在宅勤務という言葉が当たり前になって、自宅の机と仕事用のラップトップの距離は、もうほとんどゼロになりました。通勤で切り替えていた「仕事の自分」と「家にいる自分」の境目は、いつの間にか薄れて、同じ部屋の同じ椅子で一日の大半が過ぎていきます。そういう日々のなかで、香水は意外と頼りになる存在です。誰にも会わないのに香水を纏う、というのは少し前なら違和感のある選択だったかもしれません。でも、誰のためでもなく、自分のために纏う香りには、ちょっとした時間の区切りや、机に向かう姿勢の整え直しのような働きがあります。なかでもお茶系・グリーンティー系の香りは、強く主張せず、部屋の空気に溶け込みながら、ふっと一息つく瞬間に寄り添ってくれる、在宅時間と相性のいいジャンルです。今回はそんな視点で、編集部が日常的に手に取っている7本を集めました。
在宅という静かな時間に纏う香り
外に出ない日に香水をつける、という発想は、長らく日本ではあまり馴染みのないものでした。香水は「外で会う誰か」のためのもの、あるいは特別な日に纏うもの、という前提が暗黙にあって、自宅で一人で過ごす時間に纏う動機は、意識的に作らないと出てこない気がします。けれど在宅勤務が日常になってから、香りの使い方は静かに変わり始めました。机に向かう前にひと吹きする、コーヒーを淹れるついでに手首に乗せる、午後の気だるい時間にもう一度足す。そういう小さな動作が、誰にも見られていない自分の時間に、確かな手触りを与えてくれます。
在宅で纏う香水のいいところは、他者の反応を気にしなくていいことです。電車のなかで隣の人に気を遣う必要も、会議室で「強すぎないか」と心配する必要もなく、自分が好きな濃度で、自分が好きなタイミングで使えます。だからこそ、選び方も普段とは少し変わってきます。万人受けを意識する必要はなく、自分が机に向かって心地よく過ごせるかどうか、という基準が前に出てきます。
お茶系の香りがこの文脈で強い理由は、シンプルに「邪魔をしない」からです。フローラルやウッディ、グルマンといった主張の強い系統と違って、緑茶やホワイトティーのノートは空気にすっと馴染み、長時間同じ空間で過ごしても疲れにくい。読書をしているとき、書類を読み込んでいるとき、オンライン会議のあいだ、ふと自分の手首から香ってくる程度の存在感が、ちょうどよく感じられます。
また、お茶系の香りは時間帯を選びにくいのも利点です。朝でも昼でも夕方でも、季節を問わず、室温でも違和感が出にくい。エアコンの効いた室内で長時間過ごす在宅勤務のシチュエーションには、こういう柔軟な香りが向いています。今回紹介する7本は、その方向性のなかで少しずつ違う表情を持つラインナップで、自分の作業スタイルや一日のリズムに合わせて選び分けられる構成にしました。価格帯も、Elizabeth Ardenのように手に取りやすい価格のものから、Diptyqueのような少し背伸びした一本まで含まれていて、最初の一本を探している方にも、二本目・三本目を加えたい方にも、それぞれの入り口があると思います。
通勤で切り替えていた「仕事の自分」と「家にいる自分」の境目は、いつの間にか薄れて、同じ部屋の同じ椅子で一日の大半が過ぎていきます。
おすすめのフレグランス 7選
7 本に通底する 3 つの方向性
並べてみると、お茶系・グリーンティー系というくくりのなかでも、香りの作り方には大きく3つの方向があることが見えてきます。それぞれが在宅時間のどんな瞬間に向くのかを整理しておくと、選ぶときの軸がはっきりします。
グリーンティー直球(Bvlgari/Arden)
Bvlgari Eau Parfumée au Thé Vertと、Elizabeth ArdenのGreen Tea/White Teaは、いわば「お茶系香水の教科書」とも呼ばれてきた系譜です。Bvlgariの方は1992年発表のオリジナルで、ジャン=クロード・エレナによる、シトラスと茶葉の苦みを軸にした端正な構成。一方のArdenはより親しみやすく、日常的に纏える価格と気軽さを兼ね備えていて、机に置きっぱなしにしても気を遣わないボトル感も含めて、在宅向きの一本です。
