PERFUME

Bois 1920 — フィレンツェ発・1920年代のロマンを香りで再現

Bois 1920 — フィレンツェ発・1920年代のロマンを香りで再現

フィレンツェ。ルネサンスの石畳と、アルノ川を渡る夕風。Bois 1920(ボワ・ミルヌフサンヴァン)は、その街で1920年代の空気を香りに翻訳しつづける家族経営のメゾンです。創業者一族はもともと19世紀末から香水素材の蒸留を生業としており、現当主Enzo Galardiの代になって「Bois 1920」というブランド名を打ち立てました。名前にある「1920」は、第一次大戦の傷が癒え、人々が再び音楽と恋とダンスホールに戻ってきた年代への憧憬。重厚なオリエンタルとも、流行のジェンダーレスとも違う、陽だまりのようなイタリアの記憶——それが、このメゾンが一貫して描きつづけている主題です。

Bois 1920 と Enzo Galardi — 家族経営の系譜

Bois 1920を理解するには、まずGalardi(ガラルディ)家の系譜を辿る必要があります。一族はもともとトスカーナ地方で香料蒸留に携わっており、19世紀末から20世紀初頭にかけて、地元教会や貴族のためにエッセンスを供給していたと伝えられています。第一次大戦後、家業は一時縮小しますが、戦後の経済成長とともに再び香料事業を拡大。現在のブランドの直接の祖となる工房がフィレンツェ近郊に整備されたのは、20世紀後半に入ってからのことです。

現当主のEnzo Galardiは、その家業を継ぎながら、1990年代後半から2000年代初頭にかけて「Bois 1920」の名でフレグランスラインを本格化させました。彼の方針は明快で、流行を追わず、家族の記憶と地元の素材を起点に香りを組み立てるというもの。ベルガモットやネロリ、シプレ素材、地中海性のハーブなど、トスカーナと南イタリアの地理に直結する原料が、コレクションの背骨を成しています。

家族経営のメゾンが世界各国で支持される理由は、この一貫性にあります。ロット差はあっても香りの「人格」がブレない。それは、調香を外部のクリエイティブディレクターに完全委託せず、Galardi家自身がコンセプトと素材選定に踏み込んでいるからです。ニッチフレグランスの分野でProfumum Romaがローマの夜を、Carthusiaがカプリの空を描くとすれば、Bois 1920が描いているのはフィレンツェの昼下がりです。同じイタリアでも、街によって光の質が違うことを、これらのメゾンを並べて嗅ぐと実感できます。

流通についても触れておく必要があります。Bois 1920は世界中の選定セレクトショップとオンライン専門店を経由して販売されており、量販店や免税店の主流ラインからは外れた位置にあります。これは意図的な選択で、ブランド側がパッケージや陳列に過剰なコストをかけず、その分を香水の中身に回す方針を取っているためです。日本でもニッチフレグランス専門店や百貨店の一部コーナーで取扱いがありますが、店舗数は限定的で、現地で試香できる機会は決して多くありません。だからこそ、ボトルを手にしたときの「巡り会えた」感覚が、このメゾンの体験の一部を形成しています。

もうひとつ特徴的なのは、コレクション内に「ジェンダーニュートラル」を当然の前提とする香りが多いことです。1920年代のヨーロッパは、女性が髪を切り、煙草を吸い、ジャズに合わせて踊りはじめた時代。当時の自由な気分そのものを再現しようとすれば、男女どちらかに偏った香りには行きづらい。Bois 1920の「男性向け」「女性向け」というラベリングが緩やかなのは、ブランドの哲学そのものに由来しています。

名前にある「1920」は、第一次大戦の傷が癒え、人々が再び音楽と恋とダンスホールに戻ってきた年代への憧憬。

1920年代イタリアの記憶 — 名前の由来

「Bois 1920」という名前は、フランス語の「bois(森・木材)」と、年代を示す「1920」の組み合わせ。直訳すれば「1920年の森」「1920年代の木」となります。なぜフランス語かといえば、20世紀前半の調香業界では、香水産業の中心地であったグラース(フランス南部)の語彙がそのまま国際的な共通語として通用しており、イタリアの工房であってもフランス語のブランド名を採用するのが一般的でした。

