ファッション業界で 「Junya Watanabe MAN の最も知的な右腕」 から独立したデザイナーが、約 21 年で世界的なグローバルブランドを築き、そして 2025 年に静かに退任した——その軌跡を持つのが kolor(カラー) だ。2004 年に阿部潤一(Junichi Abe)が Tokyo で創業したこのブランド は、「異素材ミックス × カラーブロック × アシンメトリックレイヤード」 という、Japanese ファッションの最も知的な方向性の一つを 21 年間提示し続けた(参考: Wikipedia Junichi Abe / Galerie Joseph Kolor)。
阿部潤一の経歴は Japanese ファッション界の最重要 craftsmanship 系譜そのもの——東京 Bunka Fashion College(文化服装学院)卒業後、Yohji Yamamoto のパタンナーから始まり、Comme des Garçons へ移籍、そして Junya Watanabe MAN の中核パタンナー兼デザインアシスタントとして 1990 年代を過ごした。1994 年に PPCM(Pleated Plain Cotton Manufactory)ラベルで独立を試みた後、2004 年に正式に kolor を創業 した(参考: Wikipedia Junichi Abe / Blue 17 Junichi Abe)。
2025 年 1 月 27 日、阿部潤一が kolor からの退任を発表——21 年の現役を経て、健康・個人的理由から CD ポジションを離れる、業界に大きな衝撃を与えた。2025 SS Paris Men’s Fashion Week が阿部の最後の正式ショー、現在(2026 年 5 月時点)、kolor は社内デザインチームで継続運営、後任 CD は未確定 という状況(参考: WWD Abe Steps Down / FashionUnited Abe)。
阿部潤一の妻は sacai 創業者の阿部千登勢(Chitose Abe)——二人とも Junya Watanabe MAN 期に出会い、後にそれぞれ独立した夫婦デザイナー、Japanese ファッション業界の最も特異なクリエイティブ夫婦の一つ。sacai(千登勢)と kolor(潤一)は別々のブランドとして 20 年以上並行運営してきた(参考: Highsnobiety Chitose Abe)。
本記事では、kolor の 21 年の歴史 を、年代別の歴史 / デザイナー / 代表アイテム / おすすめコレクション の 4 章で再構成する。
「異素材ミックス × カラーブロック × アシンメトリックレイヤード」— kolor 流の設計思想
kolor の哲学を一言で要約するなら、「Sportswear × Tailoring × Junya 期 craftsmanship の融合」 に集約される。阿部潤一が 10 年以上を Yohji + Comme + Junya でパタンナーとして勤務した経験 から生まれた、「布の物理的構造に対する深い理解 × カラーとシルエットへの大胆な実験」 という、Japanese 縫製文化の知的な集大成(参考: Wikipedia Junichi Abe / Galerie Joseph Kolor)。
ブランド名 「kolor」 は、「colour」のスペルを変えてアート的な表記にした命名——「色(color)」というファッションの最も基本的な要素を、ブランドアイデンティティの中核に置く という、阿部の明確なクリエイティブ宣言。「異素材ミックス × 知的なカラーブロック」 がブランドの DNA を決定づける(参考: Galerie Joseph Kolor)。
最も identifiable な視覚的アイデンティティは 「異素材ミックスアウター」——ウール × ナイロン × レザー × デニム × ファー などの 複数の異なる素材を 1 着のジャケットに違和感なく統合する阿部流の縫製マジック。Junya Watanabe MAN 期の craftsmanship を kolor 流の knowledge intelligence で発展させた 事例で、ヴィンテージマーケットでも継続的に高評価を集める kolor のシグネチャー(参考: Interview Magazine Junichi Abe)。
「カラーブロック ニットセーター」——3-5 色のジオメトリックブロック構成のニット、「色彩そのものが装飾であり、ロゴは不要」 という阿部の哲学を最も明示的に表現するアイテム。1990 年代の Yohji Yamamoto の単色主義、Comme des Garçons のアバンギャルド色彩からの直接の発展 として、Japanese ファッション色彩史で記録されるべきアイテム(参考: Galerie Joseph Kolor)。
