Barbour(バブアー)は、イングランド北東部の港町サウス・シールズで生まれた、ワックスドコットンの防水ジャケットで知られるブランドです。もともとは船乗りや漁師、埠頭で働く労働者のための作業着として出発しながら、現在では英国を代表するライフスタイルブランドの一つとして世界中で親しまれています。表記としては「バブアー」が国内では最も広く使われていますが、「バーブァー」というカナ表記や、英語そのままの「Barbour」表記も流通しており、いずれも同じブランドを指します。
このブランドを語るうえで欠かせないのが、生地そのものに防水性を持たせる「ワックスドコットン」という素材と、着古した一着を修理・再ワックス処理して長く使い続けるという文化です。派手な装飾やロゴの主張で個性を出すタイプのブランドではなく、実用のために積み重ねられた縫製とディテールの精度に、このブランドらしさが宿っています。1980年代に王室と縁のある英国上流階級のカントリーサイド文化と結びつき、都市部のファッションとしても定着していった経緯も、Barbourというブランドの厚みを形作っている要素です。
この記事では、創業者ジョン・バブアーの歩みと会社としての沿革、現会長デイム・マーガレット・バブアーが手掛けたBedale・Beaufortという二つの代表的なジャケット、王室御用達の変遷、ワックスドコットンという素材とリプルーフ(re-wax)文化、そして古着・二次流通市場でのBarbourの見方までを、一次情報にもとづいて整理します。これから一着を探そうと考えている方にとって、選ぶ際の判断材料になれば幸いです。
ブランドの現在地と本質
Barbourは現在も英国北東部に本社を置き、創業家であるバブアー一族が経営を続けている、数少ない家族経営のアパレル企業です。1912年に法人化されて以降、常にバブアー家の人物が経営の中心にあり、現在は第4世代にあたるデイム・マーガレット・バブアーが会長を務めています。彼女は1968年に夫であるジョン・マルコム・バブアーを急逝で失い、義母ナンシー・バブアーの後を継ぐかたちで1973年に会長へ就任しました。もともと教師だったマーガレット・バブアーが、船員や河川労働者向けの実用衣料を扱っていたこの会社を、1980年代の英国カントリーサイド文化を象徴するファッションブランドへと押し上げていった経緯は、Barbourというブランドの現在地を理解するうえで欠かせない前提です。
ブランドの象徴の一つに、英国王室からの御用達(Royal Warrant)があります。バブアー公式の沿革によれば、1974年にエディンバラ公から、1982年にエリザベス女王から、1987年には当時のプリンス・オブ・ウェールズ(現・チャールズ国王)から、それぞれ「防水・防護衣料の供給者」として御用達の認定を受けてきました。ただし王室御用達は制度上、授与した本人が崩御・退位するか、称号が変わるとその分の認定が失効し、新しい国王のもとで審査が改めて行われる仕組みになっています。エリザベス女王の崩御後、Barbourを含む多数の企業の御用達が一度失効し、2024年にチャールズ国王のもとでの再審査を経て、複数の媒体がBarbourの御用達が再び認定されたと報じました。したがって現時点では「エディンバラ公・エリザベス女王・チャールズ国王という三つの御用達を同時に保有している」と単純に言い切ることはできず、正確には「チャールズ国王のもとでの御用達を現在保有しており、過去には三人の王族から認定を受けていた時期がある」という形で理解するのが実態に近いと考えられます。この点は媒体によって記述の粒度が異なるため、購入や紹介の際に断定的な表現は避けたほうが安全です。
ただし王室御用達は制度上、授与した本人が崩御・退位するか、称号が変わるとその分の認定が失効し、新しい国王のもとで審査が改めて行われる仕組みになっています。
創業者ジョン・バブアーと会社の沿革
Barbourの歴史は1894年、スコットランド出身の商人ジョン・バブアーが、イングランド北東部の港町サウス・シールズのマーケット・プレイスに小さな店を構えたことから始まります。当時のサウス・シールズは造船業や漁業で栄えていた土地で、ジョン・バブアーはオイルスキンと呼ばれる油を染み込ませた防水布や、船乗り・漁師・埠頭労働者向けの作業着を扱う輸入商として事業を興しました。北海の厳しい気候にさらされながら働く人々にとって、水を通さない上着は装飾品ではなく命綱に近い道具であり、Barbourはその需要に応える形で少しずつ商いを広げていきます。
1912年、事業はJ.バブアー・アンド・サンズという名前で法人化されました。この頃からバブアー一族が経営の中心に立ち続けるという、現在まで続く体制の土台が作られています。20世紀前半のBarbourは、依然として船員や漁業関係者、さらには第一次・第二次世界大戦下の英国海軍潜水艦の乗組員向け衣料など、実用衣料の供給者としての性格が強いブランドでした。ファッションとしての注目を集めるようになるのは、もう少し後の時代を待つ必要があります。