1920年代のイタリアは、ファシズム台頭の前夜であると同時に、フィアットやアルファロメオが大衆化し、ラジオが家庭に入り、映画が娯楽の王者となった時代でもあります。フィレンツェやミラノの上流階級は、フランスから流れてきたシャネルのスーツに袖を通し、ジャズに合わせて踊り、夜更けにグラッパを傾けていた。Bois 1920のコレクション全体には、その「軽やかな成熟」とでも呼ぶべき空気が通底しています。

これは、同時代のフランス香水が描いた1920年代——シャネルNo.5に代表される、抽象的でモダンな貴婦人像——とは少し違います。イタリアの1920年代は、もっと地中海的で、もっと食卓に近い。ベルガモットの皮を爪で剥いたときの香り、地元のロザリオショップに漂う乳香、夏の終わりに摘んだフィグの葉。Bois 1920はそうした「具体的な記憶」を香水のかたちに残そうとしているメゾンです。

このアプローチは、自分のシグネチャーセントを探している人にとって示唆的です。流行のジャンル分け(ウッディ・オリエンタル、フゼア、シプレ)で香りを選ぶのではなく、「自分にとって懐かしい風景は何か」を起点に選ぶと、Bois 1920のラインナップはぐっと身近に感じられるはずです。

もう一点、ボトルデザインにも注目しておきたい。Bois 1920のボトルは黒い厚手のガラスを基調とし、銀色のキャップとシンプルな書体のロゴで統一されています。1920年代のアールデコ建築や、当時の高級リキュールのボトルを連想させる落ち着いた佇まいで、流行のクリアボトルや過剰な装飾とは距離を置いています。これも、メゾンが時代を超えるものを作ろうとしている姿勢の表れです。

メンズ代表 — Sushi Imperiale / Nostalgia / 1920 Extreme

Bois 1920のメンズ寄り(とされる)コレクションの中で、編集部が特に推したいのが次の三本です。いずれもユニセックスとして十分に成立しますが、伝統的なメンズフレグランスの作法を踏まえつつ独自の輪郭を持っており、香水入門者から経験者まで幅広く対応します。

まずSushi Imperiale。名前のとおり「寿司」をモチーフにしていますが、魚介系の香りではありません。日本の食文化に触れたEnzo Galardiが、寿司を口に運ぶ前に立ちのぼる「ご飯の湯気、わさび、生姜、そして奥にある木のカウンター」の総体を、地中海的な解像度で再構成した一本です。スパイスとマンダリン、シダーが交差するトップが鮮烈で、ドライダウンではバニラとアンバーがゆっくりと支配権を握ります。和食を口実にした、極めてイタリア的な瞑想。

続いてNostalgia。名前どおり「郷愁」を主題にした一本で、ガソリンの匂いをトップに据えるという挑戦的な構成を持ちます。といっても、いわゆる「給油所の匂い」をそのまま再現しているわけではなく、戦後イタリアでFiat 500やVespaが街を走り出した頃の空気——機械油、革のシート、太陽で温まったメタル——を全体としてとらえようとしている。レザーノートに支えられたウッディの骨格に、レトロな自動車雑誌を捲ったときの紙の匂いまで重なってくるような奥行きがあります。

そして1920 Extreme。ブランド名を冠したシリーズの「強化版」という位置づけで、よりウッディかつスパイシーに振り切った構成です。サフラン、ナツメグ、シダーウッド、ウードに近い深いベース。スーツに合わせる夜のフレグランスとして完成度が高く、ビジネスでもプライベートでも振れ幅広く使えます。Sushi Imperialeが瞑想なら、1920 Extremeは確信。

この三本を並べて嗅ぐと、Bois 1920というメゾンの「振れ幅」がよく見えてきます。和、戦後イタリア、現代の夜——いずれも具体的な情景を持ちながら、香水としては明確に同じ家のものとして繋がっている。これがGalardi家の調香哲学です。

