金沢という街は、日本のなかでも独特の空気を保っている。加賀百万石の城下町として育まれた文化の厚みと、北陸の冬の湿度のなかで磨かれてきた工芸の精度、そして北陸新幹線開業以降に流入した現代的なデザイン感覚が、ひとつの街のなかで層をなしている。表通りの料亭の格子戸を抜けて路地に入れば、明治期の商家を改装した小さなセレクトショップが現れ、加賀友禅の端切れを使った小物や九谷焼の現代作家の器が、ミニマルな白い棚に並ぶ。そういう景色が、いまの金沢では当たり前になりつつある。
本稿では、金沢が育ててきた「和モダン」という美意識の源流を、文化的背景・地域性・工芸・古道具・散策の視点から立体的に整理する。特定の店名を挙げて順位付けする内容ではなく、街全体をひとつのセレクトショップとして読み解く試みである。
金沢の文化背景 — 加賀百万石が残した工芸の地層
和モダン文化を理解するうえで欠かせないのが、加賀藩前田家による文化政策である。江戸期、加賀藩は外様大名のなかでも別格の石高を持ちながら、軍事ではなく文化への投資を選び続けた。京都から職人を招聘し、御細工所と呼ばれる工房を整備して、漆芸・蒔絵・象嵌・友禅染・能楽・茶道などを藩内に根づかせた。結果として、城下町には武家文化と町人文化が混じり合った独特の美意識が蓄積されていく。
この地層は、第二次世界大戦の空襲をほぼ免れたという地理的偶然によって、現代までほぼそのまま受け継がれた。茶屋街の出格子、武家屋敷の土塀、用水路の流れ、寺町の甍。こうした実物の景観が、現代の和モダンデザインの参照源として機能している。
もうひとつ重要なのは、雪と湿度の風土である。北陸の冬は湿った雪が降り続き、漆や和紙、絹といった素材を扱うのに適した湿度を保つ。乾燥した気候では割れてしまう漆器も、金沢の蔵のなかでは静かに艶を増していく。工芸の精度が落ちにくいこの環境が、職人たちを土地に留まらせ、世代を超えた技術継承を可能にしてきた。
近年は金沢21世紀美術館の開館(2004年)以降、現代美術と伝統工芸の境界が意識的にぼかされ、若い作家や移住者のデザイナーが街に流入している。藩政期から続く工芸の地層の上に、現代アートのレイヤーが重なったことで、和モダンという文脈はさらに厚みを増した。
藩政期から続く工芸の地層の上に、現代アートのレイヤーが重なったことで、和モダンという文脈はさらに厚みを増した。
主な地域 — 東山・長町・竪町、それぞれの顔
金沢で和モダン系のセレクトショップを探す場合、まず把握しておきたいのが三つのエリアの性格の違いである。
ひとつ目は東山ひがし茶屋街。浅野川沿いの花街として発展した区画で、紅殻格子の町家が連なる風景は重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。観光客の動線が太く、間口の小さな町家を改装した小売店が密集しており、加賀友禅の小物、金箔工芸、和菓子と工芸を組み合わせたギフトショップなどが並ぶ。町家の梁や土壁を残した内装そのものが「和モダン」の生きた教材になっている。
ふたつ目は長町武家屋敷跡。藩政期に中級武士が暮らした区画で、土塀と石畳の路地が静かに続く。茶屋街と比べて観光客の密度が低く、落ち着いた空気のなかで器や漆器、古い什器を扱う店をゆっくり見て回れる。冬になると土塀に「こも掛け」と呼ばれる藁の養生が施され、雪国らしい設えが街の表情を変える。インテリア誌で見かける和モダン空間の参照元として、このエリアの設えはたびたび引用されている。
三つ目は竪町と新竪町。香林坊から南へ伸びるこの通りは、もともと若者向けのファッションストリートとして知られてきたが、近年は古道具、古着、北欧家具、独立系の珈琲店などが混ざり合うミックスエリアへと変化している。戦後昭和の生活道具や輸入家具に和の要素を組み合わせた「現代の和モダン」を体験するならこの通りが面白い。観光地的な演出が薄く、地元の生活者と移住者のリアルな趣味が露出している区画でもある。
