PERFUME

Etro Perfumes — イタリア発・テキスタイルブランドが作る香水

Etro Perfumes は、イタリア・ミラノを拠点とするテキスタイルブランド Etro が 1989 年に立ち上げた香水部門。ペイズリー柄で知られる織物の感性を、そのまま香りに置き換えたような独特の世界観を持つ。一般的なメゾンフレグランスとは少し異なり、出自はあくまでファブリックメーカー。布の風合いやインテリアの空気感を起点に組み立てられているため、香りの輪郭は柔らかく、トーンはどこか民俗的で温かい。本記事では、ブランドの成り立ちから代表作の輪郭、そして編集部から見た立ち位置までを整理する。

Etro と Gerolamo Etro — 1968 ミラノ、ペイズリーの帝王

Etro の創業は 1968 年。Gerolamo Etro がミラノで立ち上げたテキスタイル工房が出発点で、当初はカシミアや上質なウールなど、ファブリックそのものを手がける小さな会社だった。創業者のセンスを語るうえで欠かせないのが、ペイズリー柄への偏愛である。インド・カシミール地方を発祥とするこの曲線的なモチーフを、Etro はミラノ流の色彩感覚で再解釈し、自社の象徴として磨き上げていった。

1980 年代に入るとブランドはアパレル、バッグ、革小物、ホームコレクションへと領域を広げ、ペイズリーは単なる柄からブランドの「言語」へと格上げされる。ストールやスカーフを羽織れば、それだけでミラノの邸宅の応接室のような空気をまとえる、そんな種類の高揚感が Etro の強みだった。広告ヴィジュアルやブティックの内装にも、東洋的なモチーフと地中海的な色彩が同居しており、ブランドそのものが「旅するイタリア」を体現するような構造になっている。

こうしたバックグラウンドは、後の香水ラインを理解するうえで重要な前提になる。Etro にとって香りは、まず最初にインテリアやファブリックと並ぶ「空間を構成する素材」のひとつであり、ファッションのアクセサリーというよりも、家や旅先で身にまとう道具として位置付けられている。だからこそ Etro の香水は、ピンポイントで主張するというより、生活そのものに溶け込んでいくような佇まいを持つ。

Gerolamo Etro 亡き後、ブランドは家族経営として引き継がれ、現在では Kean、Ippolito、Jacopo、Veronica Etro ら四人の子どもたちがそれぞれの領域を担う構成になっていた時期もある。2021 年に L Catterton 主導で経営権の一部が移ったものの、ファミリーの DNA は今もコレクションの随所に残っており、香水ラインも例外ではない。テキスタイル工房発という出自を強調するように、ブランドのアーカイブには 1970 年代以降のサンプル布、染色レシピ、図案帳が大量に残されており、新作の香水を組み立てる際にも、こうした布のアーカイブから色彩や質感を引いてくる工程が踏まれていると伝えられる。

テキスタイル発祥のメゾンが作る香水という意味では、近接した立ち位置のブランドも参照しておきたい。Acqua di Parma がパルマ発の老舗らしい透明感を武器にしているのに対し、Etro はもう少し布と装飾品寄りの、触覚的な厚みを持つのが個性だ。Acqua di Parma ガイドと比較すると、両ブランドの距離感が掴みやすい。

ストールやスカーフを羽織れば、それだけでミラノの邸宅の応接室のような空気をまとえる、そんな種類の高揚感が Etro の強みだった。

1989 香水部門誕生 — テキスタイルから香りへ

Etro が香水部門を立ち上げたのは 1989 年。当時のヨーロッパでは、デザイナーズフレグランスがマーケットの主役で、シャープなアルデヒドや甘いオリエンタル系の大型ローンチが続いていた。そんな潮流のなかで Etro が選んだのは、流行とは距離を置いたインテリアフレグランスやコロンに近いアプローチである。最初期のラインには、ルームスプレーや香り付きキャンドルと地続きのトワレが並び、布や本、革といった「物」に寄り添う香りが主役だった。