転機となったのは1968年、当時の経営者であったジョン・マルコム・バブアーが急逝したことでした。彼の妻であったマーガレット・バブアーが取締役会に加わり、その後1973年、義母であるナンシー・バブアーの死去を受けて会長に就任します。教師としてのキャリアを持っていたマーガレット・バブアーは、実用一辺倒だった会社の衣料に、乗馬やフィールドスポーツといった英国カントリーサイドの文脈を持ち込み、都市部の上流階級にも受け入れられるデザインへと舵を切りました。この方針転換によって、Barbourは1980年代のいわゆる「スローン・レンジャー」と呼ばれる英国上流階級の若者文化とも結びつき、実用衣料からファッションアイテムへと立ち位置を広げていきます。
その後もBarbourは、北米・欧州・アジアを含む世界40か国以上に販売網を広げ、現在ではワックスドコットンのアウターだけでなく、ニットやシャツ、バッグ、フットウェアまで扱う総合的なライフスタイルブランドへと成長しました。それでも法人としての本社機能はいまも創業の地であるサウス・シールズのサイモンサイドに置かれており、家族経営の企業としての性格を守り続けている点が、他の多くの英国ブランドと一線を画す部分です。同じ英国発の伝統ブランドとしてはバーバリー(Burberry)もよく比較の対象になりますが、バーバリーがギャバジンのトレンチコートを軸に発展したのに対し、Barbourはワックスドコットンという別の素材技術を軸に独自の道を歩んできたブランドだと整理すると、両者の違いがより明確になります。
衣料以外の分野への広がりも見逃せません。ワックスコットンのアウターで築いた信頼を土台に、現在ではニットウェアやシャツ、レザー小物、フットウェアまで扱う総合ブランドへと事業領域を広げており、店頭に並ぶ商品の幅は創業当時からは大きく様変わりしています。ワックスコットンアウターの下に合わせるベースレイヤーとして、ラムズウールを使った編み立てのニットも定番の一つに数えられており、アウターの機能性とインナーの快適さを両輪で提案するという発想は、実用衣料の会社として出発したBarbourらしい姿勢の延長線上にあると言えるでしょう。バブアーのニットを楽天で探す
マーガレット・バブアーという設計者
Barbourというブランドの服のデザインを語るうえで、創業者一族であるデイム・マーガレット・バブアーの存在は欠かせません。1940年生まれの彼女は、旧姓をデイヴィスといい、結婚を機にバブアー家に加わりました。前述の通り1973年に会長へ就任して以降、単に経営を担うだけでなく、自らもジャケットのデザインに深く関わってきた人物です。フランスを訪れた際に現地の狩猟用ジャケットのシルエットの美しさに触発され、英国の実用衣料をより洗練させたいと考えたという逸話が複数の媒体で語られており、この発想が後述するBeaufortの誕生に直結しています。
マーガレット・バブアーの功績は、単に新しいジャケットを設計したことにとどまりません。実用衣料であったBarbourの服を、都市生活者やファッションに関心の高い層にも通用するアイテムへと再定義し、ブランドを国際的なライフスタイルブランドへと押し上げた手腕は、1991年のCBE(大英帝国勲章コマンダー)、2001年のDAME(女性版ナイト爵位)叙勲というかたちで公式にも評価されています。現在も彼女が会長職にあることは、Barbourという会社が一貫して家族経営を貫いてきたことの象徴でもあります。
代表的なアイテムに見るBarbourの設計思想
Barbourを代表するアイテムとしてまず挙げられるのが、1980年にマーガレット・バブアーが設計した「Bedale(ビデイル)」です。北ヨークシャーの町の名前を冠したこのジャケットは、6オンスのソーンプルーフワックスコットンを使った軽量設計で、もともとは乗馬を楽しむ人々の需要を意識したモデルでした。乗馬の際に邪魔にならないよう着丈を短くまとめている点が特徴で、背面には馬に跨った際の動きを妨げないベントが備えられています。バブアーのビデイルを楽天で探す
その3年後、1983年に発表されたのが「Beaufort(ビューフォート)」です。フランスの猟師が着る狩猟用ジャケットに着想を得ながら、背面には獲物を収納するための大きなポケットを備えた仕様に仕立て直されています。当時のBarbourにとって、田舎の実用着としての機能性と、都市部でも通用する仕立ての良さを両立させた最初期のモデルの一つであり、いまでもBedaleと並んでブランドを代表する定番として扱われています。BedaleとBeaufortはシルエットが近いため混同されがちですが、背面のポケットの有無と着丈の長さで見分けられる点を押さえておくと、店頭で選ぶ際にも迷いにくくなります。バブアーのビューフォートを楽天で探す
