Botter(ボッター)は、2017年にベルギー・アントワープで創業されたメンズウェア/ウィメンズウェアのブランドです。旧版の記事は共同創業者Rushemy Botterを「カリブ海ドミニカ系移民の家庭出身」としていましたが、複数の海外メディアの経歴記事を確認したところ、ドミニカ共和国にルーツを持つのはもう一人の創業者Lisi Herrebrughのほうで、Rushemy自身はオランダ王国を構成するカリブ海の島キュラソー生まれ、オランダ・アムステルダム育ちであることがわかりました。旧版と既存データベース側の記録はいずれも「2018年にANDAM賞を受賞した」としていましたが、これも事実と異なります。2018年にBotterが受賞したのはフランスのイエール国際フェスティバルのグランプリで、ANDAM自体の受賞は2022年でした。さらにNina Ricciでの在任期間についても、旧版・既存データベースの双方が「2018-2021年」としていましたが、退任が公式に発表されたのは2022年1月31日で、在任期間はおよそ3年半に及びます。本稿ではこうした点を一次情報にもとづいて確認し直しながら、Botterというブランドの歩みと現在地をお伝えします。
創業者Rushemy BotterとLisi Herrebrugh、2017年アントワープでの創業
Botterを創業したRushemy BotterとLisi Herrebrughは、公私ともにパートナーの関係にある二人です。米国のPAPER Magazineをはじめとする複数の海外メディアが、二人を「創作面でも実生活でも パートナー」と紹介しており、旧版の記事や既存データベースの記述にあった「兄弟」や単なる共同経営者という説明は不正確です。血縁関係ではなく、恋人・パートナーとしての関係を築きながらブランドを共同で率いてきた二人だと理解しておくのが正確です。
Rushemy Botterは、オランダ王国を構成する国の一つであるキュラソー(カリブ海南部、ベネズエラ沖に浮かぶ島)で生まれ、その後の人生の大半をオランダ・アムステルダムで過ごしました。デザイナーとしてのキャリアは、まずハーグ王立芸術アカデミーで学んだのち、ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーへ進み、同校では後進デザイナーの育成で知られるWalter Van Beirendonckらの指導を受けたと伝えられています。一方のLisi Herrebrughは、オランダ人の父とドミニカ共和国出身の母のあいだにアムステルダムで生まれ、幼少期からオランダとドミニカ共和国を行き来しながら育ちました。デザイン教育はアムステルダム・ファッション・インスティテュート(AMFI)で受け、2014年にcum laude(優等)で卒業したのち、Viktor & Rolfでインターンとして経験を積んでいます。旧版の記事は、カリブ海にルーツを持つのはRushemyの家系だと説明していましたが、正しくはLisiの母方がドミニカ共和国出身であり、Rushemy自身のルーツはキュラソーにあります。二人ともカリブ海に連なる背景を持ちながら、その具体的な出身地と家系はそれぞれ異なるという点を、本稿では区別して扱っています。
二人はアントワープ王立芸術アカデミーのファッション学科で出会い、在学中から共同で制作を重ねるようになりました。2017年、Rushemyの卒業制作コレクションを土台にする形で、自身のブランドBotterをベルギー・アントワープで正式に立ち上げています。創業直後のBotterは、カリブ海の漁業文化や海洋への視線を主題にしたメンズウェアを軸とする構成で、無名のインディペンデントブランドとして一歩を踏み出しました。
ブランドが一躍注目を集めたのは、創業から1年後の2018年4月30日、フランス・イエールで開催された第33回イエール国際ファッション&写真フェスティバル(Festival International de Mode, de Photographie et d’Accessoires de Mode à Hyères)でのことです。二人は「Fish or Fight」と題したコレクションで、Première Vision社が協賛するグランプリ・デュ・ジュリ(Grand Prix du Jury)を受賞しました。このコレクションは、漁網や廃棄されたビニール製のインフレータブル(空気で膨らませる浮き具)を素材として取り入れ、カリブ海地域の漁業コミュニティが直面する海洋汚染の問題を訴える内容だったと、複数のファッションメディアが報じています。賞金は15,000ユーロで、この受賞がのちのNina Ricci起用につながる大きな転機となりました。旧版の記事にはこのイエール受賞についての記述がなく、ANDAM賞の受賞年と混同されるかたちで扱われていたため、本稿では両者を明確に分けて記載しています。
旧版と既存データベース側の記録はいずれも「2018年にANDAM賞を受賞した」としていましたが、これも事実と異なります。
