PERFUME

Serge Lutens — 中東と東洋に魅せられた異端のブランド

Serge Lutens — 中東と東洋に魅せられた異端のブランド

Serge Lutens(セルジュ・ルタンス)は、写真家・メイクアップアーティスト・映像作家として活動してきた人物の名がそのままブランド名になった、香水界でも特異な存在である。出発点は華やかな広告美学だが、香りの世界における立ち位置はむしろ逆方向にある。万人受けの清涼感や甘さを避け、中東の市場で嗅いだ樹脂や香木、東洋の薬草や香辛料、夜の砂漠の匂いといった、日本市場ではなじみの薄い記憶を一本のフラコンに封じ込めるのが彼のスタイルだ。1992 年のパリ・パレ・ロワイヤルでの誕生以来、ニッチフラグランスというカテゴリーが言葉として定着するよりも前から、商業性より作家性を優先するブランド運営を続けてきた。

本稿では Serge Lutens というブランドの輪郭を、歴史・哲学・代表作・編集部の見立ての順に整理する。香水を「製品」ではなく「物語の断片」として扱う姿勢が、現在のニッチ市場全体に与えた影響まで含めて読み解いていきたい。古着やインテリアと同様に、香水もまた「作り手の手つき」がそのまま体験の質に直結する領域であり、Lutens 作品はその典型例である。万人に勧められるかと問われれば必ずしも首を縦に振れないが、刺さる人には他で代替できない世界がある。そうしたブランドとどう向き合うかは、香水という嗜好品の楽しみ方そのものを問い直す行為でもある。

Serge Lutens の歴史 — 1992 年、Shiseido との協業から

ブランドの起点を一言で言えば、Shiseido の文化事業部が抱えていた問題意識と、Serge Lutens 個人の美意識が重なった瞬間にある。1980 年代、彼は Shiseido のインターナショナル・イメージ・クリエイターとして広告ビジュアルを統括し、白塗りの肌に深紅の唇という、後のブランドアイデンティティそのものとも言える世界観を構築していた。化粧品の枠にとどまらない表現を模索する中で、香水の領域でも同じ密度の世界観を立ち上げる構想が動き出す。

1992 年、パリ 1 区パレ・ロワイヤルの庭園に面した一角に、ブティック「Les Salons du Palais Royal Shiseido」がオープンした。鏡張りの紫色の階段、円形のサロン、瓶を彫刻のように並べる什器。香水を売る店というより、香りを鑑賞するための小さな美術館に近かった。最初のリリースである Féminité du Bois(フェミニテ・デュ・ボワ)は、当時の主流であるシトラスとフローラルの組み合わせから明確に外れた、シダーウッドを軸に据えたウッディオリエンタルで、香水評論家の評価軸そのものを揺さぶる存在となった。

2000 年に Shiseido から独立体制へ移り、ブランドは Lutens 個人の作家性をより強く打ち出す方向へ進む。エクスクルーシブラインとして長く Salons 限定だった香りが、後に世界市場向けの「エクスポート版」として徐々に開放されていった経緯も、コレクター心理を巧みに刺激した。日本市場では一時期、正規輸入の縮小や取扱店の入れ替わりがあり、「探さないと出会えないブランド」という位置づけが、結果的に作品性をより際立たせる方向に作用したと言える。

ブランド初期の作品群は、当時の香水業界における「売れ筋」の文法とは明らかに異なる文脈で評価された。フローラルブーケでもなく、シプレでもなく、フゼアでもない。あえて分類するならオリエンタル系列に属するが、その内部でさえ独自のサブジャンルを切り開いた格好である。Salons でしか買えなかった時代の限定ボトル、ベル型のフラコンに四角いラベルというアイコニックな意匠、紫を基調としたパッケージ。これらが揃って一つの世界観を作り、Lutens 作品は単なる消費財ではなく蒐集対象として扱われるようになった。流通の入れ替わりやリフォーミュレーションをめぐる議論が今もコレクターの間で続いている事実そのものが、このブランドが長く現役であり続けている証左でもある。

