DOMESTIC BRAND

A BATHING APE(ア ベイシング エイプ)— NIGOが裏原宿から世界へ広げた、エイプヘッドの物語

ABCカモのシャークパーカーを着た人物の街頭スナップ(A BATHING APEの世界観イメージ)

A BATHING APE(ア ベイシング エイプ)は、NIGO(長尾智明)が1993年に立ち上げた、日本を代表するストリートブランドです。「BAPE(ベイプ)」の通称で世界中のファンに親しまれ、エイプヘッドのロゴや独自のカモフラージュ柄という強力な記号を武器に、東京の裏原宿という小さな街角を出発点に、世界のストリートシーンへと大きな影響を広げてきました。本記事では、ブランドの名前の由来から歴史、創業者NIGOの人物像、エイプヘッドやシャークパーカーといった象徴的なモチーフとアイテム、そして香港資本による買収を経て現在に至るまでの歩みを、できるだけ確かな事実に沿って整理してお伝えします。

一匹の猿から始まった — A BATHING APE というブランド

A BATHING APE という名前には、ユニークな由来があります。正式名称は「A BATHING APE IN LUKEWARM WATER」といい、これは「ぬるま湯に浸かった猿」を意味する日本の慣用句に重ねられたものです。恵まれた環境に甘んじて努力を怠る人を戒めるこの言葉と、NIGOが愛した1968年の映画『猿の惑星』のイメージが結びつき、ブランド名が生まれたとされます。自らを戒める警句を冠するという発想に、既存の権威を笑い飛ばすストリートらしいユーモアと反骨精神がにじんでいます。

その世界観をひと目で伝えるのが、類人猿の顔をかたどったエイプヘッドのロゴです。シンプルで力強いこの意匠は、Tシャツやパーカー、キャップといったあらゆるアイテムに展開され、BAPEを象徴するアイコンになりました。あわせて、独自に描き起こした迷彩柄であるABCカモも、ブランドを識別する大きな要素です。ミリタリーの記号である迷彩を、ポップでカラフルなグラフィックへと読み替えたこのカモ柄は、軍事的な厳しさよりも遊び心を前面に出し、ストリートの空気にぴたりとはまりました。

BAPEのものづくりに一貫しているのは、ストリートカルチャーへの深い理解と、希少性を生み出す巧みな戦略です。大量に売りさばくのではなく、あえて生産数を絞り、限られた店舗でしか手に入らない状況を作ることで、所有することそのものに価値を持たせました。音楽、とりわけヒップホップとの強い結びつきも、BAPEを単なる衣服のブランドではなく、ひとつのカルチャーの象徴へと押し上げた要因です。アーティストが身につけ、ファンがそれに憧れるという循環のなかで、BAPEは服を越えた意味を帯びていきました。こうした姿勢が、流行の浮き沈みを越えてブランドの神話性を支えてきたのです。手に入れる過程そのものを物語として演出する手腕は、のちに数多くのストリートブランドが手本とするひな型にもなりました。

正式名称は「A BATHING APE IN LUKEWARM WATER」といい、これは「ぬるま湯に浸かった猿」を意味する日本の慣用句に重ねられたものです。

創業から現在まで — 年代でたどる歴史

A BATHING APE の歴史は、1990年代の東京・裏原宿という特異な場所から始まり、世界のストリートシーンを巻き込みながら成長していく物語です。年代を追って、その歩みを見ていきます。

裏原宿とNOWHERE(1993年〜1990年代半ば)

1993年、NIGOはグラフィックデザイナーのSK8THINGとともに A BATHING APE を立ち上げます。同じ年、NIGOはのちにUNDERCOVERを率いる高橋盾と一緒に、原宿にセレクトショップ「NOWHERE(ノーウェア)」をオープンしました。この店を拠点に、当時の東京には新しいファッションのうねりが生まれつつありました。のちに裏原宿と呼ばれるこのシーンには、WTAPSの西山徹やNEIGHBORHOODの滝沢伸介、そしてNIGOが師と仰ぐ藤原ヒロシといった面々が集い、互いに刺激し合いながら独自の文化を築いていきます。彼らは大資本の後ろ盾を持たず、自分たちの感性だけを頼りに、既存のファッションの常識にとらわれない服を世に問いました。BAPEは、その中心に位置するブランドのひとつとして産声を上げたのです。