ブランド美学 — カリビアン・クチュールとアルテ・ポーヴェラ、海への視線
Botterの創作の根底にあるのは、カリブ海を起源とする音楽・文学・食文化などを織り込んだ「カリビアン・クチュール」と、二人が自ら掲げる言葉です。国内のファッションメディアも、このカリビアン・クチュールの精神と、イタリアの美術運動「アルテ・ポーヴェラ(Arte Povera、ありふれた素材や日用品を作品に転用する考え方)」の哲学、そしてサステナビリティへの意識という三つの軸をブランドアイデンティティとして紹介しています。廃棄物や身近な素材を作品へ昇華させるという発想は、2018年のイエール受賞コレクション「Fish or Fight」で漁網やビニール製インフレータブルを用いた手法とも重なる、Botterの一貫した姿勢だといえます。
意匠の面でとりわけ目立つのは、海と魚をモチーフにしたプリントやディテールです。波紋や魚の鱗を思わせるグラフィック、釣り具や漁網を連想させる編み込みのニットやアクセサリー、貝殻や海藻をあしらった装飾など、海洋生物や漁業文化への視線が繰り返し登場します。素材面でも、リサイクル素材に加えて藻類や昆布、貝殻といった従来の服飾業界ではあまり用いられてこなかった海由来の未利用資源を取り入れる実験的な試みが、英国のライフスタイルメディアWallpaperなどで紹介されています。こうしたサステナブルな素材開発は、単なる環境配慮のメッセージにとどまらず、ブランドの核であるカリブ海というテーマそのものを物質面から支える取り組みだと位置づけられます。
もう一つの特徴が、ジェンダーの境界を横断するシルエット設計です。2022年のANDAM賞受賞を報じたWWDは、Botterのコレクションを「ジェンダー・フルイドなカリビアン・クチュール」と表現しており、構築的なテーラリングとカリブ海の鮮やかな色彩、そしてメンズ・ウィメンズの垣根を越えたシルエットを組み合わせる姿勢が、審査員から高く評価されたことがうかがえます。派手な装飾に頼るのではなく、素材の由来やシルエットの構築性そのものでカリブ海というテーマを語ろうとする点に、このブランドの個性があります。
代表アイテムとNina Ricci期(2018年8月-2022年1月)
Botterの語彙を象徴するのは、海と魚をモチーフにしたシャツとアウターです。波紋や魚の鱗を思わせるプリント、釣り具や漁網を連想させるディテール、カリブ海の鮮やかな色彩を組み合わせた一着は、ブランドの立ち上げ当初から一貫して受け継がれてきた代名詞的なアイテムです。あわせて、構築的なシルエットのテーラードジャケットやアウターも、Botterらしい意匠の中核を担っています。
ブランドのキャリアにおいて最大の転機となったのが、2018年8月に発表されたNina Ricciのアーティスティック・ディレクター起用です。フランス・パリで1932年に創業したメゾンNina Ricci(現在はスペインのPuigグループ傘下)は、前任Guillaume Henry(2015年から2018年まで在任、のちにPatouの指揮を執る)の後任として、創業からわずか1年のRushemy BotterとLisi Herrebrughの二人を共同アーティスティック・ディレクターに起用すると発表しました。イエール受賞から数か月というタイミングでの起用は、米国のFashionista、Refinery29、英国のWonderland Magazineなど複数の海外メディアが大きく取り上げる出来事となっています。実際に二人が手がけた最初のフルコレクションは、2019年3月にパリで発表された2019-2020年秋冬コレクションで、プレフォールのコレクションはそれに先立つ2019年初頭に発表されました。
Nina Ricci在任中の二人は、自身のブランドで培ったカリブ海のアイデンティティを、フランスの伝統的なメゾンが持つ女性向け服飾の文脈と組み合わせる試みを続けました。この起用は、若手インディペンデントブランドの創業者が、創業直後に大手メゾンの指揮を任されるという当時としては異例の人事であり、業界内でも注目を集めています。二人は2022年1月31日、Puigとの合意にもとづきNina Ricciを退任すると発表しました。2018年8月の起用発表から数えると、在任期間はおよそ3年半にわたります。旧版の記事および既存データベース側の記録はいずれも在任期間を「2018-2021年」としていましたが、退任発表の時期を確認するかぎりこれは正確ではなく、本稿では2022年1月末の退任発表にもとづいて記載しています。退任後、二人は自身のブランドBotterに専念する方針を明らかにしました。