このほか、寺町台や主計町、せせらぎ通りといったサブエリアもそれぞれ独自の表情を持つが、まずは上記三エリアの違いを軸に据えると、街全体の構造がつかみやすくなる。
和モダンセレクトの特徴 — 工芸を「使う」前提のキュレーション
金沢のセレクトショップが東京や京都のそれと異なる点は、「展示」ではなく「使用」を前提に商品が並んでいることだ。九谷焼の器は美術館のガラスケースのなかにあるのではなく、実際の食卓で取り回しできる重さとサイズで提示される。加賀友禅の端切れを使った名刺入れやブックカバーは、現代的なステーショナリーの棚に並ぶ。この「日常への接続」の感覚が、金沢の和モダンを特徴づけている。
背景にあるのは、職人と小売の距離の近さである。多くの店主が、親族や同級生に工房を持つ作り手を抱えていて、流通の途中段階を経ずに直接仕入れる。結果として価格は意外と抑えられ、定番品ではなく試作段階のプロダクトや一点物が店頭に出やすい。コレクター向けの希少品というよりは、日常使いの延長としての工芸品、という棚づくりが基本である。
もうひとつの特徴は、素材と用途の翻訳である。漆器の技法を現代のステンレス製品に応用したり、金箔を樹脂やガラスに転写してテーブルウェアに仕上げたりと、伝統技法を現代の生活素材と組み合わせる試みが頻繁に見られる。素材の物性を理解している職人と、現代の生活シーンを観察しているバイヤーが対話しているからこそ成立する棚である。
装いの面では、加賀友禅の絵柄を現代のシルエットに落とし込んだ羽織や、染め技法を応用したストールなど、着物文化と現代ファッションを橋渡しするアイテムが層を成している。普段着としての和装に関心がある読者には、まず実物の色味と質感を金沢の店頭で確認してから、オンラインで類似品を探すという順序を推したい。
工芸品 — 九谷焼・金箔・輪島塗が交差する街
金沢のセレクトショップ巡りで中心になるのが、北陸三県の工芸品である。九谷焼(石川県南部)、金沢箔(金沢市)、輪島塗(能登半島)は地理的に近接しており、金沢市内の店ではこれらが同じ棚に並んでいることも珍しくない。それぞれの特徴を簡単に整理しておこう。
九谷焼は色絵磁器で、赤・黄・緑・紫・紺青の「九谷五彩」と呼ばれる絵付けが伝統的な特徴である。古九谷の大胆な絵柄から、明治期の金襴手、現代作家のミニマルな線描まで、ひとことで「九谷焼」と言っても作風の幅は広い。和モダン系の店では、伝統的な絵付けを抑えてマットな釉薬や単色で仕上げた現代作家の作品が多く並ぶ傾向にある。普段の食卓で使うなら、五寸皿や豆皿、湯呑といった小ぶりな器から入るのが扱いやすい。
金沢箔は、国内で生産される金箔のほぼすべてを占める産業で、その薄さと均質さは群を抜く。建築装飾としての金箔だけでなく、化粧品、食品、テーブルウェアにも応用され、和モダンの文脈では「光の素材」として現代インテリアに頻繁に登場する。観光向けの「金箔ソフトクリーム」のイメージが強いが、店頭で本領を発揮するのは、漆や和紙と組み合わせた照明器具やトレーといった生活道具である。
輪島塗は能登半島の漆器で、堅牢さと修繕前提の設計思想で知られる。下地に布を貼り、地の粉と呼ばれる珪藻土の粉末を漆と練り合わせて重ねていく工程によって、日常使いに耐える強度を獲得している。2024年の能登半島地震以降、産地の復興と作り手の継承が改めて課題になっており、金沢市内の店頭でも輪島塗の取り扱いを通じて産地を支援する姿勢を打ち出すところが増えている。購入することそのものが、産地の継続に直結する局面である。
アンティーク・古道具 — 戦災を免れた街ならではの厚み
金沢のセレクトショップ文化を語るうえで、新品の工芸品と並んで重要なのが古道具・アンティークの層である。戦災をほぼ免れたという街の事情は、現存する古い生活道具の量にもそのまま反映されていて、明治・大正・昭和初期の漆器、ガラス、金物、木工品が比較的見つけやすい。
