「怠惰は罪」— 東ロンドンの一夫婦が選んだ、遅さという方法
Story mfg.(ストーリー エムエフジー)は、Saeed Al-RubeyiとKaty Al-Rubeyiという夫婦デュオが英国・東ロンドンで営んでいるブランドです。ふたりを突き動かしたのは、単純な問いだったと伝えられています。自分たちが本当に着たいと思える服が、市場にはほとんど存在しなかった。ならば作るしかない。そうした動機からスタートしたブランドは、天然染料による染色と手仕事の生産体制を軸に、ワークウェアの機能性とサステナビリティを同時に成立させようとする姿勢で知られるようになりました。
ブランドのモットーは「Waste is Lazy(廃棄は怠惰である)」という言葉に集約されています。効率や量産のスピードを追い求めるのではなく、素材の選定から染色、縫製までの一つひとつの工程に時間をかけることこそが、廃棄を減らし誠実なものづくりにつながるという考え方です。この姿勢は、ブランド名である「Story」という言葉、すなわち一着の服の背景にある物語を大切にするという意味とも重なり合っています。
ブランドのモットーは「Waste is Lazy(廃棄は怠惰である)」という言葉に集約されています。
年次別の歴史
創業期(2013年末〜2014年ごろ) ― インドへの旅から始まったデニム
Story mfg.は2013年末から2014年ごろにかけて創業したと伝えられています(創業年については情報源によって2013年とする記述と2014年とする記述の両方があり、本記事では両論を併記します)。創業のきっかけとなったのは、ふたりが自分たちの着たい服を求めてインドへ渡り、現地で最初の生地を仕入れたことだったといいます。最初に手がけたアイテムがデニムだったというエピソードは、Story mfg.が単なる思いつきではなく、実際に素材の現場に足を運ぶところから始まったブランドであることを物語っています。
創業当初、Saeedは「Bobbin Threadbare」、Katyは「Katy Katazome」という通称でメディアに紹介されていました。「Bobbin Threadbare」は1990年代のLucasArts制作のアドベンチャーゲーム「Loom」に登場するキャラクターに由来する名前だと伝えられており、「Katazome」は日本の伝統的な型染め技法の名称に由来します。当時の顧客との最初の接点はSNSのデニム愛好家コミュニティで、リテール展開が本格化する前からファン層が形成されていたことも、このブランドの成り立ちの特徴のひとつです。
創業初期の成長は決して急激なものではなかったと伝えられています。ある時期の年間売上高が、1年目は数万ポンド規模、2年目にその数倍、3年目にはさらに大きく伸びたという段階的な成長の記録が残っており、リテール網の拡大よりもまず品質と生産体制を安定させることを優先していた様子がうかがえます。当時の顧客の多くは、店舗で偶然見かけたのではなく、インターネット上のコミュニティを通じてブランドの存在を知った人々でした。こうした草の根的な広まり方は、大きな広告予算を持たない小規模ブランドが信頼を積み重ねていく典型的な経路のひとつだといえるでしょう。
拡張期(2010年代後半) ― 東ロンドンのスタジオと天然染めの体系化
ブランドが軌道に乗るにつれ、Story mfg.は東ロンドンに実店舗兼アトリエとなるスタジオを構えました。この時期には、藍・マダー(茜)・ミロバランバーク・鉄媒染・蘇芳・ジャックフルーツ材といった多様な天然染料を扱う体系が整えられ、姉妹プロジェクトである「Hand Job Dye House」を通じて、スタジオを訪れる人に天然染めの技術を教える活動も始まりました。単に自社製品を染めるだけでなく、染色という技術そのものを開いていく姿勢は、Story mfg.が単なるアパレルブランドの枠を超えて捉えられている理由のひとつです。
生産面では、インドやタイの生産パートナーとの協働が重要な位置を占めるようになりました。インドでは天然染料による発酵染色のプロジェクトと連携し、タイでは農作業の合間に手織りを行う女性たちのコミュニティと協働してきました。生産のタイミングを稲作の収穫時期に合わせるなど、商業的な納期の都合よりも現地の生活リズムを尊重する姿勢が貫かれている点も、このブランドの重要な特徴です。
この時期、Story mfg.はロンドンのLiberty Londonをはじめとする複数のセレクトショップでの取り扱いも始まり、東ロンドンのローカルな存在から、より幅広い顧客層に届くブランドへと少しずつ規模を広げていきました。それでも生産の根幹にある「現地の生活リズムを尊重する」という姿勢は変わることなく、拡大と誠実さの両立を模索し続けてきた時期だったと位置づけられます。
