PERFUME

Phoenicia Perfumes — 古代地中海をテーマにした神秘的ニッチ

Phoenicia Perfumes は、紀元前 2000 年ごろに地中海東岸で交易と航海を担ったフェニキア人の文化を主題に据えた、カリフォルニア発のニッチハウスです。手がけるのは調香師 JoAnne Bassett(ジョアン・バセット)。古代の香料貿易、神殿で焚かれた樹脂、紫色の貝染めといった歴史の断片を、現代の香水瓶のなかで再構築する試みを続けています。本稿では Phoenicia Perfumes が依って立つ思想、代表作 Tabac Noir / Black Cashmere / Aurum の輪郭、自然主義的な調香姿勢、そして編集部としての見立てを順に整理します。

Phoenicia Perfumes と JoAnne Bassett — 自然素材中心の小規模ハウス

Phoenicia Perfumes は、カリフォルニア州ベニス(一部資料ではサンディエゴ近郊)を拠点に活動する JoAnne Bassett が立ち上げた小規模ブランドです。Bassett 自身は 1990 年代から自身の名を冠したラインで調香を続けてきた人物で、Phoenicia Perfumes はその経験を土台にしながら、テーマを「古代地中海と香料の起源」に絞り込んだ姉妹ラインに位置付けられます。生産規模は工業的な大量生産とは対照的で、小さなロットで瓶詰めと出荷まで一貫して行う、いわゆる「インディーパフューマー」型の運営です。

素材選びは自然由来を強く志向しています。ローズ、ジャスミン、ネロリといったフローラル系のアブソリュート、サフラン、シナモン、クローブなどスパイス系のエッセンシャルオイル、フランキンセンスやミルラといった樹脂、そしてウードやサンダルウッドなどのウッディ系を中心に組み立てる構成が多く、シンセティック素材は必要最低限に留める姿勢が公式の説明文や愛好家のレビューから読み取れます。

もうひとつの特徴は、エクストレ・ド・パルファン(純度の高い香水)やパルファムオイルといった、香料濃度の高いフォーマットを主軸に据えていることです。1ml や 5ml の小瓶から購入できるサンプル展開もあり、ニッチ香水に慣れた愛好家がじっくり試す前提でラインアップが組まれています。Montale のようにオーディエンスを広く取りに行くハウスとは別の、より工房寄りのスタンスと言えるでしょう。

市場での流通量は限定的で、日本では正規代理店を通じた量販はほぼなく、入手は基本的に公式サイトや海外個人輸入、もしくは中古市場経由になります。下のリンクで国内取扱状況と市場価格帯を一度確認しておくと、後段の代表作セクションが読みやすくなります。

生産規模は工業的な大量生産とは対照的で、小さなロットで瓶詰めと出荷まで一貫して行う、いわゆる「インディーパフューマー」型の運営です。

古代フェニキアの香料文化 — 紀元前 2000 年の交易ネットワークから

Phoenicia Perfumes というブランド名は、紀元前 2000 年ごろから地中海東岸のティルス、シドン、ビブロスといった都市国家を拠点に活動した古代フェニキア人に由来します。フェニキア人は造船と航海技術に長け、レバノン杉の輸出、紫貝(ムレックス貝)から抽出した「ティリアン・パープル」の染料、そしてアラビア半島やインドから運ばれた乳香・没薬・シナモンといった香料の中継貿易で繁栄しました。香料は当時、神殿の祭祀、王侯の葬送、化粧用の練り香など多目的に消費される高価財であり、フェニキアの船はその供給網の要に位置していました。

JoAnne Bassett はこの歴史的な交易圏を、ブランド全体のモチーフとして再解釈しています。たとえばレバノン杉、サフラン、フランキンセンス、ミルラ、ウード、ローズといった素材の組み合わせは、フェニキア人が運んだとされる主要香料リストとほぼ重なります。香料学・考古学的に「フェニキア人が実際に使っていた香り」を厳密に再現する試みではなく、当時の交易品のパレットから現代の調香言語に置き換える、いわばコンセプチュアルな再構築です。

