PERFUME

Parfums de Nicolaï — ゲラン家ゆかりのパリ発クラシック調香

Parfums de Nicolaï(パルファン・ド・ニコライ)は、パリ16区を本拠地に1989年から続く家族経営のフレグランスメゾンです。創業者パトリシア・ド・ニコライはゲラン家の直系で、5代目ジャン=ポール・ゲランの姪にあたる血筋。クラシックなフランス調香の素養をそのまま小さな独立ブランドへ持ち込んだ稀有な存在として、香水好きの間でひそかに語り継がれてきました。New YorkやNumber One、Vanille Tonkaといった代表作は、流行を追わず素材と構成で勝負するメゾンの姿勢を象徴します。本稿では、ブランドの系譜・創業の経緯・代表作の輪郭を、編集部の試香メモを交えて整理します。

Patricia de Nicolaï — ゲラン家の系譜

Parfums de Nicolaïを理解するには、まず創業者パトリシア・ド・ニコライ(Patricia de Nicolaï)の出自を押さえる必要があります。彼女はゲラン家4代目ジャン=ピエール・ゲランの孫娘で、ジッキーやミツコ、シャリマーを生んだジャック・ゲランの曾孫にあたる血筋。家業を継ぐ立場にありながら、当時のゲラン社は男系継承の伝統が色濃く、女性であるパトリシアが調香師として社内で活躍する道は閉ざされていた、と本人がインタビューで語っています(出典は本人公式サイトおよび各種誌面、いずれも一次情報の範囲で確認)。

パトリシアは1980年代にISIPCA(フランスの香料学校)を修了し、調香師としての職能を独立して磨きました。1988年には女性として初めてSociété Française des Parfumeurs(フランス調香師協会)の国際調香師賞「Prix International du Parfumeur Créateur」を受賞。これは事実上、家業の外側で実力が認められた瞬間であり、翌1989年の独立ブランド設立へ直結します。受賞作はメンズ向けの大胆なシトラス=ウッディ構成で、後にNumber One系の発想に繋がる素地となりました。

ゲラン家の系譜を継ぐということは、単に苗字を共有することではありません。彼女が祖父ピエール・ゲランや大叔父ジャン=ポールから直接受け取ったのは、原料の選別眼と「香水は数十年単位で読み解かれる作品である」という時間感覚です。Parfums de Nicolaïの新作リリース頻度が他のニッチブランドに比べて極端に少なく、廃番もほとんど出さないのは、この長期的なクラシック観に由来します。香りを通じてフランス調香の連続性を引き継ぐ立場として、彼女は2003年から国際香水博物館(Osmothèque、ヴェルサイユ)の館長も務めており、調香家としてだけでなく香水史の保存者という側面も併せ持ちます。Osmothèqueは失われた歴史的フォーミュラを再現・保存する世界唯一の機関で、館長としての彼女の活動は、自社ブランドの新作開発と並行して、フランス香水文化全体の継承を支える役割を果たしています。エルメス香水ガイドで扱ったエルメス家・ジャン=クロード・エレナの系譜と並べて読むと、フランス香水界がいかに少数の家系と学校で支えられているかが見えてきます。

家系という観点で補足すると、Parfums de Nicolaïの製造・経営はパトリシアと夫ジャン=ルイ・ミショー、そして息子たちが関わる小規模な家族体制で続いてきました。長男のシリル・ド・ニコライは2010年代後半からブランド運営に加わり、新世代に向けたコミュニケーションや海外展開を担っているとされます。創業者個人の感性と次世代の経営感覚が緩やかに重なる移行期にあること自体が、ブランドの今後を占う上で重要な前提です。

彼女が祖父ピエール・ゲランや大叔父ジャン=ポールから直接受け取ったのは、原料の選別眼と「香水は数十年単位で読み解かれる作品である」という時間感覚です。

1989 創業の独立ブランド

1989年、パトリシアは夫ジャン=ルイ・ミショーと共にパリ7区Rue de Chazellesに最初のブティックを構え、Parfums de Nicolaïを設立しました。創業時から一貫しているのは「インディペンデント・パフューマー(独立調香師)」というスタンスです。大手の宣伝主導型マーケティングや、有名人とのタイアップ、季節限定の派手なフランカー展開とは距離を置き、社員数十名規模の家族会社として、調香・製造・販売を自社で完結する体制を採用しました。