現在 ― Saeed and Katy Al-Rubeyiとしての10年
2021年以降のインタビューでは、ふたりは一貫して本名である「Saeed and Katy Al-Rubeyi」として紹介されるようになりました。2023年のポッドキャスト出演では、ブランドの10年の歩みが振り返られており、初期の通称から本名表記への移行そのものが、ブランドが徐々に業界内で確立された存在になっていった過程を映しているとも読み取れます。現在もふたりが経営とデザインの両面に関わり続けており、規模の拡大よりも生産体制の誠実さを優先する姿勢は創業時から変わっていません。
デザイナー情報
Saeed Al-Rubeyiは、ブランドの創業当初「Bobbin Threadbare」という通称で知られていたデザイナーです。素材そのものへの探究心が強く、天然染料や手織りといった伝統技術を現代のワードローブに落とし込む視点を持つ人物として、複数のインタビューで紹介されています。Katy Al-Rubeyiは、Story mfg.を立ち上げる以前、トレンド予測会社WGSNでデニムエディターを務めていた経歴を持ちます。業界のトレンドを俯瞰する立場にいたからこそ、量産型のファッションサイクルに対する違和感を強く持つに至ったのではないかと推測されます。世界中のデニム市場の潮流を分析し続けていた経験が、結果としてトレンドサイクルの外側にある価値観を模索する原動力になったとも考えられるでしょう。
ファッション業界のトレンド分析に携わっていた経験と、Saeedが培ってきた素材や染色への探究心が組み合わさったことが、Story mfg.という夫婦デュオならではのブランドを形づくったと考えられます。ふたりは経営判断とデザインの両方に関わり続けており、外部のクリエイティブディレクターを迎えるのではなく、創業者自身が現在も現場に立ち続けている点が特徴です。夫婦で一つのブランドを営むという体制は、意見の対立や役割分担の難しさを伴うこともあると複数のインタビューで語られていますが、その緊張関係も含めてブランドの個性を形づくってきたと捉えられています。
代表的なアイテム
天然染めのユニセックスデニム
Story mfg.を象徴するアイテムが、天然染料で仕上げられたユニセックスのデニムです。藍による段階的な浸染は、繰り返し染めることで深みのある色合いを生み出す技法で、浅い水色から濃紺まで、染めの回数によって多様な表情が作られます。マダー(茜)は暗い緋色から淡いピンクまで、ミロバランバークは媒染剤との組み合わせによって茶色から黒に近い色まで、素材そのものが持つ色の幅を活かした染色が行われています。量産のデニムに使われる合成染料とは異なり、天然染料は染めるたびに微妙な個体差が生まれるため、一本ごとに異なる表情を持つことになります。
刺繍入りボンバージャケット
ブランドの初期から知られるアイテムのひとつに、刺繍をあしらったボンバージャケットがあります。英国のEU離脱を巡る国民投票の結果を地図として刺繍したデザインなど、社会的なテーマをモチーフに取り入れた作品も発表されており、単なる装飾ではなく、その時代の空気を映すアイテムとして紹介されてきました。ワークウェアを土台にしたシルエットに、こうした物語性のあるディテールを組み合わせる手法は、ブランド名である「Story」を体現する代表例といえます。
刺繍という技法は、天然染料による色の物語に加えて、モチーフという形でもう一つの物語を服に宿す手段になっています。派手な主張ではなく、よく見ると気づくような控えめな配置で刺繍が施されることが多く、着る人が自分だけの発見として楽しめる仕掛けになっている点も、このアイテムの魅力のひとつです。
手織りのニット・トップス
タイの生産パートナーによる手織りの技術は、ニットやトップスにも活かされています。農業とともに生きる村の女性たちが、稲作や藍の栽培の合間に糸を紡ぎ、布を織るという工程を経て仕上げられるアイテムは、量産型の工業生産とは異なる時間の流れの中で作られています。均一な仕上がりを追求するのではなく、手仕事ならではの表情のばらつきを個性として受け入れる姿勢が、こうしたアイテムの魅力を支えています。
素材にはすべてヴィーガン仕様が徹底されており、動物由来の繊維や染料を使わないという方針が一貫しています。天然染料というと植物由来の色素だけを連想しがちですが、媒染剤や発酵の過程においても動物性の材料を避けるという選択は、環境負荷の低減だけでなく、ブランドが掲げる価値観そのものの表れだといえます。
ものづくりの現在地 ― 生産パートナーシップという価値観
インドの天然染料プロジェクト
