HIPANDA(ハイパンダ)は、中国人アーティストのJiJiが手がけた一体のパンダ彫刻から生まれ、2008年のヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)での展示をきっかけにストリートウェアブランドへと育っていった、上海発のブランドです。運営元は上海Zedong Garments Co., Ltd.で、2018年には東京・表参道にCuriosityが設計した旗艦店を構えました。彫刻からブランドへと姿を変えていった経緯と、現在まで続く展開をたどります。
一体の彫刻から始まったパンダというキャラクター
HIPANDAの起点にあるのは、ファッションブランドとしての企画ではなく、一人のアーティストが作った彫刻作品でした。上海を拠点に活動するJiJiは、2000年前後に不機嫌そうな表情をしたパンダの彫刻を制作し、2003年から2004年にかけて国際的な展覧会でこの作品を発表しています。ノードルガール(麺を抱えた少女)やダンプリングボーイ(餃子の少年)といった他のキャラクターと並行して生み出された中の一体が、後にブランドの顔となるパンダでした。
このパンダは愛らしい観光地マスコットのようなキャラクターとは一線を画し、目つきの悪い、どこか反抗的な表情を与えられている点が特徴です。JiJiはこの表情について、1980年代以降に生まれた中国の若い世代が抱く、クールで冷めていながらもファッションに強くこだわる気分を映し出したものだと語っています。パンダという誰もが知る中国の象徴的な動物に、当時の若者文化らしい皮肉っぽさを重ねた点が、後の展開を考えるうえで見逃せないところです。
HIPANDAの起点にあるのは、ファッションブランドとしての企画ではなく、一人のアーティストが作った彫刻作品でした。
なぜ「パンダ」が選ばれたのか
JiJiは当初、複数のキャラクターを並行して手がけていましたが、最終的にパンダを主役として押し出す決断をしています。その理由として本人が挙げているのが、パンダが中国を象徴する動物であるという単純明快な事実でした。海外の観客に対して「これは中国発のアートだ」と一目で伝える記号として、パンダほど強力なモチーフは他になかったと言えるでしょう。
同時にJiJiの作風には、アンディ・ウォーホルに代表されるポップアートや、1970年代から1980年代のロック・カルチャーからの影響も色濃く表れています。伝統的な中国のモチーフであるパンダを、鮮やかな色使いと反骨的な表情で再構築するという手法は、東洋の伝統と西洋のストリートカルチャーを一つのキャラクターの中で衝突させる試みだったと捉えることができます。この二重性こそが、後に西洋のファッション業界の関係者の目に留まる下地になりました。
2008年、V&A「China Design Now」という転機
JiJiのパンダが世界的な注目を集める最大の転機となったのが、2008年にロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された企画展「China Design Now」です。この展覧会は、北京・上海・深圳という急成長する3都市を軸に、建築からファッション、グラフィックデザイン、映画、写真、プロダクトデザイン、若者文化、デジタルメディアまでを横断的に紹介するもので、英国で中国の現代デザインを本格的に扱った初の大規模展として位置づけられています。JiJiはこの展覧会に招かれ、中国を象徴する動物としてパンダを選んだ経緯を自ら語りながら作品を出展しました。
当時は世界的な経済危機の直後で、西洋のファッション業界では目新しいビジュアル素材が不足していたとも言われています。そうした状況の中で登場した、皮肉っぽい表情のパンダというビジュアルは、業界関係者の間で強い印象を残しました。権威ある博物館での展示という後ろ盾が、単なる若手アーティストの作品を、国際的なファッションビジネスの土俵に押し上げる大きな一歩になったと言えるでしょう。実際にこのシリーズの彫刻の一部は、その後もV&Aの収蔵品として保管が続けられています。
「China Design Now」は、英国において中国の現代デザインを本格的に紹介した最初の大規模企画展という位置づけもあり、展覧会そのものへの注目度が高かった点も見逃せません。建築やプロダクトデザインと並んで、若者文化やストリートファッションが正式な展示対象として扱われたことは、当時の中国発カルチャーが単なる下請け生産地のイメージから、独自の創造力を持つ発信地へと評価を変えていく過程の一部だったと言えます。JiJiのパンダは、この大きな文脈の中でひときわ異彩を放つ存在として位置づけられました。
作り手JiJiという人物
