スペイン発のラグジュアリーハウスは多くありませんが、その筆頭が LOEWE(ロエベ)です。1846年に Madrid 中心部の Lobo 通り(後の Echegaray 通り)でスペイン人皮革職人のグループが工房を開き、後にドイツ中部 Hessen 出身の皮革職人 Enrique Roessberg Loewe が1872年に参画して、彼の名を冠したブランドとして統合されました。LOEWE という名は、スペインの皮革文化とドイツの職人技が融合したという180年前の出発点を、そのまま記憶しています(参考: Wikipedia Loewe / GLAM OBSERVER)。
2025年3月17日、11年間クリエイティブディレクターを務めた Jonathan Anderson が LOEWE を退任しました。同年4月7日には、Proenza Schouler の共同創業者である Jack McCollough と Lazaro Hernandez が後任として着任しています。さらに2025年6月2日、Anderson は Dior の全コレクション(メンズ・ウィメンズ・オートクチュール)のクリエイティブディレクターに任命されました。これは Christian Dior 本人以来初めて、3部門すべてを単独で率いる人事になります(参考: WWD / Fortune)。
ここでは LOEWE の180年の歴史を、設計思想・年代別の歩み・デザイナー・代表アイテム・おすすめコレクションの順にご紹介します。
Anagram とイベリアの皮革職人技 — LOEWE の設計思想
LOEWE のブランドアイデンティティをひとつ挙げるなら、4つの L を絡めて構成した Anagram に集約されます。1970年代にスペイン人アーティストの Vicente Vela がデザインし、ハウスのアイコンとして50年以上にわたり使われ続けてきました。文字としてのロゴを抽象的なグラフィックへと変換した先駆的な事例として、ファッションのロゴ史でも独特の位置を占めています(参考: PurseBlog)。
もうひとつ、LOEWE の物づくりで重要なのが、イベリア半島の皮革職人技という拠りどころです。Madrid の工房を1846年から営み、1905年には King Alfonso XIII(アルフォンソ13世)から王室御用達の称号を授かりました。スペイン王室公認のレザーハウスという、ヨーロッパの皮革文化のなかでも稀有な地位を120年以上にわたって保ち続けています(参考: Wikipedia Loewe)。
色のパレットは、タンやコニャック、ボルドー、ブラックに、Anderson 期のフォレストグリーンやバターイエローを加えた、自然な皮革に寄った構成が特徴です。哲学を一言で要約するなら、スペイン王室公認の皮革職人技を、現代のグローバルなラグジュアリーの文脈で更新し続ける、という姿勢に集約されます。Madrid に始まり、パリ進出、LVMH 傘下入り、Anderson による職人技の発信、そして Proenza Schouler による現代的な再解釈という変容を重ねてきた、稀有な持続性を持つブランドです。
哲学を一言で要約するなら、スペイン王室公認の皮革職人技を、現代のグローバルなラグジュアリーの文脈で更新し続ける、という姿勢に集約されます。
創業から現代まで — LOEWE の年代別の歩み
創業期(1846-1871)— Madrid の皮革工房
1846年、Madrid 中心部の Lobo 通り(後に Echegaray 通りへ改名)で、スペイン人皮革職人のグループが工房を開きました。当時のスペイン王室は二つの王室結婚式を控えており、皮革製品の需要が高まっていたという背景での創業でした(参考: GLAM OBSERVER)。この時期は Madrid の上流階級向けの財布や煙草入れ、ケース類、馬具といった皮革小物が主力で、ブランドとしての名前はまだ確立されていませんでした。
Enrique Loewe 期(1872-1905)— ブランドの統合と命名
1872年、Hessen 出身のドイツ人皮革職人 Enrique Roessberg Loewe が Madrid に到着し、Lobo 通りの工房に参画しました。技術に秀でた Enrique は、複数の職人が共同で営んでいた工房を統合し、自身の名を冠して「LOEWE」として一本化しました。1892年には Madrid の Calle Príncipe(プリンシペ通り)に初の専門店を開きます。これは現在も Madrid の旗艦店として残る歴史的な拠点です。そして1905年、King Alfonso XIII から王室御用達の称号を授かり、スペイン王室公認という稀有な地位を獲得しました(参考: Wikipedia Loewe)。
家族経営期(1906-1995)— スペイン国内での確立