このテーマ性は、香りの方向性にも影響しています。シャープな柑橘や合成アクアティックといった「現代的」な要素は控えめで、樹脂・スパイス・ウッディが構造の中心に置かれることが多く、結果として深く粘度のあるオリエンタル寄りの香調が並ぶことになります。Profumum Roma のようにイタリア発で素材を厚く重ねるハウスと比較すると、Phoenicia は同じ「素材を主役にする」方向でも、より神話的・儀式的な物語付けを前面に押し出している点が違いとして見えてきます。

Levantium はブランド名にも近いレヴァント地方(東地中海沿岸)をそのままタイトルに据えた作品で、サフラン、ローズ、樹脂、ウッディが層をなす重厚な構成が中心と紹介されることが多い 1 本です。Phoenician Oud は名前が示すとおりウードを主役に置いた作品で、Bassett が扱う天然ウードの粘度と、サポート役のスパイスやレザー的なニュアンスが組み合わさる傾向が、愛好家コミュニティのレビューから読み取れます(具体的なノート構成は公式ページや販売店ページで最新版を確認してください)。

代表作 — Tabac Noir / Black Cashmere / Aurum

Phoenicia Perfumes のラインアップから、編集部視点でとくに語られる頻度が高い 3 本を取り上げます。いずれもエクストレ濃度を中心に展開される、夜寄りで濃度の高い香りです。

Tabac Noir — 黒く乾いたタバコのニュアンス

Tabac Noir は、ブランドのなかでもタバコを主役に置いた構成で語られることの多い作品です。一般にタバコノートは、ハニーやヴァニラを足して甘く整える方向、ラムやウィスキーのような蒸留酒を重ねるバー寄りの方向、そしてレザーや樹脂で乾いた葉のニュアンスを強調する方向の 3 系統に整理できますが、Tabac Noir は 3 番目の「乾いた葉と樹脂」寄りの設計として紹介されることが多い印象です。冬場の屋内、低めの体温で長時間まとう前提の香りで、初心者がいきなりフルボトルを買うタイプではなく、サンプルで試してから判断したい類いの 1 本です。

Black Cashmere — 黒糖と樹脂の触感

Black Cashmere は、名前の通り「黒いカシミア」のような触感を狙った作品です。一般に「Cashmere」と名のつく香りは、白いムスクとアンバーで柔らかい質感を作る方向に行きがちですが、Phoenicia の Black Cashmere は黒糖やシロップを思わせる甘さに、樹脂とスパイスが噛む、より重心の低い解釈になっていると複数のレビューで言及されます。ロングウェアで残り香はオリエンタルアンバー寄り、夜間の屋内向きの香りという扱いが妥当です。

Aurum — 金を象徴するゴールデンアンバー

Aurum はラテン語で「金」を意味し、フェニキア人が交易していた金属・財宝のイメージとも重なるタイトルです。サフラン、ローズ、樹脂、アンバーが層をなすゴールデンアンバー系の構成で語られることが多く、ブランドのなかでも「Phoenicia らしさ」を一本で体験するならまずここ、と評価する愛好家もいます。自分のシグネチャー・セントを探している段階の読者にとっては、まず Aurum のサンプルを取り寄せて反応を見るのが、ブランドとの距離感を測りやすい入口になるはずです。

なお、これら 3 本は同じハウスのなかでも組み立ての方向性がはっきり違うため、まとめてサンプルで比較すると Phoenicia Perfumes の振れ幅が把握しやすくなります。フルボトルを 1 本選ぶ前段階としては、3 本セットでの試香を編集部としては推奨します。

サフラン・スパイス系の解釈 — Saffron Soleil

Phoenicia Perfumes のスパイス使いを語るうえで外せないのが Saffron Soleil です。サフランは紀元前から地中海・中東で薬用・香料用として珍重されてきた高価素材で、現代の香水でも単体で主役に置かれることは多くありません。Phoenicia ではこのサフランをタイトルに据え、太陽(Soleil)を冠することで、乾燥した気候のなかで揺れる香辛料畑のような像を提示しようとしています。