近年、日本市場向けに展開されている「SL」ラインも見逃せません。オリジナルのBedaleやBeaufortはやや大ぶりなシルエットで作られていますが、SLは身幅やアームホールを絞り、日本人の体型によりフィットするよう調整されたスリムフィット仕様です。フードのコーデュロイ襟や4つのフロントポケット、スタッド留めのリアベントといったオリジナルの意匠を保ちながら、現代的な着こなしに合わせやすいシルエットへと再設計されている点が、日本のセレクトショップやオンラインストアで一定の支持を集めている理由になっています。ワックスコットンのアウターだけでなく、キルティング仕立ての軽いジャケットも定番として展開されており、季節や気候に応じてワックスコットンとキルティングを使い分けるという楽しみ方もできます。防水性を重視するならレインコートの選び方を参考にしながら比較してみるのも一つの視点ですし、軽さと保温性のバランスを見たいならキルティングジャケットの選び方と合わせて検討すると、自分に合った一着を見つけやすくなるはずです。バブアーのキルティングジャケットを楽天で探す
ラインナップと近年の展開
Barbourのカタログは、大きく分けると乗馬やフィールドスポーツを念頭に置いた伝統的な「クラシック」系のラインと、モーターサイクル文化に由来する「Barbour International」という二つの系譜から成り立っています。Barbour Internationalは、もともと1930年代に英国のモーターサイクルレースチームへ供給されていた衣料をルーツに持つラインで、スティーブ・マックイーンが着用していたことでも知られる、よりタフでスポーティな表情を持つジャケットを中心に展開されています。ワックスコットンという同じ生地を使いながら、乗馬文化から生まれたクラシック系と、モーターサイクル文化から生まれたインターナショナル系という、二つの異なる物語が併存している点が、このブランドのラインナップを見るうえで面白いところです。
近年のBarbourは、伝統的なカントリーウェアという立ち位置を守りながら、他ブランドとの協業にも積極的に取り組んでいます。米国のワークウェア系デザイナーブランドとの協業や、英国国内のセレクトショップ・デザイナーとの限定コレクションなど、素材開発の蓄積を活かしたコラボレーションが継続的に発表されており、こうした企画は既存のファンだけでなく新しい層にもブランドの魅力を伝える窓口として機能しています。日本市場向けには前述のSLラインのほか、国内代理店を通じた別注モデルも展開されており、サイズ感や色展開の面で本国仕様とは異なる選択肢が用意されている点も、日本でBarbourを探す際に知っておきたいポイントです。
ブランドとしての一貫性を保ちながら、時代ごとの需要に応じてラインを増やしてきたこの姿勢は、実用衣料として出発したBarbourが、半世紀以上をかけてどのようにファッションブランドへと軟着陸してきたかを物語っています。奇をてらった新機軸を打ち出すのではなく、既存の生地開発と縫製技術を土台にしながら、着る場面やユーザー層に応じて選択肢を広げていくという方針は、創業者一族が経営を担い続けてきたことの延長線上にあるのでしょう。
1980年代から90年代にかけては、英国のロイヤルファミリーや上流階級の人々が乗馬やハンティングの場でBedale・Beaufortを着用する姿が繰り返し報道されたことで、Barbourは実用衣料でありながら一種のステータスシンボルとしても認知されるようになりました。同時期には音楽フェスティバルの来場者やロックミュージシャンがワックスジャケットを羽織る光景も見られるようになり、田舎の実用着と都市部のカルチャーという、本来なら交わりにくい二つの文脈を同時に取り込んでいった点が、このブランドが長く支持され続けてきた理由の一つとして挙げられます。
ワックスドコットンという素材と、直しながら着る文化
Barbourのものづくりの核にあるのが、ワックスドコットン、日本語でオイルドクロスとも呼ばれる素材です。密に織り上げたコットン生地にパラフィン系のワックスを含浸させることで、生地そのものに撥水性と防風性を持たせる加工がなされています。ゴアテックスのような多層構造の防水膜とは仕組みが異なり、繊維の隙間をワックスで埋めることで水を弾く、比較的シンプルで古典的な技術です。着込むほどにワックスがなじみ、独特の光沢と柔らかさが生まれていく点も、この素材ならではの経年変化として愛好されています。