20世紀前半、LOEWE は Loewe 一族の家族経営として、Madrid を中心にスペイン上流階級向けの皮革ハウスとして確立されました。1939年には Barcelona に出店し、1959年には Madrid の Serrano 通りに旗艦店を開きます。1975年には四角いボックス型のトート「Amazona」を発表し、実用性と高級感を兼ね備えたヘリテージアイテムとなりました。1970年代から80年代にかけて Anagram ロゴが確立されたものの、この時期の LOEWE はまだスペインの皮革ハウスという地理的な位置づけにとどまっていました(参考: GLAM OBSERVER)。
LVMH 期前半(1996-2012)— 国際化の試行錯誤
1996年、LVMH が LOEWE を完全買収しました。イベリアの皮革職人技という独自の出自を持つブランドを、LVMH 傘下で国際化する試みでした。1997年には Narciso Rodriguez がクリエイティブディレクターに就任し、1998年の秋冬パリコレクションで初のランウェイを披露したのち、短い任期で離任します。続いて2000年から2007年までスペイン人の José Enrique Oña Selfa が、2008年から2013年までは英国出身で Mulberry の経歴を持つ Stuart Vevers が務め、バッグラインの強化に貢献しました。Vevers は2013年に Coach へ移っています。この時期は、スペインの皮革ハウスをグローバルブランドへ育てる試行錯誤の期間で、商業規模はまだ限定的でした(参考: Wikipedia Loewe)。
Jonathan Anderson 期(2013-2025)— 職人技の現代化
2013年9月、北アイルランド出身の Jonathan Anderson が29歳でクリエイティブディレクターに就任しました。同年、LVMH は彼の個人ブランド JW Anderson に出資し、Anderson は二つのブランドを並行して率いるという当時としては異例の体制で始動します。Anderson 期の最大の功績は、職人技を21世紀のラグジュアリーの中心的な言語として再定義したことにあります。2016年には LOEWE Foundation Craft Prize を設立し、世界中の工芸家を発掘・支援してきました。この賞は彼自身が最も誇りに思う功績だと語っています(参考: BoF)。
バッグの面では、2015年春夏のメンズコレクションで「Puzzle」を発表しました。多数のレザーピースから幾何学的に立体を組み上げ、平面に折り畳むこともできるこのバッグは、Anderson の構築的な発想を象徴します。続く「Hammock」や「Goya」、2024年の「Flamenco Purse」が相次いでヒットし、LOEWE は世界的なアイコンバッグをいくつも抱えるハウスへと変わりました。商業面でも、2014年から2024年にかけて売上を大きく伸ばし、LVMH のなかでも有数の成長を実現しています。Anderson は2023年と2024年の British Fashion Awards で Designer of the Year を連覇したのち、2025年3月17日に LOEWE を退任しました(参考: WWD / Fortune)。
Jack McCollough と Lazaro Hernandez 期(2025-)
2025年3月に新クリエイティブディレクターとして発表され、4月7日に着任したのが、Proenza Schouler の共同創業者である Jack McCollough と Lazaro Hernandez です。二人はウィメンズ、メンズ、レザーグッズ、アクセサリーのすべてを共同で監督します。1998年に Manhattan の Parsons School of Design で出会い、2002年に Proenza Schouler を共同創業した、ニューヨークのファッション界を代表するデュオです。CFDA の Womenswear Designer of the Year を三度受賞しています。初コレクションは2026年春夏で、ニューヨークの知的なモダニズムと Madrid の皮革職人技をどう結びつけるかに、業界の関心が集まっています(参考: Wallpaper)。
LOEWE を作った歴代デザイナー
創業者にあたる Enrique Roessberg Loewe は、1872年に Madrid の工房へ参画したドイツ人皮革職人です。複数の職人による工房を統合し、自身の名を冠してブランドを一本化しました。1892年の専門店開設、1905年の王室御用達という、180年の基礎を築いた人物です。
LVMH 買収後の最初のクリエイティブディレクターは、アメリカ・キューバ系の Narciso Rodriguez でした。短い任期ながら、1998年に LOEWE 初のパリランウェイを実現しています。続くスペイン人の José Enrique Oña Selfa は7年にわたり、スペイン的な出自を継承しました。英国出身の Stuart Vevers は Mulberry で培ったバッグの専門性で製品を強化し、2013年に Coach へ移っています。