Story mfg.がインドで協働している生産パートナーは、天然染料による発酵染色を手がけるプロジェクトです。化学染料に頼らず、植物由来の色素を発酵させて糸や生地に定着させる手法は、伝統的な技術でありながら、現代のサステナビリティの文脈においても重要な意味を持つ技術として再評価されています。Story mfg.はこうした現地の伝統技術に依存するだけでなく、継続的な協働関係を築くことで、技術そのものを次の世代へつなぐ役割も担っていると紹介されています。
タイの農村コミュニティとの協働
タイでの手織りは、退職した農家の女性たちを中心とした村のコミュニティによって担われています。彼女たちは稲作や藍の栽培も並行して行っており、生産のスケジュールは工業的な納期ではなく、農作業の季節に合わせて組まれています。米の収穫時期になれば手織りの作業がその分後ろ倒しになる、という進め方は、効率を最優先する一般的なサプライチェーンとは大きく異なるものです。
こうした協働のあり方は、単に「手作業だから味わいがある」という消費者向けの物語にとどまりません。生産に関わる人々の生活リズムそのものを尊重し、彼女たちの技術や時間の使い方に会社側が合わせるという発想は、コスト削減を目的にした外部委託とは根本的に異なる関係性です。Story mfg.がしばしば「サステナブル」という言葉だけでなく「関係性」という言葉で自社の取り組みを語るのは、こうした背景があるためだと考えられます。
Hand Job Dye Houseという教育の場
東ロンドンのスタジオを拠点に運営される姉妹プロジェクト「Hand Job Dye House」は、天然染めの技術を一般の参加者に教えるワークショップとしても機能してきました。自社の生産のためだけに技術を囲い込むのではなく、訪れる人に染色の工程を体験してもらうことで、天然染料という選択肢そのものを業界に広げていこうとする姿勢がうかがえます。ブランドの利益だけでなく、技術の継承や普及そのものを目的に据えている点は、Story mfg.がアパレルブランドの枠を超えて評価される理由のひとつになっています。
「Waste is Lazy」という一貫した姿勢
Story mfg.のものづくり全体を貫いているのが、「廃棄は怠惰である」というモットーです。天然素材の使用、ヴィーガン仕様の徹底、生産に関わる人々への公正な関係構築など、個別の取り組みはそれぞれ独立したものに見えますが、根底には「手間を惜しまないことが誠実さにつながる」という一貫した価値観が流れています。
おすすめのコレクション ― シーズンごとに更新される染めの表情
藍を基調にしたコレクション
藍染めを基調にしたシーズンでは、浅い水色から深い紺までのグラデーションを一つのコレクション内で見せる構成がしばしば取られてきました。同じ藍という染料でありながら、浸染の回数や生地の織り方によって表情が大きく変わるため、単色系のコレクションであっても単調にならない仕上がりが特徴です。
大地の色を基調にしたコレクション
マダーやミロバランバークを用いたシーズンでは、赤茶からベージュ、黒に近い色まで、土や樹皮そのものが持つ色幅を活かした構成が組まれることがあります。合成染料では出しにくい、くすみを帯びた自然な色合いは、他のワークウェアブランドとは一線を画す個性として受け止められています。
手織りニットを中心にしたコレクション
タイの生産パートナーによる手織りニットを中心に据えたシーズンでは、糸の太さや織りの密度にあえてばらつきを残した仕上がりが特徴です。均質な工業製品にはない手仕事の温度感を伝えることを目的にした構成で、Story mfg.が量産のトレンドサイクルとは異なる時間軸で服を作り続けていることを象徴するコレクションだといえます。
似合う人、合わせ方のヒント
Story mfg.のアイテムは、量産品にはない色ムラや風合いの個体差そのものを楽しみたい人に向いています。均一に仕上げられた新品らしい状態よりも、天然染料ならではの揺らぎや、手織りの生地が持つ表情に価値を見出せる人にとって、このブランドの服は特別な存在になるはずです。ユニセックスのシルエットが中心のため、性別を問わず自分の体型に合わせてサイズを選びやすい点も特徴のひとつです。
コーディネートの面では、単体でも十分に主張のあるアイテムが多いため、他のアイテムは色数を抑えたベーシックなものでまとめると、生地の色合いや刺繍のディテールが引き立ちやすくなります。ワークウェアを土台にした形が多いため、無骨なブーツや帆布素材のバッグなど、素材感を重視した小物との相性も良好です。
天然染料の生地は同じアイテムでも個体ごとに色の出方が異なるため、写真やオンラインストアの画像だけで判断せず、届いた実物の色味を見てからコーディネートを組み立てるという楽しみ方もできます。季節によって光の当たり方が変わると、同じ生地でも見える表情が変化することがあり、そうした移ろいを楽しめる人ほど長く付き合っていけるブランドだといえるでしょう。
中古で選ぶときのポイント