ボトルデザインも特徴的で、シンプルなガラスの肩にペイズリー柄のラベルを巻きつけたものや、文鎮のような重厚なスクエアボトルなど、香水瓶というよりも書斎の小物に近い意匠が多い。実際、Etro のブティックでは香水コーナーがファッションフロアとは独立しており、ホームフレグランスやステーショナリーと並列に展示されることが多かった。香水を「身につける」から「住まいに置く」へ少し寄せる文脈づくりは、後発のニッチ系メゾンへの影響も無視できない。

処方面でも、Etro は早い段階からパチョリ、シダー、ローズ、アンバーといった天然由来感の強い素材を中軸に据える方向に舵を切っていた。90 年代以降のブランドの香水を並べてみると、合成的なクリーン系や強い甘さに振れる作品は少なく、樹脂・木・スパイス・花を素直に積み上げるレシピが多い。Profumum Roma ガイドで扱うようなローマ発の素材主義系メゾンと並べて聴くと、ミラノ発・テキスタイル文脈の Etro が持つ「布越しの素材感」がより際立ってくる。

2000 年代以降は Etro Pegaso ライン(白馬モチーフのトップライン)や Etro Home の拡張、近年では新世代クリエイティブによる再編集も進んでおり、香水部門単体でも 30 本以上のフレグランスが流通している。古典的な定番と新作が緩やかに並走するラインアップは、コレクター視点でも遊びやすいブランドのひとつだ。

代表作 — Magot / Messe de Minuit / Vicolo Fiori

Etro Perfumes の文法を一気に掴むには、定番のなかでも性格の異なる三本を並べて聴いてみるのが早い。ここでは Magot、Messe de Minuit、Vicolo Fiori を軸に整理する。

Etro Magot は、ブランドの東洋趣味をもっとも色濃く表す一本。トップから漂うベルガモットとミントの清涼感の奥に、グリーンティーやパチョリ、シダーの落ち着いた骨格が並ぶ。中華圏で「招き猫」のように愛玩される土人形「マゴット(magot)」から着想を得たとされ、ボトルやパッケージにも東洋的なモチーフが連なる。やや乾いた木とお茶の香りが好きな人にとっては、肩肘張らずに使えるデイリー候補になりやすい。

Etro Messe de Minuit(メス・ド・ミニュイ)は、フランス語で「真夜中のミサ」を意味する一本。冷たい石造りの礼拝堂、古い祈祷書のページ、フランキンセンスやミルラの煙といったイメージが香りに焼き付いている。アルデヒド調の透明感と、古びた紙やインセンスの黄ばんだトーンが共存する独特の輪郭は、初心者にはやや難易度が高いものの、香水好きの間では「ゴシック系インセンス」のリファレンスとして語られることが多い。深夜の図書館や、雨上がりの教会前で纏うと印象が立つ。

Etro Vicolo Fiori(ヴィコロ・フィオーリ)は、イタリア語で「花の小路」を意味する。タイトル通り、ジャスミンやスミレ、フリージアなどフローラルが重なり合うブーケ型の構造だが、ベースに敷かれるシダーやムスクのおかげで甘さは抑えめ。春先のミラノの裏路地で、生花店から漏れ出してくるような、生活感のある花束のニュアンスがある。万人向けの華やかさを担当しつつ、Etro らしい乾いた肌理を残すバランスが上手い。

この三本だけでも、Etro が「ペイズリー柄の織物を香りに翻訳する」というコンセプトをどれだけ多面的に展開しているかが見えてくる。自分の中心軸を一本選ぶ際の参考として、シグネチャーセント選びのガイドと併読すると、Etro の中での序列を組み立てやすい。

素材主義 — Patchouly / Ambra

Etro のラインアップを通読すると、特定の素材をブランド名のように冠した作品群が目に入る。Patchouly、Ambra、Vetiver、Galatea あたりがその代表で、香料そのものをタイトルに据えることで、「Etro が考えるこの素材像」を提示する作りになっている。ここでは Patchouly と Ambra の二本を取り上げる。