受賞歴についても、旧版と既存データベースの双方に整理が必要な点がありました。二人は2018年、フランスのLVMH社が主催するLVMH Prize(2014年に始まった若手デザイナー支援の賞)のファイナリスト(最終候補、その年は8組が選出)に選出されています。ただし、この年のLVMH Prize本賞(グランプリ)を受賞したのは日本人デザイナー猪野真之が手がけるDoubletであり、Botterは受賞そのものには至っていません。旧版の記事はこの点についてはファイナリストという正確な表現を使っていましたが、既存データベース側の記録は「LVMH Prizeファイナリスト同時受賞」という表現で、ANDAM賞の受賞とファイナリスト選出をまとめて「受賞」と括ってしまっており、紛らわしい書き方になっていました。そして、2018年に受賞したとされていたANDAM賞についても、実際にBotterがANDAMの年間最高賞であるANDAM Grand Prize(賞金30万ユーロ)を受賞したのは2022年のことです。この年の審査員にはシャネル社長のBruno Pavlovsky、ケリング会長兼CEOのFrançois-Henri Pinault、LVMHグループ会長兼CEOのSidney Toledanoらが名を連ね、Robert WunやPeter Do、Lukhanyo Mdingiといった候補者のなかからBotterが選ばれたと複数の海外メディアが報じています。整理すると、2018年はイエールのグランプリ受賞とLVMH Prizeのファイナリスト選出、2022年はANDAM Grand Prize受賞という、まったく異なる年・異なる賞の出来事であり、これらを一つの「2018年ANDAM賞受賞」という誤った記述にまとめてしまっていたのが、旧版と既存データベース双方に共通する誤りでした。
直近では、オランダのデニムブランドG-Star RAWが2025年4月29日、Rushemy BotterとLisi Herrebrughをクリエイティブディレクターに起用すると発表しました。二人はG-Star RAWのプレミアムライン「RAW RESEARCH」を中心に手がける立場で、最初のRAW RESEARCHコレクションは2026年1月のパリ・ファッションウィーク・メンズで発表される予定と報じられています。自身のブランドBotterについても、シーズンレスな企画やジェンダーレスなフィット、サイズ展開の拡張など、より間口の広い「民主的」な方向へリブランディングを進める考えを、二人自身がデニム業界誌の取材に対して明らかにしています。Nina Ricci退任後もBotterを軸に据えながら、外部メゾンでの起用を重ねるキャリアの積み方は、この二人の一貫した特徴だといえます。
どんな人に似合うブランドか
Botterが似合うのは、海や漁業文化といった具体的なモチーフを軸にした物語性のある服飾を求める人です。波紋や魚のプリント、漁網を思わせる編み込みのディテールは、それ単体で存在感のある一着になるため、シンプルなコーディネートに一点投入するだけでも印象を大きく変えることができます。ジェンダーの境界を横断するシルエット設計に関心がある人にとっても、Botterはメンズ・ウィメンズという枠にとらわれない選び方ができるブランドです。
一方で、装飾やモチーフの主張が強い分、控えめな装いを好む人にはやや個性が際立って映るかもしれません。その場合は、テーラードジャケットのように構築的なシルエットそのものを楽しむアイテムから試してみると、モチーフの派手さに頼らないBotterらしさに触れることができます。Nina RicciやG-Star RAWといった大手メゾン・ブランドとの関わりに関心がある人にとっては、二人がそれぞれの現場でどのようにBotterらしい海洋モチーフやカリブ海の視点を持ち込んでいるかを見比べる楽しみ方もあります。サステナビリティや素材の背景に関心がある人にとっても、藻類や昆布、貝殻といった従来あまり使われてこなかった素材への挑戦を知ったうえで手に取ると、単なる意匠以上の背景を感じられるブランドです。
中古市場でのBotterの位置づけ
Botterの中古市場は、ブランドの歩みそのものを反映するかたちで複数の軸に分かれています。一つは創業初期(2017年から2018年のイエール受賞前後)の、カリブ海の漁業文化を主題にした初期のメンズウェアです。無名時代の作品でありながら、のちのイエール受賞やNina Ricci起用につながる原型としての資料的な価値も込みで扱われる傾向があります。もう一つは、Nina Ricciのアーティスティック・ディレクターを務めていた2018年から2022年にかけて、自身のブランドとして発表してきたコレクションで、フランスの大手メゾンの指揮を執りながら並行して自身の名前で発表を続けていた時期の作品として位置づけられます。そしてもう一つが、2022年のANDAM Grand Prize受賞以降、国際的な評価がさらに高まった時期の作品群です。
日本国内では、フリマアプリやVestiaire Collectiveのような海外の委託販売プラットフォーム、ZOZOUSEDのような国内の古着流通サービス、そして原宿・渋谷・青山・代官山といったエリアの古着店での取り扱いが中心になります。国内では株式会社グルッポタナカがBotter社(オランダ・アムステルダム)と正規輸入代理店契約を結んでおり、正規取扱店で購入された個体には国内正規品としてのタグや販売証明が付随することがあるため、中古で購入する際には並行輸入品との違いとしてこうした点も確認材料になります。