Story mfg.のアイテムは天然染料による色ムラが個性であるため、中古で選ぶ際に「色が均一でない」ことを状態不良と誤解しないよう注意が必要です。むしろ確認すべきは、生地そのものの傷みや、縫製部分のほつれ、刺繍の糸が浮いていないかといった点です。手織りの生地は工業製の生地に比べてややデリケートな場合があるため、脇や肘といった負荷のかかりやすい箇所の状態を事前に確かめておくと安心です。天然染めの色は光や洗濯によって徐々に変化していく性質があるため、購入時点の色味がそのまま続くとは限らないという前提で選ぶこともポイントになります。
よくある疑問
Story mfg.はどこの国のブランドかという質問をよく見かけますが、英国・東ロンドンを拠点とするブランドです。Saeed Al-RubeyiとKaty Al-Rubeyiの夫婦が2013年末から2014年ごろにかけて創業し、現在も本人たちが経営とデザインの中心を担っています。
「Bobbin Threadbare」や「Katy Katazome」という名前を見かけて戸惑う人もいるかもしれませんが、これらは創業当初にふたりが使っていた通称です。現在の主要なインタビューや紹介記事では、本名である「Saeed and Katy Al-Rubeyi」の表記が定着しています。
なぜ価格が比較的高めなのかという疑問についても触れておきます。天然染料による染色や手織りの生産工程には、量産型の合成染料・工業織機による生産に比べて大幅に時間と手間がかかります。さらに生産パートナーへの公正な対価の支払いを重視する姿勢が、価格に反映されていると考えられます。
デニムブランドなのか、それとも総合的なアパレルブランドなのかという疑問もよく見かけます。創業のきっかけこそデニムでしたが、現在はニットやアウター、刺繍アイテムまで幅広く展開しており、デニム専業ブランドという枠には収まりません。むしろ天然染料と手仕事という製法そのものを軸にした総合的なワードローブブランドとして捉えるほうが実態に近いといえます。
サイズ選びに関しては、多くのアイテムがユニセックス仕様で展開されているため、性別による既成の枠にとらわれず、実寸を確認しながら選ぶことが推奨されています。天然染料や手織りの生地は、洗濯や着用によって風合いが変化していく前提で作られているため、届いたばかりの状態だけでなく、これから育っていく過程も含めて楽しむという姿勢で向き合うとよいでしょう。
日本国内で入手できるのかという質問もありますが、正規の取り扱い店舗数はまだ限られており、海外の直営オンラインストアや取り扱いのあるセレクトショップを通じて入手するケースが中心になっています。中古市場やヴィンテージを扱う古着店で見かける機会も、他の大量生産ブランドに比べるとまだ多くはありませんが、天然染料という一点物に近い価値観を求める層のあいだで少しずつ知られてきているブランドだといえます。
まとめ ― 遅さを選び続けるということ
Story mfg.は、天然染料と手仕事による生産体制を軸に、ワークウェアの機能性とサステナビリティを両立させようとしてきたブランドです。インドの発酵染色プロジェクトやタイの農村コミュニティとの協働に見られるように、効率よりも誠実さを優先する姿勢は創業から一貫しています。「Bobbin Threadbare」「Katy Katazome」という通称から、本名である「Saeed and Katy Al-Rubeyi」へと呼び名が変わっていった10年余りの歩みは、このブランドが少しずつ確かな存在として認知されていった過程そのものだといえるでしょう。
「Waste is Lazy」というモットーが示す通り、Story mfg.にとって遅さは非効率の言い訳ではなく、誠実なものづくりを支えるための積極的な選択です。天然染料の色ムラや手織りの表情を、欠点ではなく物語として受け止められる人にとって、このブランドの一着は長く付き合える存在になるはずです。
インドで生地を探すところから始まったふたりの旅は、東ロンドンのスタジオという拠点を得て、いまでは天然染料の技術を次の世代に伝えるHand Job Dye Houseという場にまで広がりました。デニムという一つのアイテムから始まったブランドが、ニットや刺繍アイテムを含む総合的なワードローブへと育っていった過程には、規模の拡大を急がず、関わる人々との関係性を大切にしてきた夫婦デュオの姿勢が一貫して流れています。これから初めてこのブランドに触れる人にとっても、天然染料が生む一点ごとの表情の違いを楽しむところから、Story mfg.という物語との付き合いが始まっていくはずです。一着ごとに異なる色の出方を、欠点ではなく固有の記憶として受け止められるかどうかが、このブランドと長く付き合えるかを分ける分岐点になるでしょう。











