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Olfactive Studio — 写真と香りを融合させたコンセプチュアルブランド

Olfactive Studio — 写真と香りを融合させたコンセプチュアルブランド

香水のボトルを手に取るとき、そこに一枚の写真が紐づいているとしたらどうだろう。Olfactive Studio(オルファクティブ・ステュディオ)は、2011 年にパリで産声を上げて以来、写真と香りという二つの表現メディアを並置することで、嗅覚の体験を視覚言語に翻訳し続けてきたコンセプチュアルブランドだ。各フレグランスにはひとりのフォトグラファーが招かれ、香水の名前そのものが写真用語から取られている。創業者 Céline Verleure(セリーヌ・ヴェルルール)が掲げた「香水は嗅ぐ写真である」という詩的な前提は、単なるマーケティング上のレトリックを超えて、調香の構造設計にまで踏み込んでいる。本稿では、ブランドの来歴・代表作・写真とのクロスメディア構造・近作の方向性まで、編集部の視点で立体的に追っていく。

Céline Verleure と Olfactive Studio 2011 創業

Olfactive Studio を立ち上げた Céline Verleure は、Kenzo Parfums で長くマーケティングを率いてきた経歴を持ち、ブランドビルディングとフレグランス開発の両側面に通じた人物として知られている。Kenzo 時代に Flower by Kenzo のローンチに関わったことで、香水という商材が「ストーリーで語られるオブジェ」であることを骨身で理解した彼女は、独立後、自分自身のスタジオを構えるにあたって、二つの強い意志を据えた。ひとつは「インディペンデントであり続けること」、もうひとつは「香水を視覚芸術と並走させること」だ。

当時のニッチフレグランス市場は、Frederic Malle や Le Labo のような「調香師の名前」を前面に押し出すブランド、あるいは Byredo のように創業者の個人史を編み直すブランドが台頭していた。Verleure はそのどちらでもない第三の道として、「写真」という外部のアートフォームを参照点に置いた。彼女がブランドを構想した 2010 年前後、Instagram が一般化し始め、スマートフォンの写真機能が誰もを撮影者にしようとしていた時代背景も無視できない。視覚イメージが日常的に氾濫する世界で、嗅覚を写真の語彙で語り直すという逆説は、十年経った今振り返っても十分に挑発的だった。

パリ 9 区を拠点に据え、ローンチ初年度には Still Life、Lumière Blanche、Chambre Noire の三作を同時発表。これら三本はいずれも写真用語であり、それぞれが異なる撮影シチュエーション、異なる光のコンディションを嗅覚に翻訳する試みだった。Verleure はインタビューで、香水を発表するときに必ず「対になる写真作品」をフォトグラファーに依頼すると語っている。スタジオが採用する調香師の多くは Givaudan、IFF、Symrise といった大手アロマハウス所属のプロフェッショナルで、Clement Gavarry や Dora Arnaud、Annick Menardo といった面々が名を連ねる。ブランドはインディペンデントながら、技術的なバックボーンは決して小さくない。

本拠地のショールームには、各フレグランスのインスピレーションとなった写真がプリントで展示され、訪問者は香りを試しながらその「ペア」を同時に体験できる。香水を「読む」のではなく「観る」体験設計は、写真ギャラリーの動線をそのまま香水ブティックに移植したような構造で、現在のニッチブランドが目指すリテール体験のひな型としても参照されている。

Verleure はそのどちらでもない第三の道として、「写真」という外部のアートフォームを参照点に置いた。

写真と香水のクロスメディア — 各香水が写真テーマと紐付く

Olfactive Studio の最大の特徴は、香水ひとつひとつが「写真の技法あるいはシーン」と一対一で結ばれている点にある。Chambre Noire は文字通り「暗室」を、Still Life は「静物写真」を、Lumière Blanche は「ホワイトライト」を、Autoportrait は「セルフポートレート」を、Selfie は現代のスマートフォン文化を喚起する自撮りの語彙を、それぞれ嗅覚で記述している。香水を一本ずつ単体作品として消費するのではなく、ブランド全体が一冊の写真集として連なる構造だ。