色のパレットは エクリュ、ネイビー、ブラック、Forest Green、Bordeaux、Powder Pink、Mustard Yellow などの 「日常的に着られる落ち着いた色 × 大胆な color pop の融合」——色そのものをデザインの中心言語として使う、Japanese デザイナーの中でも稀有な色彩戦略家 が阿部潤一だった(編集部評)。
加えて、kolor の物作りで重要なのが 「Ergonomic Tailoring(人体動作に最適化された立体裁断)」 だ。Yohji + Comme + Junya でパタンナーとして 10 年以上経験を積んだ阿部 は、「服が動く人体にどう適応するか」という人体力学の知識を、現代のスポーツウェアとテーラリングの境界でデザインの中核に据えた——Issey Miyake の Pleats Please、Junya Watanabe MAN の ergonomic construction と並ぶ Japanese ファッション の人体工学的アプローチの代表例(参考: Wikipedia Junichi Abe)。
哲学を一言で要約するなら、「阿部潤一の Junya Watanabe MAN 経験 × kolor 独自の色彩実験 × Ergonomic Tailoring」 に集約される。2004-2025 の 21 年で、Tokyo デビュー → Paris 進出 → adidas コラボ → グローバル拡大 → 2025 年 1 月退任 という軌跡を辿った、Japanese ファッションの稀有な事例である(編集部評)。
加えて、kolor の物作りで重要なのが 「Ergonomic Tailoring(人体動作に最適化された立体裁断)」 だ。
創業から現代まで — kolor の年代別歴史
阿部潤一個人前史 (1980s-2003) — Bunka → Yohji → Comme → Junya 10 年以上
阿部潤一が東京の Bunka Fashion College(文化服装学院、Japanese ファッション業界の最重要教育機関)に入学——文化服装学院は山本耀司、川久保玲、高橋盾、宮下貴裕、Junya Watanabe など、Japanese ファッション業界のあらゆる最重要デザイナーを輩出した母校(参考: Blue 17 Junichi Abe / Wikipedia Junichi Abe)。
卒業後、阿部はまず Yohji Yamamoto でパタンナーとして勤務——山本耀司の 1990 年代の知的なテーラリング哲学 を現場で吸収。その後 Comme des Garçons へ移籍、川久保玲の構築主義 + アバンギャルドな縫製哲学 を学んだ。1990 年代後半から 2003 年まで Junya Watanabe MAN の中核パタンナー兼デザインアシスタント として、Junya 期の「軍服解体 × American workwear + Italian craft」融合の方向性を内部から支えた(参考: Wikipedia Junichi Abe)。
1994 年、阿部が PPCM(Pleated Plain Cotton Manufactory)ラベル launch——自身ブランドの最初の試み、Junya Watanabe MAN の右腕として勤務しながらの独立プロジェクト、ただし商業的には大きく成功せず、2004 年に kolor として正式に独立創業する前段階のプレリュード となった(参考: Wikipedia Junichi Abe)。
kolor 創業期 (2004-2010) — Tokyo Fashion Week から Paris へ
2004 年、阿部潤一が Junya Watanabe MAN を退社、Tokyo で kolor を正式創業——当時、彼の妻 阿部千登勢が前年 (2003 年) に sacai のグローバル展開を本格化させていた時期と重なる、夫婦が並行して独立デザイナーとして始動した稀有な時期(参考: Highsnobiety Chitose Abe)。
2005 SS、kolor が Tokyo Fashion Week で初コレクション——メンズのみ、Junya Watanabe MAN 期の craftsmanship を kolor 独自の色彩戦略で発展させた方向性が初めて業界に提示された。業界から「Junya の右腕が独立する勇気、そして異色の色彩感覚」を高く評価された(参考: Galerie Joseph Kolor)。
2006 年、メンズライン本格 launch + 国際展開準備——ドーバーストリートマーケット London、Barneys NY、Lane Crawford Hong Kong などの世界主要セレクトショップでの取扱開始。