この系統は、お茶そのものに近い香りを目指している分、印象がストレートです。淹れたての緑茶の上に立ち上る湯気、あるいは茶葉そのものの乾いた匂いを思わせる質感があり、午前中の作業開始前など「これから集中したい」という時間に合います。香りで気分を切り替えたい瞬間に、まっすぐ働いてくれます。
ハーバル × 茶(Guerlain Herba Fresca)
Guerlain Aqua Allegoria Herba Frescaは、お茶系というよりはミント・ハーブ系の文脈で語られることが多い香りですが、グリーンティーの隣に置くと相性のよさが見えてきます。ペパーミントとスペアミントを軸にしたトップに、グリーンティーやハーブが重なっていく構成で、お茶系の落ち着きと、ハーブの軽やかさが同居しています。
在宅時間のなかでは、午後の重たくなりがちな時間帯にちょうど合います。室温が上がってきて、頭がぼんやりしてくる時刻に手首から香ってくると、空気が一段クリアになる感覚があります。お茶系のなかでも輪郭が明るい方なので、メリハリをつけたい一日に向いています。
庭の植物・温度(Hermès/Diptyque)
Hermès Un Jardin sur le ToitとDiptyque Tempoは、お茶そのものよりも、お茶を飲む空間や、お茶のまわりにある植物・木・土の匂いに踏み込んだ香りです。Un Jardin sur le Toitはエルメス本店の屋上庭園を題材にしたコレクションの一本で、青リンゴ、梨、グリーンの草、バラといった素材を組み合わせた、静かな庭の風景画のような香り。
Diptyque Tempoはパチョリを軸にした、より深さのある一本で、お茶系の文脈に置くと「夕方の縁側」のような、少し陰のある時間と結びつきます。在宅勤務の終盤、机を片づけて読書に切り替えるような瞬間に、空気の質感を一段落ち着けてくれる役割を果たします。Lanvin Éclat d’Arpègeはこの系統のなかでは少し外れて、ライラックや藤の花を中心にした明るい香りですが、お茶系と並べたときに、午後のティータイムを連想させる柔らかさを持っていて、編集部としてはこの7本のなかに入れたかった一本です。3つの方向性は、どれが正解ということではなく、その日の気分や作業の内容、窓の外の天気によっても合う・合わないが変わってきます。複数本を机のまわりに置いておき、その日に手が伸びた一本を選ぶ、というのが在宅時間の自然な使い方だと思います。
使い分けのシーン
同じお茶系でも、一日のどの時間に使うかで体感はかなり変わります。在宅勤務という、自分でリズムを作らないと一日が単調になりがちな環境では、香りの使い分けが時間の区切りを助けてくれます。
朝の作業開始前
朝、机に向かう前にはBvlgariやElizabeth Arden Green Teaのような、輪郭のはっきりしたグリーンティー系が合います。眠気が残った頭でも、シトラスと茶葉の苦みがすっと立ち上がってきて、「ここから仕事の時間」という気持ちの線が引きやすくなります。コーヒーや紅茶のお供にも干渉しにくいので、朝のルーティンに組み込みやすい系統です。
午後の集中したい時間
昼食後の眠くなりがちな時間帯には、Guerlain Herba Frescaのようなミント寄りの香りが助けになります。手首に少量、もしくは首筋の後ろに一度だけ。香りの輪郭が明るいので、午後の停滞しやすい空気を少し動かしてくれます。Elizabeth Arden White Teaの軽やかさも、この時間帯と相性がよく、長時間のオンライン会議の合間にも違和感が出にくい一本です。
夕方の切り替え