たとえば Chambre Noire(シャンブル・ノワール)は、現像作業を行う暗室の空気——薬品の鈍い光沢、フィルムの乾いた質感、赤いセーフライトの下で時間が止まったような閉鎖性——を、パチョリ、ウード、レザーといった暗色系の素材で組み上げている。調香は Dorothée Piot。重厚なオリエンタルでありながら、どこか湿った写真現像液のようなメタリックなニュアンスが効いていて、嗅ぐ側に「光を制御している現場」の緊張感を想起させる。

Still Life(スティル・ライフ)は逆に、果実とスパイスの並んだテーブルを 17 世紀フランドル絵画的に切り取ったような香りで、エルダーフラワー、シダー、ピンクペッパー、ジンジャーなどの素材がカメラ越しに整理されたオブジェのように配置される。調香は Dora Arnaud。香水と写真の対は単なる装飾ではなく、調香師がブリーフを受ける段階から「この一枚を嗅覚で再現する」課題として設定されている点が、他のニッチブランドとの決定的な差異だ。

このクロスメディア構造の応用編として、Olfactive Studio は折に触れて写真展や限定エディションを発表してきた。各香水のラベルには、対応する写真を撮ったフォトグラファーのクレジットが小さく印字されており、これは香水業界では珍しい「クレジット表記」の文化だ。香水を着けるたびに、その背後にいる視覚作家の存在を意識せずにはいられない設計で、フレグランスとフォトグラフィの結び目に関心がある人は、編集部のフィーチャーである フレグランスと写真のクロスオーバー特集 も合わせて読むと相互参照が効きやすい。

代表作 — Selfie/Lumière Blanche/Autoportrait

Selfie(セルフィー)は 2015 年発表で、ブランドが現代のスマートフォン文化を正面から取り上げた一作だ。調香は Clément Gavarry。トップに洋梨とブラックカラント、ハートにジャスミンとオレンジブロッサム、ベースにバニラとサンダルウッドという構成は、一見すると「フェミニンなフローラル・グルマン」の系譜に置かれるが、香りの背後にある主題は「他者の眼を意識して構築されたセルフイメージ」という極めて現代的な題材だ。甘さの裏にどこかナルシスティックなツヤがあり、軽やかなのに被写体感が強い、という Olfactive Studio らしいねじれが効いている。

Lumière Blanche(リュミエール・ブランシュ)は創業初期の三作のひとつで、調香は Sidonie Lancesseur。カルダモン、シナモン、ミルクのアコードを軸にしたオリエンタル・スパイシーで、白いシーツの上に強い太陽光が落ちる午後のような、過剰なまでに明るく乾いた光の質感を香りに置き換えている。スパイス系にありがちな「重さ」や「東洋っぽさ」を巧みに脱臭していて、白を主題にした写真——たとえば写真家 Hiroshi Sugimoto の海景や、Hiroshi Watanabe のポートレートを思わせる無時間性が漂う。万人受けする香調ではないが、Olfactive Studio のブランド哲学を一本だけで体現する作品として挙げるならこの一本だろう。

Autoportrait(オートポルトレ)は、その名のとおり自画像をテーマにした 2014 年発表作。調香は Clément Gavarry。フィグ、ピンクペッパー、レザー、シダー、ベチバーなど、人格を象徴するような骨格のある素材を組み合わせ、「自分自身を香りで撮影したらどうなるか」という問いに対する具体的な解答になっている。Selfie が「他人に向けて作る自画像」だとすれば、Autoportrait は「内省的な自画像」であり、同じ自我というテーマを二本の香水で別角度から扱う構造は、まさに写真集のページ構成に似ている。