2010 SS、ウィメンズライン launch——メンズ 5 年遅延の慎重な展開、「メンズ独自の縫製テクニックをウィメンズに応用する」 という、Junya Watanabe MAN → COMME des GARCONS の Junya 同じ系譜の方向性(参考: Wikipedia Junichi Abe)。
Paris Fashion Week 進出 (2011-2014) — Asian designer の最重要 Paris ブランドへ
2011 SS、kolor が Paris Men’s Fashion Week 進出——Japanese ブランドとして初の Paris Men’s プレゼンテーション、「Junya Watanabe MAN との内部的連続性 × kolor 独自の色彩実験」 が業界に提示された(参考: Wikipedia Junichi Abe)。
2012 FW、kolor 初の Paris 公式ショー(Men’s)——Tokyo Fashion Week からのアップグレード、「Asian designer の Paris プレゼンス」という業界トレンドの最初期事例の一つ。Junya Watanabe MAN の Paris 進出を彷彿させる重要な瞬間(参考: Galerie Joseph Kolor)。
2013 SS、kolor Women’s が Paris 進出——Men’s + Women’s の両方が Paris で正式公開されるようになる、Japanese ブランドとして最初期の事例の一つ(参考: Wikipedia Junichi Abe)。
adidas Originals コラボ期 (2015-現在) — Stan Smith / Superstar 再構築
2015 SS、adidas Originals × kolor 継続コラボ launch——Stan Smith、Superstar、Tubular Doom などの adidas Originals クラシックを kolor 流の異素材ミックス + カラーブロックで再構築。当時の adidas Originals チームが「最も継続的に注力するパートナーシップの 1 つ」 と評した稀有な提携、現在まで継続している(参考: Hypebeast adidas Originals kolor)。
2016 SS、Paris Men’s + Women’s 統合ショー——「両セックスのコレクションを同じプレゼンテーションで公開する」 という、当時の業界でも珍しい方向性。Demna Balenciaga 期の Men’s + Women’s 統合の先駆け事例 の一つとして記録される。
グローバル拡大期 (2017-2024) — Neiman Marcus / Dover Street Market / 各国百貨店
2017-2024 年、kolor のグローバル拡大期——Neiman Marcus、Dover Street Market、Liberty London、Lane Crawford、Isetan Shinjuku、Barneys Tokyo(閉店前まで) などの世界主要百貨店・セレクトショップでの展開を加速。adidas Originals コラボの継続、季節ごとの Paris Men’s + Women’s ショーの定例化、kolor は Japanese ブランドとしては中堅から世界的中堅ブランドへの拡大 を実現(参考: Galerie Joseph Kolor)。
阿部潤一退任 (2025年1月-) — 21 年現役の終焉
2025 年 1 月 27 日、阿部潤一が kolor からの退任を正式発表——「21 年の現役を経て、健康と個人的理由から CD ポジションを離れる」、2025 SS Paris Men’s Fashion Week が阿部の最後の正式ショー となった。業界に大きな衝撃を与えた発表(参考: WWD Abe Steps Down / FashionUnited Abe)。
Abe’s exit signals a generational shift in Japanese fashion——Junya Watanabe MAN (1992-)、sacai (1999-)、kolor (2004-) という、Junya 系譜の 3 大独立ハウスのうち、kolor の創業者退任は最初の世代交代。現在(2026 年 5 月時点)、kolor は社内デザインチームで継続運営、後任 CD は未確定——「ブランドの存続自体は確保されているが、阿部潤一個人の独自のクリエイティブ言語は引き継がれるのか」 という業界の疑問に注目が集まっている(参考: The Impression Kolor Retirement / Ouispeakfashion Abe Resignation)。