JiJiは本名を公にせず、この一名だけで活動を続けているアーティストです。2011年の中国メディアの報道によれば、1994年に上海交通大学で工業デザインの学位を取得したとされ、同記事が掲載された時点で39歳だったと紹介されています。工業デザインという実務的な分野を経てから、ファッションやアートの世界に軸足を移していった経歴は、HIPANDAの彫刻的なフォルムや構造への意識にもつながっているのかもしれません。
一方で海外の一部のメディアでは、上海の美術学校で学んだのちに工業デザインへ転じたと紹介されるなど、経歴の細部については情報源によって書きぶりに差があります。本名も生年も公式には明かされていないため、この記事では複数の情報源に共通する骨格、すなわち上海を拠点に工業デザインの素養を持つアーティストとして活動を始め、独自のキャラクターを育て上げてきたという点を軸に紹介しています。
JiJiという活動名を貫き、本名を前面に出さないスタンスは、ブランドという匿名的な器にキャラクターの人格を託すストリートウェアの作法とも通じるところがあります。作り手個人のプロフィールよりも、パンダという記号そのものを主役に据えることで、ブランドの世界観が特定の個人史に縛られず、より広い解釈の余地を持つ状態に保たれてきたとも考えられます。この距離の取り方は、後にブランド運営が上海Zedong Garments Co., Ltd.という企業体へと引き継がれていく過程とも自然に馴染むものだったのではないでしょうか。
上海Zedong Garments Co., Ltd.によるブランド化
V&Aでの展示から間もない2008年前後、JiJiのパンダはアート作品の枠を出て、正式なファッションブランドとして展開されるようになります。運営を担ったのが上海Zedong Garments Co., Ltd.で、上海に1号店を構えたのを皮切りに、パンダのロゴを軸にしたアパレルやグッズの展開が本格化していきました。中国メディアの報道では2009年に正式にブランドとしてローンチしたと紹介されることもあり、彫刻から量産品へと姿を変えていく過程には、複数年にまたがる助走期間があったことがうかがえます。
ブランド化された後の成長速度は際立っていました。店舗数は年ごとにほぼ倍増するペースで拡大したと報じられており、2011年時点では中国国内に約50店舗、欧州に43店舗という展開規模に達し、同年中に合計100店舗へ届くことを目標に掲げていたと伝えられています。パリのシタディウムやギャラリー・ラファイエット、ボン・マルシェ、ロンドンのハーヴィー・ニコルズといった有力百貨店やセレクトショップへの導入も進み、アート発のキャラクターグッズという枠を超えたビジネス規模へと育っていきました。
成長は2011年以降も続いたとみられ、2019年時点の中国メディアの報道では、中国国内だけで直営店やカウンターを含め220店舗を超える規模まで拡大し、年40パーセントというペースでのさらなる出店拡大を計画していたと紹介されています。2011年の欧州展開に始まった拡大路線が、その後は中国国内の百貨店やショッピングモールへの多店舗展開という形で継続していったことがうかがえます。運営元である上海Zedong Garments Co., Ltd.は、パンダというキャラクター一つを軸に、アパレルだけでなく雑貨や店舗体験まで含めた総合的なブランドビジネスへと事業領域を広げていきました。
欧州展開を後押ししたもう一つの縁
この欧州展開において見逃せないのが、LVMHグループの会長兼CEOであるベルナール・アルノーの息子、アントワーヌ・アルノーとの関わりです。アントワーヌ・アルノーはこのパンダに強い関心を寄せた一人とされ、欧州事業の共同出資者としてブランドの後押しに関わったと報じられています。パリのパレ・ド・トウキョウで開かれたJiJiの彫刻展のプレビューが、アントワーヌ・アルノーの主催で開かれたという記録も残っており、中国発のストリートキャラクターが、欧州のラグジュアリー業界の内側にまで人脈を広げていった様子がうかがえます。
ラグジュアリーの中枢に近い人物からの支持は、単なる話題性にとどまらず、欧州の百貨店網への具体的な導入交渉においても大きな追い風になったと考えられます。中国という文化的背景を持つキャラクターが、現地の若者文化の記号としてだけでなく、欧州のファッションビジネスの文脈の中でも受け入れられていった過程は、HIPANDAという事例の特異な点だと言えるでしょう。
代表的なアイテム
HIPANDAを象徴するアイテムの筆頭に挙げられるのが、大きくプリントされたパンダのグラフィックを胸元や背面に配したフーディーです。オーバーサイズのシルエットと太めのドローコードが特徴で、ストリートウェアらしいラフな着崩しを前提にした作りになっています。