香水を「製品」ではなく「物語の断片」として扱う姿勢が、現在のニッチ市場全体に与えた影響まで含めて読み解いていきたい。

哲学 — Christopher Sheldrake との二人三脚、東洋の素材

Serge Lutens の哲学を語るうえで欠かせないのが、調香師 Christopher Sheldrake(クリストファー・シェルドレイク)の存在である。ブランド初期から長年にわたり Lutens のディレクションを香りに翻訳し続けた人物で、Féminité du Bois に始まる初期作の多くを手がけている。Sheldrake が Chanel の社内調香師チームに移った後も両者の関係は続き、Lutens の言語的・視覚的なイメージを、樹脂・香木・スパイス・乾燥した花といった具体的な素材構成に落とし込む役割を担い続けた。クリエイティブディレクターと調香師の関係性が、これほど長期にわたって同じ濃度で維持された例は香水業界全体でも稀である。

素材選びには明確な偏りがある。フランス南部やブルガリアの花畑よりも、モロッコのスーク、レバノンの山岳、シリアの香料商で扱われるような材料に重心が置かれる。アンバー(ラブダナム)、ベンゾイン、ミルラ、シダーウッド、サフラン、クミン、ローレル、イモーテル、ドライフルーツ、蜂蜜、皮革。これらが乾いた空気感の中で重ね合わされ、湿気の多い日本の気候の中で纏うと、輪郭が一段とくっきり立ち上がる。素材ごとの「重さ」や「乾き」の差を、温度湿度のある肌の上で体感できるという意味で、日本市場との相性は実のところ悪くない。むしろ高温多湿な夏場に Ambre Sultan のような香りを少量だけ纏うと、樹脂の蜜のような甘さが時間差で立ち上がり、現地の砂漠的な気候から想像する以上の表情を見せる。

もう一つの特徴は、香りに対する「物語」のかぶせ方だ。Lutens は新作の発売時に、調香師の専門用語ではなく、短い詩や寓話のような文章を添える。砂漠で出会った人物、亡き祖母の記憶、夜の市場の喧騒。香りの構造を理屈で説明するのではなく、聴き手の側の記憶を呼び起こす装置として言葉が使われる。この姿勢は、後年のオリエンタル・アンバー系の深掘り記事でも触れた通り、ニッチ香水全般の語り口に強い影響を与えた。「ピラミッド構造のトップノートに何が、ミドルノートに何が」といった説明では拾いきれない情緒の層を、Lutens は徹底して言語化してきたと言える。

アンバー代表作 — Ambre Sultan と Chergui

Serge Lutens の入口として最も多くの愛好家が挙げるのが、アンバー系の二本柱である Ambre Sultan(アンブル・スルタン)と Chergui(シェルグィ)だ。両者ともパレ・ロワイヤルの世界観を凝縮した作品でありながら、性格は対照的である。

1993 年発表の Ambre Sultan は、モロッコの市場で売られるアンバーの塊からインスピレーションを得た一本。ラブダナムとベンゾインの濃厚な樹脂感を、ベイリーフ、コリアンダー、オレガノといったハーブで縁取り、甘さに走らせない構造を作っている。アンバーといえばパウダリーで官能的という固定観念を裏返した作品として、後続のニッチブランドが繰り返し参照する古典となった。詳細はAmbre Sultan 単体のガイド記事で扱っているので、香りの細部に踏み込みたい読者はあわせて参照したい。

2005 年発表の Chergui は、北アフリカで南東から吹く熱風の名を冠した一本。乾燥した干し草、ハニー、タバコリーフ、ムスク、イリス、サンダルウッドが層を作り、Ambre Sultan のハーバルな乾きとは対照的な、湿り気を帯びた甘さを描き出す。秋から冬にかけて毛織物に纏わせると、肌の熱でゆっくりと立ち上がる残香が非常に印象的で、Lutens 作品の中でも比較的入りやすい一本として挙げられることが多い。タバコリーフのドライな苦みとハニーの粘度が拮抗し、時間の経過とともに片方が勝ったり負けたりを繰り返す動きの面白さも、この香りが長く支持される理由の一つだ。