デザイナー — kolor を作った人々
阿部潤一(Junichi Abe、2004-2025年1月27日、創業者・CD 21 年、日本)
Bunka Fashion College(文化服装学院)卒、Yohji Yamamoto + Comme des Garçons + Junya Watanabe MAN で 10 年以上パタンナー + デザインアシスタント。1994 PPCM ラベル → 2004 kolor 創業 → 2011 Paris 進出 → 2015 adidas コラボ → 2025年1月 退任発表。「異素材ミックス × カラーブロック × Ergonomic Tailoring」哲学、21 年の現役を経て退任。
阿部千登勢(Chitose Abe、妻、sacai 創業者・CD)
阿部潤一の妻、sacai (1999-) 創業者・CD——夫婦が並行して別々の独立ブランドを 20 年以上運営する Japanese ファッション業界の最特異な事例。Junya Watanabe MAN 期に出会い、後にそれぞれ独立、sacai は Pierpaolo Piccioli Valentino 期のゲストデザイナー含む多数の重要コラボで世界的に展開(参考: Highsnobiety Chitose Abe)。
kolor 社内デザインチーム(2025年1月-、後任 CD 未確定の継続運営期)
阿部退任後の現在の kolor 運営体制——社内デザインチームでコレクション継続、後任 CD は 2026 年 5 月現在未確定。「ブランドの存続自体は確保されているが、阿部潤一個人の独自のクリエイティブ言語の継承可能性」 が業界の最大の関心事(参考: Dazed Junichi Abe Departure)。
代表アイテム — kolor の語彙
異素材ミックスアウター(ハウスの永続的シグネチャー)
ウール × ナイロン × レザー × デニム × ファー などの 複数の異なる素材を 1 着のジャケットに違和感なく統合する阿部流の縫製マジック——Junya Watanabe MAN 期の craftsmanship を kolor 独自の色彩戦略で発展させた事例、ハウスの最も認知度の高いシグネチャー(参考: Interview Magazine Junichi Abe)。
カラーブロック ニットセーター
3-5 色のジオメトリックブロック構成のニット——「色彩そのものが装飾であり、ロゴは不要」 という阿部の哲学を最も明示的に表現するアイテム、kolor の最重要シグネチャーニット(参考: Galerie Joseph Kolor)。
アシンメトリックレイヤード ジャケット
左右非対称の構造、複数のレイヤーが重なる立体的なシルエット——Junya Watanabe MAN 期の deconstruction × kolor 独自の色彩戦略の融合の代表例(参考: Galerie Joseph Kolor)。
adidas Originals × kolor スニーカー(2015-、Stan Smith / Superstar 等)
adidas Originals のクラシックスニーカーを kolor 流の異素材ミックス + カラーブロックで再構築——Stan Smith、Superstar、Tubular Doom など、「adidas Originals チームが最も継続的に注力するパートナーシップの 1 つ」 として 10 年以上継続(参考: Hypebeast adidas Originals kolor)。
Ergonomic Tailoring トップス
人体動作に最適化された立体裁断のテーラリング——Issey Miyake の Pleats Please、Junya Watanabe MAN の ergonomic construction と並ぶ Japanese ファッションの人体工学的アプローチの代表例(参考: Wikipedia Junichi Abe)。
Sportswear × Tailoring 融合トップス
スポーツウェアの機能性 × クラシックテーラリングの精度 を 1 着で融合——Off-White、Sacai と並ぶ「現代の Sportswear × Couture 融合」の最も知的な事例(参考: Galerie Joseph Kolor)。
Patchwork デニム
複数の異なるデニム生地を patchwork 構造で繋ぎ合わせた、kolor 流の異素材ミックスの デニム翻訳——Junya Watanabe MAN 期の Levi’s コラボの patchwork デニムの方向性を kolor 独自に発展させた事例(編集部評)。