Tシャツも定番のアイテムとして数多く展開されてきました。目つきの悪いパンダの顔を大胆に配置したものから、パンダのシルエットをロゴマークのように小さくあしらったものまで、グラフィックの強弱にバリエーションがあるのが特徴です。
キャップやビーニーといった小物にもパンダのモチーフが用いられており、初めてこのブランドに触れる人にも取り入れやすいワンポイントのアイテム群になっています。
アウターではスウェットやジップアップパーカーといった中間着も豊富に展開されており、シーズンを問わずグラフィックの主張を楽しめるラインナップになっています。裏起毛素材を使ったモデルは、日本の秋冬シーズンでも一枚で着こなせる保温性を備えている点が支持されてきました。
東京・表参道、Curiosityが手がけた旗艦店
HIPANDAの国際展開の中でも大きな節目となったのが、2018年から2019年にかけて東京・表参道に開業した日本初の路面旗艦店です。設計を手がけたのは東京を拠点とするデザイン事務所Curiosityで、ビジュアルデザインスタジオWOWとの協業によって、388平方メートルの空間にデジタルとアナログを行き来する体験が組み込まれました。店頭でQRコードを読み込むと、専用アプリを通じてスマートフォン越しに巨大なパンダのロゴが動き出すという仕掛けや、拡張現実(AR)技術を用いた「ゴーストハウス」の演出は、単なる物販店を超えたインスタレーションとして各所で紹介されています。
出店場所として選ばれたのが、表参道・原宿という日本のストリートカルチャーの中心地であった点も象徴的です。中国発のキャラクタービジネスが、日本の若者文化の聖地とも言える場所に路面店を構えたことは、HIPANDAが一過性のブームではなく、長期的なブランド展開を志向していたことの表れだと言えるでしょう。この旗艦店の存在は、日本国内でHIPANDAの知名度を押し上げる大きな役割を果たしました。
その後もHIPANDAは日本国内での発信を続けており、2023年にはAR技術を組み込んだ専用アプリ「HIPANDA NOW」を公開するなど、店舗体験とデジタル技術を組み合わせる姿勢を継続しています。2025年にはブランド名の商標登録も更新され、権利の有効期限は2035年まで確保されたことが確認できます。表参道の旗艦店開業から現在に至るまで、日本国内向けの公式オンラインストアやSNSアカウントも稼働を続けており、東京を一つの拠点として活動が継続しているとみられます。
Hi PandaからHIPANDAへ、呼び名の変遷と実像
この記事のテーマであるブランドは、時期やメディアによって「Hi Panda」と2語で表記されたり、「HIPANDA」と1語で表記されたりしてきました。2009年から2011年頃の欧米メディアの報道では「Hi Panda」という2語表記が主に使われており、東京の旗艦店開業以降は「HIPANDA」という1語表記が公式サイトやSNSでも一貫して使われています。表記のゆれはあるものの、いずれもJiJiが生み出したパンダのキャラクターを起点とし、上海Zedong Garments Co., Ltd.が運営してきた同一の系譜のブランドであり、名称が変化しただけで別のブランドに切り替わったわけではありません。
なお、パンダをモチーフにした中国発ブランドやグッズ店は他にも複数存在するため、検索する際には「JiJi」というアーティスト名や、東京・表参道の旗艦店といった固有の情報と組み合わせると、目的のブランドにたどり着きやすくなります。中古品を探す際にも、この表記のゆれを踏まえて両方のつづりで検索してみることを、あわせておすすめしておきます。
HIPANDAが似合う人、コーディネートのヒント
HIPANDAのアイテムは、目を引くグラフィックとオーバーサイズのシルエットが軸になっているため、他のアイテムはあえてシンプルにまとめるのが着こなしの基本になります。フーディーやTシャツを主役にする場合は、ボトムスをブラックやグレーの無地でまとめ、パンダのグラフィックだけが視線を集めるように整えると、全体としてまとまりのある印象になります。
キャップやビーニーといった小物から取り入れる場合は、シンプルなセットアップやアウターに合わせることで、ワンポイントとしての効果が引き立ちます。派手なグラフィックを恐れず主役に据える着こなしと、小物だけでさりげなく取り入れる着こなしの両方が成立するのが、このブランドの懐の深さだと言えるでしょう。ストリートウェア初心者にとっても、まずは小物から試しやすいブランドの一つです。
中古でHIPANDAを選ぶときのポイント
