FASHION

ロゴが消えた服に、なぜ人は惹かれるのか — クワイエット・ラグジュアリーの系譜と、古着で組む大人の装い

ロゴのない上質なニットやコートを基調にしたクワイエット・ラグジュアリーの装い

ロゴが、もう価値を語らなくなりました。少し前まで、装いの格は胸元や金具に並ぶブランドの記号で測られていました。けれども 2020 年代に入って、感度の高い人たちはその記号から静かに離れはじめています。代わりに語られるようになったのが、生地の目、縫い目の処理、そして時間をかけて手入れされた状態でした。クワイエット・ラグジュアリーと呼ばれるこの感覚は、声を張らない贅沢のことです。

おもしろいのは、この考え方が高級品の世界だけの話で終わらない点です。価値の基準が記号から素材と状態へ移るほど、時間を経た一着、つまり古着の立ち位置が変わってきます。新品の高級品を買えなくても、良い素材の一着を見抜く目さえあれば、同じ美意識を手の届く形で実践できるからです。本記事では、この潮流がどこから来たのかをたどりながら、古着という選択肢を軸に、大人がそれをどう暮らしへ取り入れられるのかを編集部の視点で書いていきます。読み終えるころには、無地のニット一枚やデニム一本の見え方が、少し変わっているはずです。

ロゴが価値を語らなくなった日

クワイエット・ラグジュアリーは、英語圏で stealth wealth とも呼ばれます。直訳すれば「気づかれない富」です。他人にはわからないけれど、着ている本人と、見る目を持つ少数だけが価値を知っている。そういう種類の豊かさを指します。胸に大きな記号のない上質なニット、金具で主張しないバッグ、流行の名前に頼らないコート。これらが手入れの行き届いた状態で組み合わさってはじめて、その美意識は成り立ちます。

この感覚が世界的な話題になった背景には、写真共有を中心にしたSNS文化への反動がありました。誰もがブランドの記号を見せ合い、わかりやすい高級が大量に消費される時代に、ひとつの飽きが生まれました。海外ドラマがその気分を映像にして可視化した影響も小さくありません。資産家の一族を描いた『Succession』や、リゾートに集う富裕層を描いた『The White Lotus』では、登場人物が無地のニットや控えめなアウターをまとっていました。記号で誇示しないのに、誰の目にも豊かさが伝わる。その描かれ方が、装いの価値はどこに宿るのかという問いを、多くの人に投げかけたのです。

この対比は、しばしば old money と new money という言葉でも語られます。新しく富を得た層が記号でそれを示そうとするのに対し、時間をかけて積み上げてきた層は、あえて記号を必要としません。良い素材を、目立たない形で、長く使う。それが当たり前になっている人たちの装いには、説明がいりません。クワイエット・ラグジュアリーが憧れの対象になったのは、その「説明のいらなさ」が、成熟した大人の余裕として映ったからでもありました。もっとも、これは生まれや資産の話に閉じるものではありません。記号に頼らず、自分の基準で良し悪しを判断する。その姿勢さえあれば、誰でも実践できる考え方です。

ここで大切なのは、これが「高いものを買えばいい」という話ではない点です。クワイエット・ラグジュアリーの核心は、価値の在りかが記号から素材と状態へ移ったことにあります。だからこそ、新品の高級品だけでなく、時間を経た一着、つまり古着が同じ土俵に立てるのです。そして価値の基準が素材と状態に移るほど、見る目を養うことの意味が増していきます。何を良いと感じるのかという物差しを自分の内側に持つこと。それがこの装いの出発点でした。

クワイエット・ラグジュアリーが憧れの対象になったのは、その「説明のいらなさ」が、成熟した大人の余裕として映ったからでもありました。

The Row が示した「語らない」という選択

この潮流を語るとき、The Row というブランドはひとつの象徴として挙げられます。The Row は、女優として知られた Mary-Kate Olsen と Ashley Olsen の姉妹が2006年にニューヨークで立ち上げたブランドです。出発点は、完璧な一枚のTシャツを作るという個人的な試みでした。

The Row の服には、外から見えるロゴがほとんどありません。価値を語るのは、身体に沿うシルエットと、触れた瞬間にわかる生地の質です。記号で説明しないぶん、着る人の選んだ理由がそのまま装いに表れます。安価な記号Tシャツを誇らしげに着るより、名前の出ない上質な一着を選ぶ。そうした価値観の転換を、The Row は早い時期から形にしてきました。