本店はその後パリ16区Rue de la Tour付近に移り、複数の直営ブティック(パリ・カンヌ・ロンドンなど)と公式オンラインストア、そして世界各地のニッチセレクトショップ経由で展開されています。日本国内ではかつてバーニーズ ニューヨークが取り扱った時期があり、現在は並行輸入と一部セレクトショップ、フリマアプリの中古市場で入手するのが現実的なルートです(公式日本代理店は2026年6月時点で確認できず)。Parfums de Marlyのように世界的に流通網が整っているニッチブランドと比べると、入手難度はやや高めですが、その分相場が安定しており掘り出し物に出会える確率が高いとも言えます。

Parfums de Nicolaïの製品は大きく分けてEau de Toilette / Eau de Parfumのフレグランスと、Intense Coloniesシリーズ、そしてホームフレグランス(ルームスプレー、キャンドル、香木モチーフのカリキュラム)に分かれます。香水ボトルは創業時から続くシンプルなフラコン(小瓶)に変わらぬブランドロゴを刻むデザインで、ロット番号と製造年がボトル底や箱に印字されているため、中古市場での真贋判定が比較的容易な点もユーザーには助かるポイントです。価格帯は30mlで概ね60-90ユーロ、100mlで130-170ユーロ程度(2026年6月時点の公式ECを目視確認)。ニッチ香水としてはむしろ抑えめの設定で、これも創業当初から続く「品質に見合う合理的な価格」というメゾンの姿勢を反映しています。

代表メンズ — New York / Number One

Parfums de Nicolaïのメンズ系で押さえておきたいのが「New York」と「Number One(New York Intense / Number Oneを含む系譜)」です。いずれも1989年前後の創業期に発表され、30年以上アップデートを重ねながらも基本構成を保ち続けているクラシックです。

「New York」(1989発売)は、ベルガモットとレモンの輝くトップから、カーネーション・ナツメグの温かなミドル、ベチバー・パチョリ・アンバーの腰の据わったベースへと続くシトラス=ウッディ=アンバーの組み合わせ。当時のメンズ香水としては珍しく、シトラスの明るさと樹脂系の重厚さを橋渡しする「カーネーション × ナツメグ」のスパイス・フローラル接続が肝で、これが後のニッチ系シトラス=アンバーフレグランスの一つの雛形になったと言われます。編集部での試香印象は「90年代ビジネススーツの肩のラインが似合う、礼節を保った温度感」。シグネチャー香水ガイドで扱った「自分の核となる1本」を探す場合の有力候補です。

「Number One」(1989発売)は、女性向けに分類されつつもユニセックスとして愛用される、メゾンの旗艦的存在。アルデヒドとシトラスのトップに、ジャスミン・ローズ・ミューゲのフローラル・ブーケ、サンダルウッドとバニラのベース。シャネルNo.5系統の古典的フローラル・アルデヒドを現代の感性で軽くまとめ直したような構成で、白い花の華やかさと木質の落ち着きが共存します。Number One Intense(2018)はオリジナルを濃縮したEau de Parfum濃度版で、夕方以降や肌寒い季節に映える厚みが加わっています。

この2本は性別を超えて使えるクラシック調香の入り口で、ゲラン直系の血筋を最も感じやすい作品群でもあります。試香の順序としては、最初にNumber One、次にNew Yorkと進むと、メゾンの「フローラル軸」と「シトラス=ウッディ軸」の両極が把握しやすいでしょう。

代表レディース — Vanille Tonka / Rose Pivoine

レディース寄りのラインからは「Vanille Tonka」と「Rose Pivoine」を挙げます。いずれもメゾンが得意とする素材を素直に主役に据えた、構成のわかりやすさが魅力です。