仕事を終えて、夜の自分の時間に移っていく境目には、Hermès Un Jardin sur le ToitやDiptyque Tempoのような、少し深さのある香りが向きます。読書、音楽、軽い片づけといった「仕事ではない時間」に切り替わるとき、空気の温度が一段下がるような香りが、一日の区切りを静かに支えてくれます。Lanvin Éclat d’Arpègeはこの時間帯にも、もう少し軽やかにふんわりと寄り添うタイプで、夕方から夜への移行を柔らかく繋ぎます。
読書と香水 — 紙の匂いとの相性
在宅時間が増えてから、読書の時間が戻ってきたという声をよく聞きます。通勤がなくなった分、夜や週末の使い方が変わって、本を開く時間が以前より長くなる。そのときに、机に置いた本の紙の匂いと、自分の手首の香りがどう同居するか、というのは意外と気になるポイントです。
紙の匂いは、新刊と古書でかなり違います。新刊はインクと紙の繊維の乾いた匂いで、古書は経年でわずかに甘く、湿った木のような匂いが乗ってきます。文庫と単行本でも違いますし、海外の洋書はまた別の質感で、紙の白さや厚みによって部屋に立つ匂いの強さが変わります。お茶系の香水はそのどちらとも喧嘩しにくく、特にElizabeth ArdenのGreen TeaやWhite Tea、Bvlgariの茶葉系は、本のページを繰る指の動きと一緒に立ち上がっても、読書の集中を邪魔しません。Hermès Un Jardin sur le Toitの植物的な落ち着きは、古書の匂いと並んだときに、書斎のような空気を作ってくれます。緑茶を軸にした香水の特集も、読書と一緒に香水を楽しみたい方には参考になるはずです。
付け方 — 一日中纏うためのリトッチ
在宅で一日中同じ香りを楽しみたいときに、朝に一度だけ大量に付けるのは逆効果です。香水は揮発するので、朝つけた香りは午後にはほぼ感じられなくなり、しかも嗅覚は同じ香りに早く慣れるので、付けた本人は数十分で香りを認識できなくなります。
編集部のおすすめは、量を抑えて回数を分ける方法です。朝、手首か胸元に1プッシュ。昼食後にもう一度、別の場所に少量。夕方の切り替えのタイミングで、必要なら3度目を足す。同じ場所に重ね付けするのではなく、内腕、ひじの内側、首筋の後ろ、と少しずつ場所を変えることで、香りの立ち方も変わり、自分の嗅覚が慣れすぎるのも防げます。お茶系の香りは持続が短めの設計のものが多いので、このリズムが特に合います。Bvlgariの茶葉系やDiptyque Tempoのように深さのある香りは少し長持ちしますが、それでも在宅の長丁場では、リトッチを前提に量を控えめに使うほうが、一日を通じて疲れにくい付き合い方になります。煎茶を思わせる香水のまとめも併せて読むと、付け方のバリエーションが広がります。
編集部の見立て — 在宅時間を「自分の時間」にする
香水は本来、誰かと会うために纏うもの、という前提が長くありました。けれど在宅勤務という新しい働き方のなかで、香りの意味は少しずつ書き換わってきています。誰のためでもなく、自分のために、机に向かう一日に小さな区切りや、ふと一息つく瞬間に寄り添うものとして、香水を置き直すことができる。お茶系・グリーンティー系の7本は、その書き換えに最も向いているジャンルだと、編集部としては考えています。
大切なのは、効能を期待しすぎないことです。香水は薬ではなく、特別な働きを保証してくれるわけでもありません。ただ、自分の机のまわりに、自分が好きな空気を作ること。その空気のなかで一日を過ごす、というささやかな選択が、在宅時間のクオリティを静かに底上げしてくれます。ホワイトティー系の特集も、選択肢を広げたい方には合わせて見ていただきたい記事です。机の上に一本、お気に入りのお茶系香水が置いてあるだけで、その日の時間の質感は少し変わります。今回の7本のなかから、まずは気になる一本を手に取ってみるところから、在宅時間との新しい付き合い方が始まるかもしれません。