注目したいのは、完璧な一枚のTシャツという出発点です。誰もが持っている定番を、素材と仕立てだけで突き詰める。派手な装飾も季節ごとの仕掛けも加えず、ただ質を上げていく。この姿勢は、目新しさで競う服づくりとは方向が逆でした。広告で大きく見せるよりも、着た人が黙って良さを知るほうを選ぶ。記号を消すという選択が、かえって強い個性になる。この逆説こそ、クワイエット・ラグジュアリーがファッションの言葉として定着した理由のひとつでした。そして定番を質で突き詰めるというその発想は、後で触れる古着の楽しみ方とも、深いところでつながっています。

素材で語るとはどういうことか — Loro Piana と Brunello Cucinelli

記号の代わりに何が語るのか。その答えが素材です。素材で語る装いを理解するうえで、イタリアの二つのハウスの仕事がよい手がかりになります。

ひとつは Loro Piana です。一族はイタリア北部の Trivero に出自を持ち、毛織物の商いは1800年代初頭にさかのぼります。現在へ続く会社は1920年代に Pietro Loro Piana が興しました。同社の名を世界に知らしめたもののひとつが、Storm System® と呼ばれる生地です。これはカシミヤなどの上質な素材に、雨や風を防ぐ膜を組み合わせた独自の技術で、見た目は静かなのに機能は高いという、まさにこの美意識を体現する仕立てになっています。

もうひとつは Brunello Cucinelli です。1978年、イタリアの中世の村 Solomeo を拠点に創業しました。当初はカシミヤの婦人用ニットを中心に作り、1994年に紳士用のカシミヤを加えています。村に根を張り、職人の手仕事と暮らしを守りながら上質な糸を編むという姿勢は、記号ではなく作り方そのものが価値になるという考えを、長い時間をかけて示してきました。

こうしたハウスの服は、丁寧に作られているぶん、持ち主の手を離れたあとも長く生き続けます。良い素材は数年で寿命を迎えず、状態を保ったまま次の人へ渡っていきます。だからこそ、こうした一着が中古の市場に出てくることがあります。記号を求めるなら新品でなければ意味がありませんが、素材と状態を求めるなら、誰かが大切にしてきた一着はむしろ魅力的な選択肢になります。クワイエット・ラグジュアリーが古着と相性がいいという話は、ここから始まります。

こうした素材は、買った瞬間が完成形ではありません。良い糸と丁寧な仕立てで作られた一着は、着るほどに色と質感が深まり、身体になじんでいきます。新しさを誇るのではなく、時間とともに育つ。この感覚を一度知ると、無地のニット一枚の見え方が変わってきます。

では、素材の良し悪しはどこを見ればわかるのでしょうか。ニットなら、まず手に取ったときの密度です。同じカシミヤでも、糸の細さと編みの詰まり方で、落ち感と保温の質が変わります。透けるほど薄いものより、適度に目の詰まった一枚のほうが、着崩れせず長く形を保ちます。次に、縫い目の処理です。脇や肩の縫い合わせがごろつかず、平らに収まっているか。裏返して見たときの始末が丁寧なものは、表からは見えなくても着心地と耐久に表れます。コートやシャツなら、ボタンの留め付けや裏地の縫い込みも手がかりになります。記号ではなくこうした細部を見る習慣がつくと、値段に頼らずに質を見抜けるようになっていきます。素材で語る一着を探すなら、まずは肌触りと編みの密度から確かめてみてください。

ハイブランドと普段着を混ぜる、その配分の感覚

クワイエット・ラグジュアリーは、全身を高級品で固めることとは違います。むしろ全身一色は記号への崇拝と紙一重になりがちです。洗練された着方は、一点か二点だけ上質なものを置き、残りは手の届く普段着でまとめる配分にあります。

たとえば、無地のカシミヤニットを一枚だけ良いものにして、合わせるスラックスや白いシャツは普段着の定番で十分です。見る人には全体が静かに整って映ります。逆に、Tシャツや靴下のように消耗の早いものへ上質を投じても、その差は装い全体には表れにくいものです。手をかける価値が出やすいのは、視界に入る時間の長いコートやアウター、毎日触れて長く使う革小物やバッグ、そして品質の差が歩くたびに出る革靴でした。ここに厚みを置き、消耗品は普段着で割り切る。その配分の感覚こそが、この装いの要になります。