創業まもないころのBAPEは、生産数を意図的に絞り込み、限られた店舗でしか扱わないという方針を貫きました。大量生産で広く行き渡らせるのではなく、手に入れにくい状況をあえて作り出すことで、ブランドにまとう特別感を高めていったのです。この希少性が、かえって熱心なファンの渇望を生み、口コミでじわじわと評判が広がっていきました。誰もが持てるわけではないという事実こそが、初期のBAPEを語るうえで欠かせない要素でした。知る人ぞ知る存在であった時期の積み重ねが、のちの爆発的な人気の土台になっています。

爆発的な人気の拡大(1990年代後半〜2000年代初頭)

1990年代後半になると、BAPEの人気は一気に拡大します。1998年前後には、人気のあるアーティストやアイドルがメディアでBAPEのアイテムを着用したことが大きな後押しとなり、それまで一部の層に支持されていたブランドが、より広い世代に知られる存在へと変わっていきました。手に入りにくいという希少性と、メディアを通じた憧れが組み合わさることで、BAPEは社会現象と呼べるほどの熱狂を生み出します。店の前に長い行列ができ、発売されたアイテムが瞬く間に完売するという光景は、当時のストリートを象徴するものでした。エイプヘッドのロゴやABCカモを身につけることが、ストリートにおける一種のステータスとして機能するようになったのも、この時期のことです。単に服を着るのではなく、BAPEを持っていること自体が、その人の感度の高さを示す記号になりました。こうした熱狂は日本国内にとどまらず、来日した海外のアーティストたちの目にも留まり、やがて世界へと飛び火していく素地を作っていきました。

象徴アイテムの誕生とグローバル展開(2000年代)

2000年代に入ると、BAPEは現在まで語り継がれる象徴的なアイテムを次々と生み出します。Nikeのエア フォース 1から着想を得たスニーカー、ベイプスタが2000年代初頭に登場し、サイドに配された星のマークとともにストリートの定番となりました。2004年には、フードに鮫の顔を描いたシャークフルジップパーカーが発表されます。戦闘機のノーズアートを思わせるこのデザインは、フードを閉じると顔全体を覆う遊び心が話題を呼び、BAPEを象徴する一着として世界的に知られるようになりました。この頃には海外への出店も進み、東京発のブランドが国境を越えて支持される段階へと入っていきます。ニューヨークやロンドン、香港といった世界の主要都市に旗艦店が構えられ、現地のストリートシーンに溶け込んでいきました。日本で生まれた迷彩柄や類人猿のロゴが、文化も言語も異なる土地で同じ熱量をもって受け入れられたことは、ストリートファッションが国境を越える普遍的な言語になりうることを示していました。海外で評価された反響が日本へ逆流し、国内での存在感をさらに高めるという循環も生まれています。象徴的なアイテムを軸に世界観を一貫させたことが、グローバル展開を支える強固な背骨になりました。

I.Tによる買収と現在(2011年〜現在)

2011年2月、A BATHING APE は香港証券取引所に上場するアパレル企業、I.Tグループの傘下に入りました。日本のストリートを象徴するブランドが海外資本のもとで再出発するというこの出来事は、大きな注目を集めました。そして2013年には、創業者であるNIGOがブランドを離れます。看板を背負ってきた人物の退任にもかかわらず、BAPEはエイプヘッドやシャークパーカーといった確立されたアイコンを軸に、世界各地での展開を続けていきました。2018年には創業から25年という節目を迎え、長い歴史を持つストリートブランドとしての地位を改めて示しました。海外資本のもとでは、グローバルな店舗網や生産体制を生かした展開が進み、かつては入手困難だったアイテムが以前より広く流通するようにもなりました。その一方で、希少性によって支えられてきたブランドの神話性をどう保つかという課題も生まれています。創業者が去ったあとも、エイプヘッドやシャークパーカーという記号の強さによって存在感を保ち続けている点に、BAPEが築いた文化的な資産の大きさがうかがえます。一過性の流行で終わるブランドが多いストリートの世界で、30年を越えて名前が語り継がれていること自体が、その影響力の証だといえるでしょう。