ウッディフローラル — Féminité du Bois と Un Bois Vanille

ブランドの起点でもあるウッディフローラルの系譜は、Serge Lutens の核と言ってよい。1992 年の Féminité du Bois は、アトラスシダーを主役に据え、プラム、ピーチ、シナモン、ムスクを重ねた一本で、女性的なフローラルの代名詞だったローズやジャスミンを使わずに女性性を描いた点が画期的だった。当時の主流から大きく外れた構造は、後年「ウッディフローラル」というカテゴリーそのものを成立させたとも言われている。

2003 年発表の Un Bois Vanille(アン・ボワ・ヴァニーユ)は、その名の通りバニラを軸にしたグルマン寄りの一本。リコリス、ガイアックウッド、サンダル、ココナッツミルクを含んだ甘い設計でありながら、樹皮の苦みが下支えするため、菓子的な甘さに陥らない。冬の屋内、ニット越しに香らせると、肌の温度で輪郭が穏やかに溶けていく構造で、Lutens 入門としても勧めやすい。同時期に量産されたバニラ系のグルマン香水と比べると、甘さの裾野が広いというより縦に深い印象で、何時間か経った後に立ち上がる薫香めいた残り方が独特である。

ダーク/スパイシー — Datura Noir と Five o’Clock au Gingembre

Serge Lutens の真骨頂は、万人受けを最初から放棄したダーク/スパイシー系にもある。代表格が Datura Noir(ダチュラ・ノワール)と Five o’Clock au Gingembre(ファイブ・オクロック・オー・ジャンジャンブル)だ。

2001 年発表の Datura Noir は、毒性で知られる花「ダチュラ」を題材にした一本。チュベローズ、ヘリオトロープ、アーモンド、ココナッツ、レモン、マンダリン、ミルラを組み合わせ、白い花の妖しさとミルキーな甘さを共存させている。日本では「白い花が苦手」という人にも意外と評価が高く、ホワイトフローラルの再解釈として参照されることが多い。

2008 年発表の Five o’Clock au Gingembre は、英国のアフタヌーンティーをモチーフにした一本。ジンジャー、シナモン、紅茶、蜂蜜、パチョリ、ベンゾインを重ね、ティーポットから立ち上る湯気の質感を香りに翻訳している。スパイシーでありながらドリンク的な親しみがあり、ダーク系の入門としても機能する。Datura Noir が白い花の妖艶さを描くのに対し、こちらは室内的で生活感のある匂いの再構築であり、Lutens の引き出しの広さを示す対照ペアと位置づけられる。

編集部の見立て

Serge Lutens を一本に絞ろうとすると、必ず迷う。Ambre Sultan の樹脂、Chergui の乾燥した甘さ、Féminité du Bois のシダーウッド、Un Bois Vanille の柔らかいバニラ、Datura Noir の妖しさ、Five o’Clock のティーノート。どれも単体で完結した世界を持ち、季節やシーン、纏う側の体温で表情が変わる。

編集部としては、入口に Chergui か Un Bois Vanille、二本目以降に Ambre Sultan や Féminité du Bois、上級者向けに Datura Noir という順路を提案したい。Lutens の作品は嗜好の輪郭が明確に出るため、最初の一本を「好きそうな方向」で固めず、敢えてレンジの端と端を試すと、自分の許容範囲の解像度が一気に上がる。古着で言えば、好みのブランドだけを買い集めるより、対極のシルエットを一着挟んでみる感覚に近い。試香の段階で「無理だ」と思った一本が、半年後に最も恋しくなる、というのは Lutens 愛好家の間でしばしば語られる現象である。

香水を「自分に似合うか」だけで選ぶ時代は終わりつつある。空間や記憶を呼び出す装置として、あるいは身につける小さな美術品として香りを選ぶ価値観の中で、Serge Lutens は最も早く、そして最も頑なにその姿勢を保ってきた作家の一人である。中東と東洋に魅せられたこの異端のブランドは、今もパレ・ロワイヤルの紫の階段の上で、次の物語を待っている。

編集方針について — この記事は GUZ FASHION 編集部のPERFUMEカテゴリの編集方針に沿って制作されています。

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