具体的な一日の装いで考えてみます。休日に人と会う場面を思い浮かべてください。上には無地のカシミヤのニットを一枚。色は灰みのベージュにして、合わせるのはヴィンテージのデニムです。足元は手入れの行き届いた革のローファー。寒ければ、形の静かなステンカラーのコートを羽織ります。この装いのうち、価格をかけているのはニットと革靴、それにコートだけで、デニムは古着です。それでも全体は不思議と整って見えます。なぜなら、目に入る面積の大きいところに質のあるものを置き、色を絞っているからです。逆に、すべてを新品の高級品で固めると、かえって肩に力の入った印象になりがちでした。一点か二点に質を集め、残りを普段着と古着で支える。この引き算の感覚が身につくと、手持ちの服でもこの装いに近づけていけます。

コートのような面積の大きいアウターは、素材の良し悪しが遠目にも伝わります。ステンカラーやチェスターのように形が静かなものを一着持っておくと、合わせる中身を選ばず長く使えます。足元も同じで、丁寧に作られた革靴は手入れをしながら何年も付き合えます。

色とかたちで、静けさをつくる

素材と配分の次に効いてくるのが、色とかたちの選び方です。クワイエット・ラグジュアリーの装いが静かに見えるのは、偶然ではありません。声を張らない色と、流行を追わない形が、その印象を支えています。

色については、彩度を抑えたトーンが基本になります。ベージュ、グレージュ、チャコール、ネイビー、深いブラウンといった、自然界に近い落ち着いた色は、互いにぶつかりません。同系の色で全身をまとめると、それだけで装いに統一感が生まれます。明るい色や鮮やかな色を完全に避ける必要はありませんが、使うとしても面積の小さい小物にとどめると、全体の静けさが保たれます。色数を絞るほど、素材の質そのものが前に出てきます。これは、記号ではなく中身で語るという、この美意識の考え方とそのまま重なります。

かたちについては、流行の振れ幅から少し距離を置くのがこつです。極端に大きいシルエットや、その季節だけの特殊な形は、数年経つと時代が透けて見えます。肩や着丈が身体に素直に沿う、無理のない形を選んでおくと、長く着ても古びません。ディテールも同じで、目立つ金具や大きな装飾は、それ自体が記号になりがちです。金具は色を抑えたものを、留め具はできるだけ控えめなものを選ぶ。そうした小さな判断の積み重ねが、装い全体を静かに整えていきます。流行の一着を毎年買い替えるより、形の静かな一着を長く着るほうが、結果として無駄も減っていきました。

古着が、クワイエット・ラグジュアリーともっとも相性がいい理由

ここで古着の話に戻ります。価値の在りかが記号から素材と状態へ移ったということは、時間を経た一着がむしろ有利になる、ということでもあります。古着には、クワイエット・ラグジュアリーが求めるものがはじめから備わっているからです。

第一に、経年です。良い素材は時間とともに育つと先に書きました。古着は、その時間を誰かがすでに引き受けてくれた状態で手に入ります。新品では出せない色の沈みや生地のなじみは、まさにこの美意識が評価する質でした。第二に、一点性です。同じ年代の同じ型でも、着られ方によって表情は一着ごとに違います。記号で揃えるのではなく、自分だけの一着を選ぶという行為が、そのまま静かな個性になります。

たとえば Levi’s の 501 のようなヴィンテージのデニムは、その代表です。誰もが知る定番でありながら、年代やリペアの跡によって一本ごとに表情が異なります。これを無地の上質なニットや静かなコートと合わせると、記号に頼らずに深みのある装いが組めます。ラフさを残しながら、素材と経年だけで品を出す。この組み合わせは、クワイエット・ラグジュアリーの考え方をもっとも手の届く形で実践する道筋でした。

古着を選ぶときにも、見るべきところがあります。年代によって生地の織りや縫製の仕様は少しずつ違い、それが一本ごとの個性になっています。深い知識がなくても、まずは生地の厚みと色の落ち方、そして縫い目のほつれや破れがないかを確かめれば十分です。気になる箇所があっても、お直しで直せる範囲なら、むしろ手をかけて育てる楽しみになります。サイズについては、流行の着方に合わせて無理をするより、自分の身体に素直に合う一本を選ぶほうが、長く付き合えます。裾上げや詰めといったお直しを前提にすれば、選べる幅も広がります。