ワックスドコットンには一つ弱点があり、年数が経つとワックス分が抜けて撥水性が落ち、生地の風合いも硬くパリッとしたものからくたびれた印象に変わっていきます。この弱点を前提に、Barbourは修理と再ワックス処理を一体化した「リプルーフ(re-wax)」というサービスを自社で長年運営してきました。公式の案内によれば、年間60,000着以上のジャケットがこのサービスを通じて修理・再ワックス処理を受けており、100年以上にわたって一着の服の寿命を延ばし続けてきた実績があります。専用の設備で50度に温めたワックスをスポンジで手作業により塗布し、縫い目やポケット周りには特に丁寧な処理を施したうえで、24時間かけて乾燥させるという工程が踏まれています。
この「壊れたら買い替える」のではなく「直しながら長く着る」という発想は、単なるアフターサービスという枠を超えて、Barbourというブランドの価値観そのものを体現しています。祖父の代から受け継いだジャケットを孫世代がリプルーフに出して着続けるという逸話が英国では珍しくないほど、この文化はブランドの歴史と分かちがたく結びついています。ワックスコットンという素材の特性を理解したうえで一着を選び、必要に応じてケアの選択肢があることを知っておくと、Barbourという買い物の意味合いがより深く見えてくるはずです。
古着・二次流通市場でのBarbourの見方
Barbourは、英国はもちろん日本の古着市場においても根強い人気を持つブランドです。ワックスコットンという素材そのものが経年変化を前提に設計されているため、新品の均一な状態よりも、長く着込まれて色が落ち着き、生地がしなやかになった一着に価値を見出す愛好者が少なくありません。フリマアプリや古着店の店頭でも、状態の良いヴィンテージのBedaleやBeaufortは継続的に取引の対象となっており、単なる中古品としてではなく、経年変化そのものを楽しむアイテムとして扱われている側面があります。
ヴィンテージのBarbourを選ぶ際によく参考にされるのが、内側の白いラベルに記された製造年の手がかりです。2000年より前に作られたジャケットの場合、ラベル裏面の数字の先頭2桁が製造年に対応していると紹介されることが多く、たとえば「92」から始まる表記であれば1992年頃の製造だと推測できるとされています。さらに古い時代のものになると、ポケットに縫い付けられた紙製の下げ札の折込番号から年代を推測する方法も紹介されており、1970年代のタグは簡素な意匠に「バブアーズ・オブ・サウス・シールズ」の文言が入り、1980年代には紋章のデザインがより装飾的になり、1990年代には王室御用達の表示がラベルに前面に出てくるようになったといった、時代ごとのデザインの変遷も判別の手がかりとして語られています。ただしこうしたラベルの年代判別は、あくまで愛好者コミュニティや専門店の情報にもとづく目安であり、個体差や修理歴によって例外もあるため、購入時には出品者への確認や複数の情報源との照合を心がけるのが安全です。
近年は円安を背景に、日本の古着・セカンドハンド市場そのものが海外からも注目される規模に成長しており、Barbourのようなヴィンテージ古着も、その中で一定の存在感を保ち続けています。価格帯については状態やモデル、年代によって幅が大きく、一律の相場を示すことは難しいため、この記事では具体的な金額には触れず、状態確認と年代の目安という視点に絞って紹介しました。店頭やオンラインで一着を探す際は、ワックスの状態、裏地やポケットの傷み具合、そして前述したラベルの表記をあわせて確認しながら、自分の用途に合った一着を選んでみてください。
まとめ — 実用から生まれ、直しながら受け継がれる一着
Barbourは、1894年にジョン・バブアーがサウス・シールズで始めた小さな輸入商から出発し、130年以上にわたって家族経営を貫いてきたブランドです。実用衣料としての出自を持ちながら、デイム・マーガレット・バブアーという一人のデザイナー経営者の手によって、BedaleやBeaufortといった定番アイテムが生まれ、英国カントリーサイド文化を象徴するファッションブランドへと姿を変えていきました。王室御用達という称号の変遷一つを取っても、時代とともに立ち位置を調整しながら受け継がれてきたブランドであることがよく分かります。
ワックスドコットンという素材の特性と、それを前提としたリプルーフという修理文化は、単なる機能面の話にとどまらず、このブランドが大切にしてきた価値観そのものを映し出しています。古着として一着を手にするときも、その色ムラや生地の柔らかさを経年変化として楽しむという視点を持っておくと、Barbourという買い物がより豊かなものになるはずです。定番のBedale・Beaufortから日本市場向けのSLラインまで、自分の体型や着る場面に合わせて選択肢を比較しながら、長く付き合える一着を見つけてみてください。