HIPANDAは日本国内の旗艦店やオンラインストアでの正規流通に加え、フリマアプリや海外の古着プラットフォームでも見つけることができます。中古で選ぶ際にまず確認したいのが、タグに記載されたブランドロゴの表記です。時期によって「Hi Panda」と2語で書かれたタグと、「HIPANDA」と1語で書かれたタグの両方が流通しているため、どちらの表記であっても同じ系譜のブランドであることを念頭に置いて探すとよいでしょう。
グラフィックの強いアイテムはプリントの劣化やひび割れが状態を大きく左右するため、写真でプリント面の状態をよく確認することをおすすめします。オーバーサイズを前提にしたシルエットのアイテムが多いため、採寸情報を確認したうえで、普段のサイズよりも一段階小さめを選ぶという選択肢も検討する価値があります。旗艦店の開業から日が浅い分、日本国内での流通量はまだ限られていますが、その分だけ見つけたときの満足感も大きいブランドだと言えます。
よくある疑問
HIPANDAはどこの国のブランドなのかという質問をよく見かけますが、中国・上海を拠点に活動するアーティストJiJiが手がけたパンダのキャラクターを起点に、上海Zedong Garments Co., Ltd.が展開してきた中国発のストリートウェアブランドです。2008年のヴィクトリア&アルバート博物館での展示をきっかけに国際的な知名度を獲得し、欧州展開を経て2018年には東京・表参道に旗艦店を構えました。
「Hi Panda」と「HIPANDA」は別のブランドなのかという疑問についても触れておきます。結論から言えば同じ系譜の一つのブランドで、2009年前後の欧米展開期には2語表記が主に使われ、東京旗艦店の開業以降は1語表記に統一されています。表記が変わっただけで、運営元やキャラクターの出自が入れ替わったわけではありません。
創業年がはっきりしないのはなぜかという点も気になるところでしょう。パンダの彫刻自体は2000年前後に制作され、2008年のV&A展示を経て、ブランドとしての本格展開は2008年から2009年にかけて段階的に進んだと報じられています。アート作品からアパレルブランドへの移行が数年がかりで進んだため、単一の創業年を明確に一つに絞りにくいという事情があります。
今も店舗は営業しているのかという質問についても答えておきます。東京の旗艦店は現在も運営が続いており、公式のオンラインストアやSNSアカウントも稼働している状況が確認できます。中国国内での店舗展開も、2019年時点で200店舗を超える規模まで拡大していたと報じられており、日本国内での流通量は限られるものの、ブランドとしての活動は継続しているとみられます。
他のパンダモチーフのブランドとの違いを聞かれることもあります。中国にはパンダをモチーフにしたグッズブランドや雑貨店が他にも存在しますが、HIPANDAの特徴は、単なる可愛らしいマスコットではなく、反抗的な表情を与えられたキャラクターであるという点、そしてアーティストJiJiの個人的な作家性が色濃く反映されている点です。V&Aという美術館の文脈と、東京・表参道という日本のストリートカルチャーの文脈の両方を経由してきたブランドである点も、他のパンダモチーフの雑貨ブランドとは一線を画しています。
アントワーヌ・アルノーとの関わりはどこまで事実なのかという質問も見かけます。パリのパレ・ド・トウキョウで開かれたJiJiの彫刻展のプレビューがアントワーヌ・アルノーの主催で開かれたことや、同氏が欧州事業の共同出資者としてブランドを後押ししたことは、当時の複数の報道で確認できます。ただしLVMHという企業グループ自体がHIPANDAを買収したり公式に運営に関わったりしているわけではなく、あくまでアントワーヌ・アルノー個人の関与として理解しておくのが正確でしょう。
まとめ、上海から世界を巡ったパンダ
HIPANDAは、上海のアーティストJiJiが2000年前後に手がけた一体の彫刻から始まり、2008年のヴィクトリア&アルバート博物館での展示を経て、上海Zedong Garments Co., Ltd.のもとで本格的なアパレルブランドへと育っていった、珍しい成り立ちを持つブランドです。中国国内での急速な店舗拡大と、アントワーヌ・アルノーの後押しを受けた欧州展開、そして2018年に開業した東京・表参道の旗艦店という三つの舞台を経て、現在の姿にたどり着いています。
「Hi Panda」と「HIPANDA」という表記のゆれの背景には、アート作品から量産ブランドへ、そして欧州から日本へと活動の軸足を移してきた歴史が刻まれています。目つきの悪いパンダというシンプルなモチーフの奥に、上海発のアートが世界を巡ってきた15年以上の道のりがあると考えると、一枚のグラフィックTシャツを手に取る楽しみ方も少し変わってくるのではないでしょうか。中古で出会う機会は多くありませんが、見つけたときにはこの成り立ちを思い出しながら、じっくりと選んでみてください。










