PERFUME

Nasomatto Black Afgano 深掘り — 異端のニッチ香水

香水コレクターの間で長く語り継がれてきた一本がある。Nasomatto の Black Afgano。2008 年の登場以来、賛否の両極を真っ二つに割り続け、ニッチ香水という言葉そのものが持つ「常識を外す」気概を体現してきた異色作だ。瓶の中で揺れる濃褐色のジュースは、最初の一滴でその場の空気を変える質量を備える。本稿では編集部視点で、香りの構造、調香師 Alessandro Gualtieri の哲学、時間軸での体験、そして似合う場面までを掘り下げる。ニッチの臨界点に触れたい読者へ向けた、覚悟のいる一本のための読み物として読み進めてほしい。

Black Afgano — 異端のニッチ香水

Black Afgano が異端と呼ばれる理由は、香りの設計が一般的なニッチの定石から大きく逸脱しているからだ。トップに据えるべき軽やかなシトラスも、ハートに用いるべき華やかなフローラルもない。冒頭から樹脂とレジンが分厚く立ち上がり、その奥でトバコとアガーウッドが沈み込む。瓶を開けた瞬間に「これは香水なのか」と問い直す体験は、フレグランス愛好家にとって一種の通過儀礼となってきた。万人向けのバランス設計を捨て、特定の表現にすべてを賭けたその姿勢が、20 年近く経った現在も語り継がれる理由である。販売チャネルもセレクトされたニッチ専門店に限定されており、街中のデパート売場で偶然出会う類の香水ではない。能動的に探し当てた人だけが袖を通せるという入り口の狭さが、所有者の側に「この香りを背負う覚悟」を要求し、結果として愛好家のコミュニティを濃く育ててきた側面もある。

能動的に探し当てた人だけが袖を通せるという入り口の狭さが、所有者の側に「この香りを背負う覚悟」を要求し、結果として愛好家のコミュニティを濃く育ててきた側面もある。

Nasomatto と Alessandro Gualtieri の哲学

Nasomatto は 2007 年にオランダ・アムステルダムを拠点として始まったブランドで、創業者でありメインノーズを務めるのが Alessandro Gualtieri である。Nasomatto という名はイタリア語で「狂った鼻」を意味し、その名のとおり既存の香水ビジネスの文法に従わない姿勢を最初から鮮明にしてきた。Gualtieri は同名ブランド以外にも Orto Parisi を率い、ボトルや広告に至るまで一貫して「装飾を削ぎ落とした原始性」を打ち出している。ボトルは黒く重く、ラベルは最小限。香水を消費財として陳列するのではなく、彫刻作品のように対峙させる設計思想がそこにある。

Black Afgano はその哲学の最も先鋭な実装といえる。公式は香料の詳細をほとんど開示せず、レジンや樹脂、アガーウッドといった核となる素材名のみを示唆するに留めている。原料リストを読み上げて理解するのではなく、嗅いで対峙してから言葉を探せ、というメッセージが透けて見える。Gualtieri 本人もインタビューで「香水は感情の彫刻だ」と語ったとされ、Black Afgano はその言葉の重みを最も雄弁に体現する一本となっている。所有することそのものが、ブランドが描く美学への参加表明になる。Gualtieri は別ラインの Orto Parisi でも動物的な濃度を突き詰めており、両ブランドを並べることで「鼻で考える」という創作姿勢が立体的に浮かび上がる。Nasomatto は華やかさを担当し、Orto Parisi はより原始的な身体性を担うという棲み分けで読むと、Black Afgano が Nasomatto 側で果たしている役割の異質さもくっきり見えてくる。

香りの構造 — 樹脂・レジン・トバコ

Black Afgano の香りの中心にあるのは、層を成して立ち上がる濃密なレジンと樹脂である。一般的なピラミッド構造では捉えにくい組成だが、編集部としては便宜上「冒頭・中盤・残り香」に分けて読み解きたい。

冒頭で印象を決めるのはグリーンと樹脂の混成だ。多くのニッチ香水ではトップにシトラスや軽いハーブを置いて入り口を整えるが、Black Afgano はそれをほぼ放棄している。代わりに、湿った苔と削り出した木の樹液を思わせる青さがいきなり鼻腔に届く。この青さは草原の爽やかさとは性質が異なり、深い森の地表近く、空気が動かない場所に滞留する独特の重さを持つ。

中盤に入るとアガーウッドとトバコが姿を現す。アガーウッドは沈香とも呼ばれる希少な木質香料で、燻された木と湿った土を同時に想起させる奥行きを与える。そこへ乾いたトバコのほろ苦さが重なり、葉巻を吸い終えた直後の部屋に残る空気感へと近づいていく。トバコは甘さに寄る場合と苦みに寄る場合があるが、Black Afgano では明確に苦み寄りで、嗜好品としての成熟したニュアンスが強い。

残り香はベチバーとムスクが支配する。ベチバーは土と根を思わせる素材で、香水を地面につなぎ止める錨のような働きをする。ムスクは動物的な温度感を加え、肌の上で香りが体温と混ざるための媒介となる。最終的に肌に残るのは、樹脂が乾いて結晶化したような静かな質感で、付けた直後の暴力的な存在感とは別人格の落ち着きを見せる。

素材の組み合わせ自体は他の濃密系オリエンタル香水とも重なるが、Black Afgano が独自なのはバランスの取り方である。通常であれば甘さや花の華やぎで角を丸めるところを、Black Afgano はあえて角を残し、聞き手に居住まいを正させる強度を選んでいる。レジン、トバコ、アガーウッドという三本柱はそれぞれが単独でも主役を張れる素材で、本来は同居させると互いに食い合うリスクが高い。Black Afgano ではあえて三者を密着させ、その緊張感を香りの推進力に転化させている点に作家性が宿る。