単体素材作 — Real Patchouli / Sandalo e the

Bois 1920には、ひとつの素材を主題にした「単体素材作」のラインがあります。複雑なアコードを組まず、ある素材の本質に集中することで、香水の構造そのものを楽しんでもらおうという企図です。

その代表がReal Patchouli。パチョリは1960年代のヒッピー文化と結びつきが強く、若い世代にはやや「重たい」「土臭い」というイメージで語られがちな素材ですが、本作はそうした先入観を一度引き剥がします。インドネシア産のパチョリ油を中心に据えながら、ローズやサンダルウッドで輪郭を整え、ドライダウンでは温度と湿度のある「植物の体温」のような香りに着地します。一本でシグネチャーになりうる、極めて完成度の高いパチョリです。

もう一本のSandalo e the(サンダルウッドと茶)は、その名のとおり白檀と茶葉の対話。インド産のサンダルウッドの乳白色の甘さと、緑茶あるいは紅茶を思わせる渋みが交互に立ち上がる、極めて静かな一本です。サンダルウッド単体だと甘くなりすぎる、茶単体だと立ち上がりが弱い——その両方の弱点をお互いが補い合うように設計されており、Bois 1920の調香姿勢が最もよく表れた一本ともいえます。仕事中や読書中、就寝前のように、香水で「自分の集中を遮らない」シーンに向きます。

単体素材作は、香水の「地」を知るのに向いています。複雑にブレンドされた香りばかり試していると、自分が何に惹かれているのかが見えにくくなる。Real PatchouliとSandalo e theは、その「地」に立ち戻るための定点観測器のような役割を果たしてくれます。

フローラル — Vento di Fiori

女性寄り(とされる)コレクションの中から、編集部はVento di Fiori(花の風)を推します。直訳すれば「花々の風」。トスカーナの春、丘陵地に咲くワイルドフラワーが風に揺れる情景を主題にした一本です。

ローズ、ジャスミン、スズランといった古典的なフローラルを起点にしながら、トップにシトラスを軽く乗せ、ベースにはホワイトムスクと微量のウッディを敷いています。重要なのは、これが「フローラルブーケ」として整然と並ぶのではなく、「風で混ざりあった結果としての花畑の香り」になっていること。名前のとおり、香りの方向が定まらない揺らぎがあり、それが心地よさにつながります。

ジェンダーニュートラルに振っているBois 1920の中でも、本作は比較的「華やか」な部類に入りますが、それでも甘すぎず、軽すぎず、日中から夕方への移行にちょうど良い重量感です。春から初夏の通勤や、屋外でのカジュアルな会食に合わせやすい一本。Bois 1920の他のフローラル系作品と並べて試香すると、Vento di Fioriが最も「屋外向き」に設計されていることが分かります。

編集部の見立て

Bois 1920は、流行のニッチメゾンと比べると派手なマーケティングをしないため、店頭で「これは何のブランドですか」と尋ねられることが多い存在です。しかし、Sushi Imperialeのような独創的なコンセプト作と、Real Patchouliのような端正な単体素材作の両方を、家族経営の小規模工房で長年生産しつづけている事実そのものが、このメゾンの実力を物語っています。

編集部から最初の一本を提案するなら、季節と気分で分けるのが分かりやすい。秋冬の夜なら1920 Extreme、春の通勤ならVento di Fiori、自宅で集中したい時間ならSandalo e the。Nostalgiaは旅と相性が良く、Sushi Imperialeは特別な食事の前に。Real Patchouliはシグネチャーセントを探している人に試してほしい一本です。

試香の順序にもひとつ提案を。Bois 1920を初めて手に取るなら、まずReal PatchouliかSandalo e theから入って、ブランドの「素材の扱い方」に慣れることをおすすめします。そのうえでSushi ImperialeやNostalgiaのようなコンセプト作に進むと、なぜGalardi家がそれぞれの素材を選んだのかが立体的に見えてきます。香水は瞬発的に「好き嫌い」を決められる嗜好品ですが、メゾン単位で文脈ごと楽しむと、一本の値段以上の体験が手元に残ります。フィレンツェからの便りとして、いずれの一本も、流行に染まらない「自分の時間」をそっと支えてくれるはずです。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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