デザイナー — NIGO(長尾智明)という人物

A BATHING APE を理解するうえで、創業者NIGOの存在は欠かせません。本名を長尾智明といい、1970年12月23日に群馬県前橋市で生まれました。文化服装学院でエディターの道を学び、DJやスタイリスト、ライターとしても活動するなかで、師と仰ぐ藤原ヒロシとの親交を通じて東京のカルチャーの最前線に身を置きます。ファッションを単独で捉えるのではなく、音楽やグラフィック、メディアといった周辺の文化と結びつけて発想する姿勢は、この多彩な経歴に根ざしています。雑誌の編集や情報発信に関わってきた経験は、何が人の心を動かし、どう伝えれば憧れが生まれるかという感覚を彼に与えました。服を作る技術そのものよりも、それをどんな文脈に置けば輝くのかを見抜く編集者的な視点こそ、NIGOの最大の武器だったといえます。BAPEは、その視点が初めて世に放たれた舞台でした。

NIGOの非凡さは、服そのものの完成度に加えて、希少性や物語をデザインする手腕にありました。あえて流通量を絞り、ブランドを取り巻く空気そのものを演出することで、所有する喜びを最大化したのです。BAPEを離れたのちも、その審美眼は衰えることなく、2010年には過去のヴィンテージへの愛を注いだHUMAN MADEを立ち上げ、2021年にはフランスの名門メゾン、ケンゾーのアーティスティック・ディレクターに就任しました。ひとつのブランドにとどまらず、時代ごとに新しい表現へと向かい続ける姿は、ストリートの枠を越えたクリエイターとしてのNIGOの大きさを物語るものだといえるでしょう。BAPEで確立した「希少性と物語をデザインする」という方法論は、その後の彼のすべての仕事に通底しており、日本のストリートファッションが世界で評価される道を切り拓いた功績は計り知れません。

ブランドを象徴するモチーフ — エイプヘッド、ABCカモ、ベイビーマイロ

BAPEのアイテムを語るとき、避けて通れないのが象徴的なモチーフの数々です。なかでもエイプヘッドは、ブランドの顔ともいえる存在です。類人猿の横顔をシンプルに図案化したこのロゴは、ひと目でBAPEと分かる強さを持ち、世代を越えて愛され続けてきました。視認性の高いアイコンを軸に据えるという戦略が、ブランドの認知を支えています。

エイプヘッドと並ぶもうひとつの記号が、ABCカモと呼ばれる独自の迷彩柄です。ミリタリー由来の迷彩を、エイプヘッドのモチーフを散りばめたポップな柄へと再構築したこのカモは、軍事的な威圧感を遊び心へと転換した点に妙味があります。さらに、子どもの猿をキャラクター化したベイビーマイロも、BAPEの世界に親しみやすさを添える存在です。これらの愛嬌のあるモチーフは、ストリートの硬派なイメージだけにとどまらない、ブランドの懐の広さを示すものです。ベイビーマイロは子ども向けのラインであるBAPE KIDSへと広がり、親子で楽しめるブランドという側面も生み出しました。硬派なストリートと、思わず笑みがこぼれる愛らしさ。その両方を同居させられる点こそ、BAPEが幅広い層を惹きつけてきた秘密でした。グラフィックそのものが、BAPEというカルチャーを語る言語として機能しているのです。記号を巧みに使い分けることで、ブランドは多様な顧客との接点を保ち続けてきました。

代表的なアイテム

A BATHING APE を語るうえで欠かせないのは特定の一着ではなく、パーカーからスニーカー、グラフィックウェアまで幅広く展開される象徴的なアイテム群です。ここでは、ブランドを代表するカテゴリを順に見ていきます。

シャークパーカー

BAPEを代表する一着といえば、2004年に登場したシャークフルジップパーカーです。フード部分に鮫の顔を大胆に描き、フルジップを最上部まで上げるとフード全体が顔のように見えるという、遊び心にあふれた設計が特徴です。戦闘機のノーズアートを思わせる攻撃的でありながらユーモラスな意匠は、発表から長い年月を経た今も色あせず、BAPEを象徴するアイコンとして世界中で愛されてきました。ストリートの空気を一着で体現できるアイテムとして、ブランドの入口にも到達点にもなる存在です。豊富なカラーバリエーションや、ABCカモを用いた配色違いが毎シーズン展開され、一着持っていても次の色が欲しくなるという中毒性も、このパーカーが長く愛される理由のひとつでした。フードを開いているときと閉じているときで表情が変わる仕掛けは、着る人だけが楽しめる遊び心であり、機能的なアウターでありながら、どこか玩具のような愛嬌を備えています。ストリートを象徴する一着として、世代を越えて憧れの対象であり続けてきました。