Ombre Indigo と新作の方向性

Ombre Indigo(オンブル・アンディゴ)は、ブランドが 2016 年に発表した、より深度のあるシリーズの代表格だ。調香は Nathalie Lorson。インディゴ染めの布をモチーフに、ローズ、アイリス、パチョリ、シダーを織り込んだ重層的なフローラル・ウッディで、藍色という色彩が持つ「冷たさと深さの同居」を嗅覚で再現している。色彩を視覚的に喚起する香水は珍しくないが、Ombre Indigo の場合は単に「青い香り」を作るのではなく、藍染めの工程——布が酸化して色が立ち上がるあの独特の化学反応——にまで踏み込んだ調香設計になっている点が読みどころだ。

近年の Olfactive Studio は、初期のような「写真用語をそのまま香水名に据える」直球の構造から、よりオブジェクトや色彩、文化的アイコンを横断する方向へと拡張している。Panorama(パノラマ)、Flash Back(フラッシュバック)、Une Voix Noire(ユヌ・ヴォワ・ノワール)といった近作は、いずれも写真の枠を緩やかに保ちつつ、音楽や記憶といった隣接領域へとブランドの語彙を広げている。とりわけ Une Voix Noire は Billie Holiday を彷彿とさせる「声の香り」を主題にした実験的な作品で、写真というメディアを越境して聴覚へとブランドが踏み出した転換点として記憶されるべき一本だ。

編集部の見るところ、Olfactive Studio の近作の方向性は「メディアの拡張」と「素材の伝統回帰」の二軸で同時進行している。新素材や合成分子に頼って奇抜さを競うのではなく、ローズ、レザー、ウッド、スパイスといった古典的素材を、視覚芸術の語彙で再フレーミングしていく姿勢が一貫していて、いわゆる「ニッチの行き詰まり」と評されがちな 2020 年代後半のフレグランス市場で、独自のポジションを確保し続けている。

アーティスト共作プロジェクト

Olfactive Studio はメイン香水ラインに加えて、写真家や視覚作家との共同プロジェクトを散発的に展開してきた。代表的なのが「Photography Collection」と称されるエディションシリーズで、各フォトグラファーが香水のために撮り下ろした写真と、その写真を起点に調香された香水をセットで発表する形式だ。これは香水業界における「コラボレーション」の典型的な手法——著名人やデザイナーの名前を借りる——とは一線を画していて、視覚作家が一次創作者として最初に立ち、その作品を起点に香水が組まれるという順序が徹底されている。

これに似た構造のブランドとして、編集部はかつて Byredo の Bibliothèque レビュー でも触れたが、Byredo が「個人の記憶」を起点にするのに対して、Olfactive Studio は「他者の視覚作品」を起点にする点で、創作のベクトルが逆向きだ。両者を読み比べると、2010 年代のニッチフレグランスが「個人の物語」と「視覚芸術との対話」という二つの軸でブランドを差別化してきた構図がよく見える。

編集部の見立て

Olfactive Studio の魅力を一言で言えば、「香水を所有することが、一枚の写真集を所有することと並列に置かれる」設計の徹底だろう。香水を単独で評価するのではなく、ブランド全体を一冊の写真集として読み解くと、それぞれの香水が章として呼吸し始める。Chambre Noire は冒頭の暗室描写、Still Life は中盤の静物章、Selfie と Autoportrait は対をなすセルフポートレート章、Ombre Indigo は色彩編、というように、目次が立ち上がる感覚がある。

はじめて Olfactive Studio に触れるなら、まずは Chambre Noire か Still Life のディスカバリーサイズから入って、自分の鼻が「写真」の比喩に共鳴するかを確かめるのが現実的だ。そのうえで、より自分の好みに近い章を一本ずつ深掘りしていくのが、このブランドにふさわしい付き合い方になる。シグネチャーをひとつに絞り込むタイプのブランドではないため、コレクションとしての楽しみ方を許容してくれる懐の深さもある。香水との関係を「シグネチャー一本」に絞りたい方は、編集部の シグネチャー香水の選び方ガイド を参照したうえで、Olfactive Studio はあえてサブのスロットに置く、というのもひとつの戦略になるだろう。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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