そして Jonathan Anderson は、29歳での就任から11年にわたり、Puzzle や Hammock、Foundation Craft Prize などを通じて、職人技を軸とする現代ラグジュアリーの旗手となりました。2025年に Dior へ移ったあとを受け継いだのが、Proenza Schouler の Jack McCollough と Lazaro Hernandez です。ニューヨークのモダニズムと Madrid の皮革職人技の融合という新しい方向性が、これから示されようとしています。
LOEWE の代表アイテム
Anagram
1970年代に Vicente Vela がデザインした、4つの L を絡めたアイコンです。文字としてのロゴを視覚的な記号へと変換した先駆例として知られ、Anderson 期にも刷新されることなく受け継がれました。現在も LOEWE 製品のジャカードや金具、刺繍に広く使われ続けています(参考: PurseBlog)。
Puzzle
2015年春夏のメンズコレクションでデビューした、Anderson の代名詞ともいえるバッグです。多数のレザーピースから幾何学的に立体を組み上げ、平面に折り畳むこともできる構造が特徴です。LOEWE をヘリテージハウスから現代を代表するバッグメーカーへと変えた起点として、繰り返し回顧されています(参考: FashionPhile)。
Hammock
2016年に発表された、Anderson 期の二つ目のアイコンです。サイドのジッパーを開くと布のように柔らかくドレープし、閉じると端正なシルエットになります。一つのバッグで複数の表情を選べる構造設計で、実用性と立体的な造形を両立させました(参考: Marie Claire)。
Flamenco
Madrid の工房期から続く伝統的なドローストリングバッグが Flamenco です。Anderson は2024年にこれを「Flamenco Purse」として刷新し、Anagram を刻んだパーツと編み込みのチェーンで現代化しました。ヘリテージと現代性を結びつける、Anderson らしい手法の象徴といえます(参考: PurseBlog)。
Goya と Amazona
Goya は Anderson 期に発表された大型のホーボーバッグで、スペイン絵画の巨匠 Francisco de Goya の名を冠した、イベリア文化への明確なオマージュです。一方の Amazona は、家族経営期の1975年に登場した四角いボックス型のトートで、Madrid の皮革職人技を象徴するヘリテージアイテムとして、現在も生産が続いています(参考: GLAM OBSERVER)。
歴史に残るおすすめコレクション
2015年春夏のメンズは、Anderson が就任した直後の初コレクションで、Puzzle のデビューが実現した重要なシーズンです。2023年春夏のウィメンズは、風船をしぼませた形状のヒールやだまし絵的な演出で、LOEWE が単なるレザーハウスではなく現代美術と職人技の交点であることを印象づけました。2025年春夏のウィメンズは、Anderson が披露した最後のウィメンズコレクションとして、11年間の総括にあたります。そして2026年春夏は、McCollough と Hernandez による初コレクションとして、新しい方向性が初めて示される、業界の大きな関心事になっています。
古着・中古市場での LOEWE の選び方
中古市場では、ヘリテージの Amazona に惹かれる人、Anderson 期の Puzzle や Hammock を一つ持ちたい人、Flamenco Purse の現代的な刷新に憧れる人など、入り口はさまざまです。まずはどの時期・どのモデルかを見極めると、相場感がつかみやすくなります。人気が高いぶん模倣品も見られますので、Anagram の金具や刺繍の精度、縫製の質、革の状態を落ち着いて確認してください。最初の一つとしては、Anderson 期を象徴する Puzzle か Hammock、あるいは Flamenco Purse から入ると、ブランドの魅力を実感しやすいはずです。
まとめ
1846年に Madrid の Lobo 通りで始まった小さな皮革工房は、180年を経た今も Madrid を本拠地とし、1905年に授かった王室御用達を歴史的な資産として保ち続けています。イベリアの皮革職人技という出自を、5代のクリエイティブディレクターが受け継ぎ、現代ラグジュアリーのなかで職人技を軸とする独自の地位を築いてきました。Anderson が Dior へ持ち込んだ職人技の哲学を、Proenza Schouler のデュオがニューヨークの感性でどう更新するのか、2026年春夏以降の動きに注目が集まっています。