ベイプスタ

スニーカーの分野でBAPEの名を高めたのが、ベイプスタです。Nikeのエア フォース 1から着想を得たこのスニーカーは、サイドに配された星のマークが大きな特徴で、2000年代初頭の登場以来、ストリートの定番として支持を集めてきました。豊富なカラーバリエーションと、エナメルやカモ柄を用いた多彩な展開によって、コレクション性の高いアイテムとしても人気を博しています。スニーカーカルチャーとストリートファッションが交差する地点に立つ一足として、BAPEの歴史を語るうえで欠かせません。既存の名作スニーカーを下敷きにしながら独自の記号へと昇華させる手つきは、過去の良質なものを再解釈するというNIGOの一貫した発想とも通じています。光沢のあるパテントレザーを大胆に使ったモデルは、ストリートに足元から華やぎを持ち込み、足元でブランドを主張したい人々の支持を集めました。シンプルなスタイルに一足合わせるだけで、装い全体の印象を切り替えられる力を持っています。

グラフィックTシャツとカモ柄アイテム

エイプヘッドやベイビーマイロをあしらったグラフィックTシャツ、そしてABCカモを用いたアイテムも、BAPEを語るうえで欠かせない定番です。日常着として気軽に取り入れられながら、ひと目でブランドと分かる存在感を放つこれらのアイテムは、BAPEの世界への入口として多くの人に選ばれてきました。とりわけカモ柄のフルジップパーカーやTシャツは、シーズンごとに新しい配色で展開され、コレクションを楽しむファンの心を掴み続けてきました。ABCカモは緑や砂色といった定番に加えて、紫や水色などの鮮やかな配色も生み出され、その時々のムードを映す存在になっています。一枚で着てもブランドの世界観が伝わり、ほかのアイテムと重ねても主張しすぎない絶妙なバランスが、日常使いの定番として支持される理由です。普段の装いにストリートのアクセントを加えたい人にとって、手に取りやすい入口になっています。価格や状態の幅も広く、初めてBAPEに触れる人から長年のファンまで、それぞれの楽しみ方ができる懐の深さを備えています。

コラボレーションとストリートカルチャー

BAPEの歩みは、数々のコラボレーションと、音楽カルチャーとの深い結びつきによって彩られてきました。NIGOはミュージシャンのファレル・ウィリアムスと親交を深め、2003年には共同でBillionaire Boys ClubとIce Creamを手がけるなど、ファッションと音楽の境界を越えた活動を展開しています。ヒップホップのアーティストたちがこぞってBAPEを着用したことは、ブランドの名を世界へ広める大きな原動力となりました。海外の有名なラッパーやプロデューサーがミュージックビデオやステージでエイプヘッドやカモ柄をまとう姿は、東京発のブランドが世界の音楽シーンの中心へと届いたことを象徴する光景でした。ファッションと音楽が互いを高め合うという関係性を、BAPEは早くから体現していたのです。アーティストとの自然な結びつきが、広告では生み出せない本物の説得力をブランドに与えました。

裏原宿という同じ土壌から生まれたWTAPSやNEIGHBORHOOD、UNDERCOVERといったブランドと時代を共有してきたことも、BAPEの文化的な厚みを支えています。互いに切磋琢磨しながら東京独自のストリートシーンを築き上げたこれらのブランドは、今や日本を代表する存在へと成長しました。BAPEはその中心にあって、ストリートファッションが単なる流行ではなく、長く続くカルチャーになりうることを証明してみせたのです。

中古・リセール市場での評価

A BATHING APE は、過去のアイテムが中古市場で活発に取引されるブランドの代表格です。とりわけ初期のシャークパーカーや希少なカモ柄アイテム、コラボレーションモデルは、生産数が限られていたこともあって、二次流通で根強い需要を保ってきました。新品では手に入らなくなった往年の名品に、中古を通じてアクセスできるのも、リセール市場を活用する魅力のひとつです。現行品とあわせて過去のシーズンの作品を探したい場合は、楽天・Yahoo!ショッピング・メルカリといった複数のサービスを横断して比較するのが現実的です。とりわけBAPEは模倣品が多く出回るブランドとしても知られているため、購入の際には注意が必要です。出品者の評価や商品の状態、タグや付属品の有無を丁寧に確認し、不自然に安い出品は避けて、信頼できる出品から検討することをおすすめします。年代やシーズンによってロゴやタグの仕様が異なるため、気になるアイテムがある場合は、その時代の正規品の特徴をあらかじめ調べておくと安心です。長く愛されてきたブランドだからこそ、過去の名品を探す楽しみと、本物を見極める慎重さの両方が求められます。