Etro Patchouly は、その名の通りパチョリを主役に据えた一本だが、いわゆる 70 年代ヒッピー風の重く粘るパチョリではなく、整えられた書斎机のような落ち着いたパチョリ像を提案する。ベチバーやシダーが脇を固め、トップには軽いシトラスとローズが添えられているため、過度に土っぽくならず、シャツやセーターにそっと残るような着地になる。ユニセックスで楽しめる「Etro 入門」としてもよく挙げられる定番だ。

Etro Ambra は、樹脂系のアンバーを中心に据えながら、Etro らしくスパイスとパウダリーな花を編み込んだ構成。ベンゾインやラブダナム、トンカといった甘く粘度のある素材を主軸にしつつ、シナモンやカルダモンが角を立て、最後にバニラとサンダルウッドで丸めていく。重厚なオリエンタル系というよりは、ペイズリー柄のショールに焚き染められたお香のような、布越しのアンバーに近い。冬場のニットやコートとの相性が良く、長時間の余韻も期待できる。

素材名を冠した作品群を聴いていくと、Etro が「素材の真ん中の像」を狙っているのか、「自社流の編集を強く効かせている」のかが分かってくる。Patchouly と Ambra はどちらかと言えば後者で、純粋な単体素材の博物学的紹介というよりも、布や家具と共存する Etro の世界観に素材を引き寄せた仕上がりになっている。

旅情系 — Rajasthan

Etro が得意とする旅情系の文脈を象徴する一本が Etro Rajasthan。タイトルはインド北西部の砂漠地帯「ラジャスタン州」に由来し、香りの構造も乾いた土地と寺院、香辛料、革の鞍といった連想を呼び起こすように組まれている。サフランやカルダモン、ペッパーなどのスパイスがトップで立ち上がり、ローズ、レザー、ウードがミドルからベースにかけて重なる。

ウード系の作品としては比較的近づきやすい部類で、現代のオリエンタル・ニッチに見られる過剰なメディシナル感や、生々しい動物的なノートは控えめ。代わりに、ペイズリーをそのままタペストリーにして広げたような、視覚的な広がりを感じさせる仕上がりになっている。Etro のなかでもギフトに選ばれやすい一本で、香水を旅の記念品のように楽しみたい層との相性が良い。

編集部の見立て

Etro Perfumes を一言でまとめるなら、「ファッションメゾンの香水」というより、「テキスタイルとインテリアの延長線上にある香り」と捉えたほうが理解しやすい。流行に左右されるトレンドフレグランスとは距離を置き、布や家具と同じ呼吸で生活空間に置けるラインアップを、30 年以上にわたって積み上げてきたブランドだ。

はじめての一本としては、肩の力を抜いて使える Magot や Patchouly が入りやすく、Etro らしさを最大限に味わいたいなら Messe de Minuit や Rajasthan のような物語性の強い作品が候補になる。Ambra と Vicolo Fiori は、季節や場面に応じてローテーションに組み込みやすく、コレクションの「面」を作るうえで重宝する位置付けと言える。

2020 年代以降は、ヴィンテージボトルや旧パッケージの流通も増え、古着・古道具と並べて愉しむ対象としても面白いブランドになってきた。ペイズリー柄のストールやインテリアと一緒に集めていくと、Etro という世界観そのものを生活に重ねていける感覚がある。香水を単独の嗜好品としてではなく、ライフスタイルの一部として位置付けたい人にとって、Etro Perfumes はいまも有力な選択肢として残り続けるブランドだ。

選ぶ際の実務的なコツとして、Etro はテスターやサンプルが比較的入手しやすいブランドでもある。ボトルのデザインがコレクション欲をくすぐる作りなので、いきなり 100ml を買うよりも、デキャント文化のあるショップや並行店で 5ml から 10ml を集め、季節ごとに着回す形が向いている。ペイズリー柄のスカーフを一枚ずつ買い足していく感覚に近く、ワードローブの中の香り棚を、少しずつ Etro 色に染めていく愉しみ方ができる。気に入った素材像が見つかったら、そこから Pegaso ラインや Etro Home の同系統アイテムへと展開していくと、ブランド全体の輪郭が立体的に見えてくる。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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