物を増やすのではなく、良い一着を長く着て、必要なら次の人へ手渡していく。この循環は、暮らしの中で持ち物が自然と整っていくことにもつながります。一着の背景にある時間を引き受け、自分の時間を重ね、また誰かへ渡す。古着を選ぶという行為には、記号の消費とは違う、ゆるやかな手応えがありました。

長く着るための作法 — 手入れ・修理・真贋

良い一着を長く着るには、買ってからの付き合い方が要になります。ここでいくつかの作法を書いておきます。

まず手入れと修理です。Hermès や Louis Vuitton、Chanel、Bottega Veneta といったハウスは修理の体制が整っており、何十年も前のバッグを使える状態へ戻してくれます。記号が古くなったから手放すのではなく、手をかけて次へ渡す。これが本来のラグジュアリーの姿でした。中古市場で古いバッグが一定の評価を保つ背景にも、こうした修理体制があります。ただし、これは値上がりを期待して買うという話ではありません。あくまで長く使うための裏付けとして受け止めてください。

次に、正規の流通経路を選ぶことです。正規代理店を通らない並行輸入の品は、本物であっても修理や保証の対象外になる場合があります。直営店や百貨店、ブランドの公式オンラインで買うのが安心でした。中古で求める場合は、鑑定書のない品をそのまま信じず、KOMEHYO やなんぼやのような真贋鑑定の仕組みを通すのが堅実です。個人間の取引では、真贋をめぐる声を事前に確かめてから判断してください。安さだけで飛びつかないという姿勢が、結果として長く付き合える一着を残します。

日々の保管も、長く着るための作法のうちです。ニットは着るたびに休ませ、続けて二日着ないようにすると、生地が回復して傷みにくくなります。型崩れを防ぐには、ハンガーに吊るすより畳んで置くほうが向いています。コートやジャケットは、着終わったらブラシで表面の埃を払い、厚みのあるハンガーで肩の形を保って吊るします。革靴は一日履いたら休ませ、シューツリーで形を整えておくと、甲のしわが深く刻まれません。どれも特別な手間ではありませんが、こうした小さな習慣の積み重ねが、一着の寿命を何年も延ばしていきました。良い素材を選ぶことと、それを丁寧に扱うことは、地続きの行為です。

最後に、ラインの違いを知っておくことです。同じブランド名でも、他社に名前を貸して作られた廉価のライセンス商品は、本家とは品質の前提が異なる場合があります。本家のラインなのか、派生のラインなのか、ライセンスの品なのかを見分けてから選ぶ。この一手間が、記号ではなく中身で選ぶという、この装いの根っこにつながっていきます。

ロゴを脱いだ先に残るもの

クワイエット・ラグジュアリーは、ロゴで価値を示す時代がひと区切りついたことを映す潮流でした。価値の在りかは、記号から素材と仕立て、そして時間を経た状態へと移りました。だからこそ、新品の高級品だけでなく、誰かが時間を引き受けた古着が同じ土俵に立てます。

上質な一着を配分よく置き、普段着と混ぜ、手をかけて長く着て、必要なら次へ渡す。この一連の振る舞いは、特別な人だけのものではありません。無地のニットを一枚、ヴィンテージのデニムを一本、丁寧に選ぶところから始められます。

そしてこの考え方は、装いの外にも広がっていきます。数を持つより、良いものを長く使う。手をかけて育て、役目を終えたら次へ渡す。これは服に限らず、道具や住まいとの付き合い方にも通じる姿勢でした。記号で多くを所有する暮らしから、中身で少しを大切にする暮らしへ。クワイエット・ラグジュアリーが多くの人の心をとらえたのは、それが装いの流行であると同時に、暮らしそのものの選び直しでもあったからかもしれません。ロゴを脱いだ先に残るのは、自分が何を良いと感じるのかという、静かな確かさでした。記号に語らせるのをやめたとき、装いはようやく、その人自身の言葉になります。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のFASHIONカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

「FASHION」で読まれている

あなたへのおすすめ