まとめ — 裏原宿から世界へ、BAPE が残したもの

A BATHING APE は、NIGOが1993年に裏原宿で立ち上げ、エイプヘッドのロゴと独自のカモ柄を武器に、日本のストリートカルチャーを世界へと押し広げた象徴的なブランドです。「ぬるま湯に浸かった猿」という自らを戒める言葉を名に冠しながら、希少性と物語を巧みにデザインすることで、所有することそのものに特別な価値を生み出し、多くの人を魅了してきました。シャークパーカーやベイプスタといった象徴的なアイテムは、発表から長い年月を経た今もなお、ストリートのアイコンとして輝きを失っていません。2011年に香港のI.Tグループの傘下に入り、2013年に創業者のNIGOが離れたあとも、ブランドが築いた記号の強さによって存在感を保ち続けています。一匹の猿から始まった物語は、日本のストリートが世界に通用する文化であることを証明する歩みでもありました。裏原宿という小さな街角から生まれたうねりが、海を越えて世界のストリートを動かしたという事実は、感性と熱量があれば場所や規模に関係なく文化を生み出せることを教えてくれます。BAPEを知ることは、現代のストリートファッションがどのように形づくられてきたのかを理解することにもつながります。気になった方は、まずは定番のアイテムから、その色あせない世界観に触れてみてください。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のDOMESTIC BRANDカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

SHARE

「DOMESTIC-BRAND」で読まれている

あなたへのおすすめ

AURALEE(オーラリー)— 岩井良太が生地から始める、素材主義のものづくり DOMESTIC BRAND AURALEE(オーラリー)— 岩井良太が生地から始める、素材主義のものづくり 2026.04.25 NUMBER (N)INE(ナンバーナイン)— 宮下貴裕が音楽を服に翻訳した、裏原宿の伝説 DOMESTIC BRAND NUMBER (N)INE(ナンバーナイン)— 宮下貴裕が音楽を服に翻訳した、裏原宿の伝説 2024.09.19 サカイ(sacai)— 阿部千登勢が一着に二つの服を共存させる、ハイブリッドの美学 DOMESTIC BRAND サカイ(sacai)— 阿部千登勢が一着に二つの服を共存させる、ハイブリッドの美学 2026.05.11 ジュンヤ ワタナベ マン(Junya Watanabe MAN)— 渡辺淳弥が米国の古着を解体し、東京で組み直す DOMESTIC BRAND ジュンヤ ワタナベ マン(Junya Watanabe MAN)— 渡辺淳弥が米国の古着を解体し、東京で組み直す 2026.05.11 JOHN LAWRENCE SULLIVAN(ジョンローレンスサリバン)— 元ボクサー柳川荒士が仕立てる、強さと優雅さのテーラリング DOMESTIC BRAND JOHN LAWRENCE SULLIVAN(ジョンローレンスサリバン)— 元ボクサー柳川荒士が仕立てる、強さと優雅さのテーラリング 2024.09.30 UNDERCOVER(アンダーカバー)— 高橋盾が『ノイズ』で築いた、パンクと日本の手仕事の35年 DOMESTIC BRAND UNDERCOVER(アンダーカバー)— 高橋盾が『ノイズ』で築いた、パンクと日本の手仕事の35年 2024.09.19 シュタイン(stein/ssstein)— 浅川喜一朗が「無から有へ」描く、ミニマルとモードのはざま DOMESTIC BRAND シュタイン(stein/ssstein)— 浅川喜一朗が「無から有へ」描く、ミニマルとモードのはざま 2026.06.21 HUMAN MADE(ヒューマンメイド)— NIGOが過去から未来を描く、ヴィンテージアメリカンの再構築 DOMESTIC BRAND HUMAN MADE(ヒューマンメイド)— NIGOが過去から未来を描く、ヴィンテージアメリカンの再構築 2026.05.11 visvim(ビズビム)— 中村ヒロキが追い求める、未来のヴィンテージという思想 DOMESTIC BRAND visvim(ビズビム)— 中村ヒロキが追い求める、未来のヴィンテージという思想 2026.05.11 Engineered Garments(エンジニアドガーメンツ)— ニューヨークのワークウェアの系譜を継ぐ日本人デザイナーのブランド DOMESTIC BRAND Engineered Garments(エンジニアドガーメンツ)— ニューヨークのワークウェアの系譜を継ぐ日本人デザイナーのブランド 2026.05.11
このブランドの商品を探す 新品楽天ファッション 中古メルカリ