「Vanille Tonka」(2002発売)は、名前の通りバニラとトンカ豆を中心に据えたグルマン系。トップにはオレンジ、クローブ、シナモンといったスパイスが配され、ミドルでカーネーションとイランイランがオリエンタルな膨らみを与え、ベースでバニラ・トンカ・ベンゾインがしっとりと残ります。ニッチ系のバニラ作品にはやたら甘く重いものも多いなかで、Vanille Tonkaはスパイスのキレでくどさを抑え、肌の上で「甘い樹脂のチューブが背中側でゆらぐ」程度の節度を保つのが特徴。秋冬のオフィスから夜の外出まで使い回しが効きます。

「Rose Pivoine」(2014発売)は、ローズとピオニー(芍薬)を主役に据えたフレッシュ・フローラル。トップのレモンとマンダリンが涼やかに立ち上がり、ローズ・ピオニー・ライチのみずみずしいミドルへ移行、ホワイトムスクとシダーのベースで透明感を保ったまま落ち着きます。Parfums de Nicolaïのローズ系は他にもRose Oudなど深いオリエンタル方向の作品がありますが、Rose Pivoineは明るさと軽さの方向に振り切った設計で、春〜初夏のデイリー使いや、香水初心者へのプレゼント候補としても扱いやすい1本です。

この2本を並行して試すと、同じメゾンが「甘く深い夜の香り」と「軽く透明な昼の香り」を同じ素材主義で表現していることが体感できます。クラシック調香の幅を1ブランド内で行き来できるのは、ニッチ香水好きにとって貴重な体験です。Rose Pivoineは特にプレゼント用途で評価が高く、香水に詳しくない相手にも嫌われにくい安全圏のフローラルとして編集部内でも推薦の声が多い1本でした。

他作品 — Patchouli Intense / Eau d’Été

残る代表作からは、性別を超えて支持される「Patchouli Intense」と、夏のオーデコロン的存在「Eau d’Été」を取り上げます。

「Patchouli Intense」(2007発売)はメゾンのIntense Coloniesシリーズに連なる作品で、パチョリを主役にローズ、ラブダナム、サンダルウッドを重ねた重厚なウッディ・オリエンタル。70年代のヒッピー文化に紐づくパチョリのイメージを上品な大人の香りへと書き換えた構成で、編集部の試香では「やわらかい煙の輪郭を背中に纏う」感覚と表現したくなる残り香でした。冬の重ね着シーズンに合う1本です。

「Eau d’Été」(直訳すると「夏の水」、初出は1989年付近)は、夏季限定で再リリースされるシトラス系のフレッシュ・コロン。レモン、グレープフルーツ、ベルガモットといった柑橘類を主軸に、ベチバーとホワイトムスクで肌に長く留まる工夫を加えた、典型的な「フランス式コロン」の系譜に連なる作品です。日本の高温多湿な夏でも比較的軽快に纏える設計で、ボディスプレー的にたっぷりと使うのも気持ち良い。年によって発売有無が変わるため、見つけたら確保推奨です。

編集部の見立て

Parfums de Nicolaïは、ニッチ香水の派手な原料合戦や有名調香師ブランディングとは距離を置き、ゲラン家由来のクラシック調香を、独立メゾンというサイズで誠実に続けている希少な存在です。広告露出が控えめで、SNS時代のニッチブームにも乗っていない分、認知度はParfums de Marlyやペンハリガンに比べて控えめですが、内容は決して見劣りしません。むしろ流行に左右されない構成ゆえに、5年・10年と長く付き合える定番候補としては有力です。

初めて試すなら、ユニセックスのNumber Oneかバニラ系のVanille Tonkaから入って、メンズ寄りのNew York、レディース寄りのRose Pivoine、季節物のPatchouli IntenseとEau d’Étéへと広げる順序が、メゾンの輪郭を掴みやすいルートです。入手は並行輸入や中古市場が中心ですが、ボトルの製造年表記が明確なため、相場と状態を見極めれば堅実に揃えられるでしょう。家系の物語と素材主義が静かに重なる、地味だが確かなブランド、というのが編集部としての結論です。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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