古道具の店は東山や新竪町、寺町といった旧市街に点在しており、町家の一階を改装した小さな店構えが多い。扱う品目は店主の関心によって大きく異なり、無地の民藝寄りの器を中心に据える店もあれば、加賀蒔絵の婚礼道具や明治期の硝子器を専門にする店、北欧家具と古い和家具を並べるミックススタイルの店もある。和モダンというキーワードで巡るなら、日本の古い什器と海外のヴィンテージを意識的に並置している店が参考になる。
古道具を選ぶ際に意識しておきたいのは、状態と用途のすり合わせである。アンティークの漆器や陶磁器には、貫入、欠け、金継ぎの跡、共箱の有無といった個別の事情が必ずあり、価格はそれらを総合して決まっている。観賞用として購入するのか、日常の食器として使い続けるのかによって、許容できる状態は変わってくる。店頭ではこの用途を率直に伝えると、店主の側からも適切な棚を案内してもらえることが多い。
また、海外のヴィンテージ家具やテーブルウェアと日本の古道具を組み合わせる「ヴィンテージ和洋折衷」のスタイル提案については、当サイトのヴィンテージブティック風インテリアの記事でも詳しく扱っているので、空間づくりの参考にしていただきたい。
散策の楽しみ方 — 一日のモデルコース
金沢の和モダンセレクトショップを効率よく回るなら、エリアを跨いだ動線をあらかじめ組んでおくと体力を温存できる。ここでは滞在時間に応じた三つのモデルコースを提示しておく。
半日コース(4時間程度)の場合は、東山ひがし茶屋街を起点にするのが分かりやすい。浅野川大橋から茶屋街に入り、表通りの店を一往復してから、裏路地の小規模な店を覗く。茶屋街の北側、卯辰山の山麓寺院群まで少し足を伸ばすと、観光密度が一気に下がり、地元の作家のアトリエショップが見つかることがある。昼食は茶屋街内の町家レストランか、川を渡って主計町方面の和食店へ。
一日コース(8時間程度)の場合は、午前を東山、午後を長町と竪町に配分する。東山で工芸品と土産物の相場感をつかんだあと、香林坊で昼食を取り、長町武家屋敷で器や漆器を集中的に見る。最後に竪町・新竪町で古道具と現代ファッションを混ぜたミックススタイルの店を流し、好みの方向性を確認して終える。途中で金沢21世紀美術館や石川県立美術館に立ち寄れば、現代美術と伝統工芸を同じ視座で考える材料が得られる。
二日コース以上の余裕があれば、初日は市街地のセレクトショップ巡り、二日目は能登半島方面の輪島や珠洲、あるいは小松・加賀方面の九谷焼産地まで足を伸ばすという構成が組める。産地に近づくほど、市街地の店頭価格との差や、作り手の現場感が肌で分かるようになる。鉄道とレンタカーを併用すると移動効率が良い。
持ち物としては、購入を想定するなら緩衝材代わりのタオルや布を一枚、現金とキャッシュレス両方の決済手段、雨や雪に対応できる靴を用意しておくと安心である。冬場は石畳が滑るので、ヒールよりもフラットな靴が現実的だ。
編集部総評 — 街そのものがひとつのセレクトショップ
金沢の和モダンセレクトショップを巡って分かるのは、結局のところ、街そのものがひとつの巨大なセレクトショップとして機能しているということだ。茶屋街の町家、武家屋敷の土塀、用水路の流れ、雪のための設え、そのすべてが工芸品の参照源であり、店頭の棚づくりの背景になっている。個別の店を訪ねる前に、街並みをゆっくり歩いて目を慣らしておくと、棚に並ぶ器や布のニュアンスが格段に読み取りやすくなる。
和モダンというキーワードは、ともすれば表層の意匠だけを指す言葉になりがちだが、金沢という土地で見るとそれは素材・気候・歴史・産業の重なりとして立体的に姿を現す。買い物の前後に、なぜこの土地でこの技法が育ったのかという背景を一度だけでも想像しておくと、手に取る一枚の皿や一本のストールの見え方が変わるはずだ。
日常の装いや暮らしの道具を、時代に流されない目線で選び直したい読者には、当サイトの時代に左右されない定番アイテムの選び方もあわせて参照いただければと思う。金沢で得た目線は、旅から戻ったあとのワードローブやインテリアの編集にも、長く効いてくる視点になるはずだ。