時間軸での体験

Black Afgano は時間の経過によって表情を大きく変える香水であり、付けてから 8 時間以上にわたる長い旅路を提供する。最初の 30 分は前述のとおり樹脂とレジンの暴風域で、付けた本人ですら一瞬たじろぐ濃度に達する。狭い室内で吹くと空間そのものが香りで満たされるため、寒い季節の屋外や風通しの良い場所で慣らすのが現実的な付け方になる。

1 時間を過ぎる頃から音量がゆっくり下がり、アガーウッドとトバコの輪郭が前に出てくる。ここからが Black Afgano の真骨頂で、肌に密着するように香りが落ち着き、纏う側の体温と混ざり始める。書き物机の上で集中する時間や、夜更けに本を読む時間と相性が良いのはこの段階の表情ゆえだ。香りそのものが思索を促す質感を持っており、賑やかな会話よりも沈黙の側に寄り添う。

4 時間から 6 時間にかけてはベチバーとムスクの土台が前面に出てくる。ここまで来ると香りは控えめになり、すれ違った人がふと振り返る程度の距離感に落ち着く。最初の暴風域を知っている所有者にとっては、ここでの静けさが逆説的に印象的に響く。一本の香水の中に「咆哮」と「囁き」が同居している構造こそが、Black Afgano が長く愛される理由の一つだろう。

翌朝、着ていたコートやマフラーに香りが残っているのに気づくこともある。樹脂系の香水は繊維に定着しやすく、Black Afgano は特にその傾向が強い。これを「服が育つ」と捉えるか「香りが残りすぎる」と捉えるかは、所有者の好みで分かれる。少なくとも編集部としては、香りが衣服にまで記憶として刻まれる体験は、Black Afgano という作品を語るうえで欠かせない要素だと考えている。付け方の現実的なコツとして、手首ではなく胸元の内側や髪の生え際など、自分にだけ届きやすい位置を選ぶと長時間にわたって香りと対話しやすい。

似合う人と場面

Black Afgano は万人向けではない。むしろ「自分にこの香りを背負える日か」と毎朝問い直す類の香水である。似合うのは、香りで存在感を演出するというより、香りを通じて自分の輪郭を確かめたい人だ。仕事で言葉を尽くした夜、ひとりで本に向かう時間、長い移動のあとに泊まる宿の部屋。賑やかさよりも静けさを欲する場面でこそ、この香りは真価を発揮する。

場面としては、寒い季節の夜が圧倒的に映える。気温が下がると揮発が穏やかになり、樹脂の重さが空気に馴染みやすくなるためだ。夏場でも使えないわけではないが、汗と混ざると重さが過剰に出るため、付ける量を半分以下に絞る運用が現実的になる。ビジネスの会議室や満員の電車のような閉鎖空間は避けたい。香りそのものが空間の主役を奪ってしまうため、相手と場面への敬意を考えるなら控えめなシーンを選ぶ判断が必要だ。

服装はウールやレザー、デニムといった素材感のあるものと相性がよい。ツルッとした合成繊維よりも、繊維の凹凸が香りを抱き込むような素材の方が、Black Afgano の質感を引き立ててくれる。色は黒や濃いブラウン、深いネイビーなど明度の低いトーンが香りの密度と呼応し、装い全体の重心を一段落ち着いた位置に下ろしてくれる。装飾を増やすよりも、素材と陰影だけで成立する装いに寄り添う香りだと考えてよい。

同 Nasomatto Pardon との比較

Nasomatto の代表作を語るうえで、Black Afgano と並んで挙げられるのが Pardon である。両者は同じブランド・同じ調香師の手によるものでありながら、目指している表情がまったく異なる。比較することで Black Afgano の輪郭はいっそう鮮明になる。

Pardon は紳士的で落ち着いた表情を持つ香水で、ウッディとサンダルウッド、わずかなチョコレートのニュアンスが品の良い暖かさを生む。社交の場で挨拶を交わすときに浮かぶ柔らかな笑みのような香りで、肯定的なメッセージを纏いやすい。一方の Black Afgano は対話を拒むほどの強度を持ち、自分の内側に深く潜るためのスイッチとして機能する。前者が「他者へ向かう香り」だとすれば、後者は「自分へ向かう香り」だと言ってよい。

所有する順序としては、Pardon を先に体験して Nasomatto の世界観に慣れてから Black Afgano に進む流れが多くの愛好家から支持されている。逆順だと Black Afgano の濃度に怯んでブランドそのものから離れてしまうケースがあるためだ。両者を揃えると、Gualtieri の哲学が「光と影」「外向きと内向き」という二項対立で立体的に立ち上がってくる。

編集部総評

Black Afgano は、ニッチ香水という枠組みの中でも特異な位置を占める一本だ。香りの方向性を絞り込み、削ぎ落とし、残ったものだけを濃密に積み上げる設計は、量産型の香水文化への静かな反論として機能する。万人に勧められる香りではないが、ニッチの臨界点を知りたい人にとっては避けて通れない試金石となる。所有することで、香水という表現メディアの幅が一気に広がる感覚が得られるはずだ。少量で十分な強度が出るためボトルの減りは緩やかで、長く付き合うほどに肌との関係性が成熟していく一本でもある。流行に左右されない作品性を備えており、季節をまたいで何度も棚から取り出したくなるだろう。ニッチ香水の体系をさらに掘りたい読者は ラグジュアリーニッチ香水ガイドオリエンタル・アンバー系の深掘り も併せて読んでほしい。

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編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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