タグやディテールを見分ける際は、海と魚をモチーフにしたプリントやグラフィックの意匠が、比較的初期から一貫していることが手がかりになります。素材面では、リサイクルポリエステルなどの再生素材を用いたアイテムと、藻類や貝殻といった海由来の実験的な素材を用いたアイテムとが混在しているため、タグの素材表記を確認しながら選ぶと、どの時期・どの企画のアイテムかの見当がつけやすくなります。旧版の記事にあった具体的な中古価格帯(円単位の金額)については、裏付けとなる一次情報が確認できなかったため、本稿では採用していません。相場は個体の状態やシーズン、Nina Ricci在任期にあたるかどうかといった文脈によって変動する点を踏まえたうえで、個別の販売価格を確認することをおすすめします。
よくある疑問
Botterは2018年にANDAM賞を受賞したのですか
いいえ、正確には異なります。2018年にBotterが受賞したのは、フランス・イエールで開催されたイエール国際フェスティバルのグランプリ・デュ・ジュリで、コレクション名は「Fish or Fight」でした。同じ2018年には、LVMH Prizeのファイナリスト(最終候補)にも選ばれていますが、その年のLVMH Prize本賞はDoublet(猪野真之)が受賞しており、Botterは受賞していません。BotterがANDAMの年間最高賞であるANDAM Grand Prizeを実際に受賞したのは2022年のことです。2018年と2022年、それぞれ別の年に別の賞を受けているという点を区別しておく必要があります。
Rushemy BotterとLisi Herrebrughは兄弟なのですか
いいえ、血縁関係はありません。二人はベルギー・アントワープ王立芸術アカデミーのファッション学科で出会い、公私ともにパートナーの関係を築きながらBotterを共同創業しました。Rushemyはカリブ海のキュラソー生まれ・アムステルダム育ち、Lisiはオランダ人の父とドミニカ共和国出身の母を持つアムステルダム生まれで、それぞれ異なる背景を持つカリブ海にルーツを持つ二人が、恋人同士かつ創業パートナーとしてブランドを率いています。
中古でBotterを選ぶときに注意すべき点はありますか
まず、海と魚をモチーフにしたプリントやディテールが一貫したBotterらしさの手がかりになります。あわせて、素材表記を確認すると、リサイクル素材を用いた時期のものか、藻類や貝殻といった実験的な海由来素材を用いた時期のものかがある程度判別できます。国内では正規輸入代理店を通じた流通があるため、並行輸入品との違いが気になる場合はタグや販売証明の有無も確認材料にするとよいでしょう。Nina Ricci在任期(2018年8月から2022年1月)と重なる時期の自身のブランドとしての発表物かどうかも、コレクションの文脈を理解するうえで参考になります。
まとめ — キュラソーとドミニカ共和国、二つのカリブ海ルーツから続く9年
Botterの歩みを一次情報で確認し直すと、キュラソー生まれのRushemy Botterと、ドミニカ共和国にルーツを持つLisi Herrebrughという、公私ともにパートナーの関係にある二人が、2017年にベルギー・アントワープでブランドを立ち上げ、2018年のイエール国際フェスティバルでのグランプリ受賞とLVMH Prizeファイナリスト選出を経て、同年8月にはフランスの名門メゾンNina Ricciのアーティスティック・ディレクターに起用されるという、急速な歩みをたどってきたことが見えてきます。旧版の記事や既存データベースの記録にあった「2018年ANDAM賞受賞」「Nina Ricci在任2018-2021年」「Rushemyがドミニカ系」といった記述は、一次情報を確認するかぎり事実と異なっていたため、本稿ではあらためて整理しました。実際にはANDAM Grand Prizeの受賞は2022年、Nina Ricci退任の発表は2022年1月末、ドミニカ共和国にルーツを持つのはLisiのほうです。
Nina Ricci退任後もBotterというブランド自体は歩みを止めず、2025年にはG-Star RAWのクリエイティブディレクターという新たな役割も加わりました。海と魚をモチーフにしたプリント、構築的なテーラリング、藻類や貝殻を取り入れた実験的な素材開発、そしてジェンダーの境界を横断するシルエットといった一貫した美学は、カリビアン・クチュールという二人自身の言葉に集約されています。中古市場では創業初期からNina Ricci在任期、そしてANDAM Grand Prize受賞以降の各時期の作品が国内外で流通しており、それぞれの時期背景を踏まえたうえで一着を選ぶと、Botterというブランドの9年に及ぶ歩みをより立体的に楽しむことができるはずです。