サフランは取り扱いを誤ると薬品的・革的なニュアンスが前に出てしまう難しい素材ですが、Saffron Soleil はローズや樹脂、ウッディを支えに置いて、サフラン独特の干し草・革・蜂蜜の中間のような香りを、香水としての快適さに収める方向で組み立てられていると評されます。夏よりも、湿度の落ちた秋口から冬にかけて、屋内でゆっくり香らせるのに向いた構成と言ってよさそうです。

香水のスパイス使いに関心がある読者にとっては、Phoenicia のサフランは、Mancera や Montale のような工業寄りハウスのサフランとは別の触感を体験できる素材になり得ます。価格帯と入手難度を加味しても、サンプルで一度通しておく価値はあるカテゴリーです。

自然主義的な調香 — アタール・蒸留・小ロット運営

Phoenicia Perfumes をニッチハウスの平均像から区別するもうひとつのポイントが、調香方法そのものに対する姿勢です。Bassett はインタビューや公式ページで、エッセンシャルオイル、アブソリュート、アタール(伝統的な蒸留香油)といった天然素材を主軸にしていることをたびたび言及しており、合成ムスクや合成アンバーで「現代のニッチ」らしい飛距離を稼ぐ調香ではなく、むしろ天然素材の重さと粘度を残すほうを優先します。

その結果、香りの広がり方は工業的なオードパルファンよりも控えめで、肌の近くで濃く香るタイプが中心です。プロジェクション(飛距離)を求めて Phoenicia を選ぶと期待外れになりやすく、逆に「自分と、すぐそばの人にだけ届く濃い香り」を求める読者には適合度が高くなります。

運営面でも、ロットごとに素材の入手状況が変わるため、同じネーミングでもバッチ間で微妙な差が出ることがあるとレビューで言及されることがあります。これは大量生産品の均質さを期待する立場からは欠点に見えますが、自然素材主体のハウスではむしろ前提条件であり、ヴィンテージワインに近い受け止め方が向いています。

また、Phoenicia Perfumes のような小規模ハウスを楽しむうえで実務的に重要なのが、保管環境です。天然素材比率が高い香水は合成中心の香水よりも光と熱の影響を受けやすく、開封後は直射日光と高温多湿を避け、できれば箱に戻して暗所で保管することで、購入当初に近い香り立ちを長く維持しやすくなります。小瓶のサンプルを複数取り回す場合は、まとめて冷暗所に置いておくと比較試香もしやすくなります。

編集部の見立て — どんな読者に向いているか

編集部としての Phoenicia Perfumes の位置付けは、「ニッチ香水の入口」というよりは、ある程度ニッチに慣れた読者が次のステップで触れるハウスです。価格は安価ではなく、流通も限定的で、合成素材中心の現代的ニッチに比べると香り立ちもおとなしい。それでも選ぶ価値があるのは、コンセプトと素材選び、そして小ロット運営による「ハンドメイド感」が、量産品では得にくい体験になっているからです。

具体的には、(1) 樹脂とスパイス、ウッディが好きで、Profumum Roma や Mendittorosa のような重めのハウスをすでに楽しんでいる読者、(2) 古代地中海・中東の香料文化に文脈的な関心がある読者、(3) フルボトルではなくサンプルやデカントで小さく試しながら自分のシグネチャーを探している読者、にとくに相性が良いと考えます。

最初の 1 本を選ぶなら、ブランドの中心軸が体験できる Aurum か、サフラン主体の Saffron Soleil をサンプルで取り寄せるのが堅実な入口です。そこから Tabac Noir や Black Cashmere の濃度に進むかどうかを、自分の生活シーンと擦り合わせて判断していくと、Phoenicia Perfumes との距離感が見えてきます。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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