おすすめコレクション — kolor の歴史に残るシーズン
2005 SS — Tokyo 初コレクション
阿部潤一の kolor 創業後の最初のコレクション——Junya Watanabe MAN 期の craftsmanship を kolor 独自の色彩戦略で発展させた方向性が初めて業界に提示された記念碑的シーズン(参考: Wikipedia Junichi Abe)(編集部評)。
2011 SS — Paris Men's 進出
Japanese ブランドとして初の Paris Men’s プレゼンテーション——「Asian designer の Paris プレゼンス」という業界トレンドの最初期事例の一つ(参考: Wikipedia Junichi Abe)(編集部評)。
2012 FW — kolor 初 Paris 公式ショー
Tokyo Fashion Week からのアップグレード、Paris 公式ショーへの本格的な移行シーズン——Junya Watanabe MAN の Paris 進出を彷彿させる重要な瞬間(参考: Galerie Joseph Kolor)(編集部評)。
2015 SS — adidas Originals コラボ launch
adidas Originals × kolor の継続コラボの起点シーズン——「adidas Originals チームが最も継続的に注力するパートナーシップの 1 つ」が始まった瞬間(参考: Hypebeast adidas Originals kolor)(編集部評)。
2016 SS — Paris Men's + Women's 統合ショー
両セックスのコレクションを同じプレゼンテーションで公開する Japanese ブランドの先駆け事例——Demna Balenciaga 期の Men’s + Women’s 統合の先駆け(参考: Galerie Joseph Kolor)(編集部評)。
2025 SS — 阿部潤一の最後のショー(Paris Men's Fashion Week)
21 年の現役を経た阿部の正式な最後のコレクション——Junya 系譜の 3 大独立ハウス(Junya Watanabe MAN / sacai / kolor)の中で最初の創業者退任の記念シーズン、業界に大きな衝撃を与えた瞬間(参考: WWD Abe Steps Down)(編集部評)。
まとめ — kolor の「阿部潤一から 21 年」
2004 年に阿部潤一が Tokyo で創業した kolor は、2025 年 1 月 27 日に阿部自身の退任発表により 21 年の現役期を終えた、Japanese ファッションでは「Junya 系譜の 3 大独立ハウス(Junya Watanabe MAN / sacai / kolor)の中で最初の創業者退任」という象徴的な節目を迎えた。阿部潤一 (2004-2025年1月27日、21 年現役) + 妻 阿部千登勢(sacai 創業者) という、Japanese ファッション業界の最も特異なクリエイティブ夫婦の一翼、その後 kolor は社内デザインチームで継続運営、後任 CD 未確定 という移行期にある(編集部評)。
その持続性は、2005 SS Tokyo 初コレクションから 2011 Paris 進出、2012 FW kolor 初 Paris 公式ショー、2015 adidas Originals コラボ launch、2025 SS 阿部の最後のショーまで——各時代の代表アイテムが、阿部の「Yohji + Comme + Junya 10 年以上のパタンナー経験 × kolor 独自の色彩実験 × Ergonomic Tailoring」という DNA に支えられている という、ブランドの 21 年の連続性そのものに依拠している。Junya Watanabe MAN (1992-、Junya 現役) と sacai (1999-、Chitose 現役) が継続する中で、kolor だけが創業者退任の段階に入った という、Japanese 縫製文化系譜の世代交代の象徴的事例である(編集部評)。
ヴィンテージ kolor の異素材ミックスアウターに憧れる人、カラーブロック ニットセーターを一つ持つことを夢見る人、adidas Originals × kolor のスニーカーコラボに魅かれる人、阿部潤一の最後のショー (2025 SS) を見届けたかった世代——どんな入り口からでも、kolor は 「Junya 系譜の右腕が 21 年で世界の Sportswear × Tailoring × 色彩戦略を書き換えた旅路」 として、まずは異素材ミックスのアウターか、カラーブロックのニット、あるいは adidas コラボのスニーカーから入る価値があるはずだ(編集部評)。










