴィンテージ古着市場での HYKE の見方
HYKE のヴィンテージ古着市場での流通量は、日本国内では安定して確保されています。中古価格帯は、Trench Coat や Smock Coat の GP シリーズが 50,000 円から 130,000 円台、Mountain Parka が 35,000 円から 90,000 円台、HYKE × adidas Originals コラボ・スニーカーが 18,000 円から 45,000 円台、Tabi Boots が 30,000 円から 75,000 円台で取引される事例が観察されます。
タグは「HYKE, Tokyo」 表記と「Made in Japan」 「Made in China」 表記が混在し、コレクター層は 2013 年から 2017 年までの創業初期 Made in Japan ロットを特に高評価する傾向があります。サイズ表記は HYKE 独自基準 (0、1、2、3、4) で、購入前には実寸確認が推奨されます。
同時代の日本ミニマル系ブランドとの位置づけ
同時代で並べやすい日本のミニマル系ブランドは、Auralee (2015 年創業、岩井良太)、Comoli (2012 年創業、小森啓二郎)、Yaeca (2002 年創業、井手隆志と服部哲弘) などです。
これらと並べたときの HYKE の独自性は、ミリタリーとアウトドアウェアの構造的研究を作風の中核に据えた点と、adidas Originals という世界最大級のスポーツメーカーとの 10 年継続パートナーシップを築いてきた点にあります。他のミニマル系日本ブランドが純粋なテキスタイル研究を主軸とする中で、HYKE は機能ウェアの歴史的研究という独自の軸を貫いてきました。










