設計思想 — ロンドンのクラブ文化と労働者階級の服装の伝統を更新する19年
Martine Roseは、2007年にMartine Rose(1980年英国ロンドン・クロイドン生まれ、英国とジャマイカにルーツを持つ家庭の出身)が英国ロンドンで立ち上げたハウスです。ロンドンの1990年代のアンダーグラウンドのクラブ文化と、英国の労働者階級の服装の伝統(レイヴ、レゲエ、Lovers Rock、パンク、ダンスミュージック、サッカーの観客の服装)を主軸にした世界観で知られ、英国の現代を代表する独立系の紳士服デザイナーの一人としての地位を確立しました。
ハウスを象徴するのは、英国の伝統的な紳士服の常識を意図的に外した独自の比率です。肩が極端に大きく張り出し、袖が長く、上着の裾が膝下まで届くという、伝統的な紳士服の常識とは正反対の比率は、「古着屋で見つけた大きすぎるスーツ」という感覚を現代の紳士服の文脈で再構築する手法で、19年にわたって英国の現代を代表する独立系ハウスとしての地位を築いてきました。
Martine Roseの経歴の節目として、2015年から2018年にかけて、欧米の高級服飾ハウスBalenciaga(Kering傘下、当時Demna Gvasaliaが指揮を執っていた時期)の紳士服のコンサルタントを務めました。Demna Gvasalia(1981年ジョージア・スフミ生まれ、Vetementsの創業者)はMartine Roseの世界観を高く評価し、この協業は円満に終了しています。
2023年は「Martine Roseの年」と呼ばれるほど活動が集中した年となりました。Nikeとの継続的な共作(2023年FIFA女子ワールドカップに合わせたテーラードコレクションを含む)に加え、StüssyやClarksともコラボレーションを発表し、英国The Fashion AwardsでBritish Menswear Designer of the Yearを受賞しています。2025年にも同賞の上位区分であるDesigner of the Yearの候補に選出されました。
代表的な意匠は、肩が極端に大きく張り出した「大きすぎるスーツ」のジャケット、英国のアンダーグラウンドのクラブ文化を引用したプリントのシャツとTシャツ、Nikeとの共作スニーカー、英国の労働者階級の服装の伝統(パブの労働者の制服、サッカーの観客の服装)を翻訳した作品などです。いずれも既成の「かっこよさ」の基準を素直になぞらない、独自の視点が貫かれています。
創業から現代まで — Martine Roseの歩み
1980-2002 クロイドンでの幼少期からMiddlesex Universityまで
Martine Roseは1980年11月24日に英国ロンドン・クロイドンで生まれました。母は看護師、父は会計士で、Martineは幼少期の多くをトゥーティングの祖母のもとで、英国とジャマイカにルーツを持つ従兄弟たちと過ごしています。レイヴ、レゲエ、Lovers Rock、パンク、ダンスミュージックに傾倒していた年上の従兄弟たちの影響が、後のデザインの原点になったとされています。労働者階級のコミュニティのなかでサブカルチャーの服装を日常的な風景として吸収して育ったことが、後年の意匠の根底にある独自の視点を形作りました。
Martineは当初、彫刻を学ぶつもりでCamberwell College of Artsに進みましたが、進路を服飾デザインに変え、Middlesex University(英国ロンドン北部の総合大学)で学び直し、2002年に卒業しました。
2002-2005 最初の挑戦「LMNOP」
Middlesex University卒業後、Martineは友人でスタイリストのTamara Rothsteinとともに、ブランド「LMNOP」をすぐに立ち上げました。後ろ盾のないままTシャツの制作から始めたこの事業は、やがて国際的に展開されるユニセックスのコレクションへと成長しましたが、5シーズンを経た2005年に活動を終えています。学生時代の友人と後ろ盾なしで始めた小さな事業が国際展開にまで育ちながらも終わりを迎えたという経験は、のちに自身の名を冠したハウスを立ち上げる際の姿勢に少なからず影響したと考えられます。
2007 創業 — 自身の名を冠したハウスの立ち上げ
2007年、Martine Roseは英国ロンドンで自身のハウスを立ち上げました。シャツを中心とする展開から始まったこの事業は、やがてカルト的な支持を集める紳士服のハウスへと育っていきます。LMNOPでの経験を経て、今度は自身の名前を正面から背負う決断をしたことも、このハウスの独立独歩の性格を象徴しています。
創業から最初の数年間は、Dover Street MarketやLN-CCといった英国ロンドンの独立系の販売店での取り扱いを地道に広げていく、目立たない事業として運営されました。Martineの独自の比率の紳士服は、1990年代のクラブ文化の若者が着ていた「大きすぎるスーツ」の感覚を現代の文脈で再構築する手法で、徐々に業界誌に取り上げられ始めます。
2015 LVMH Prizeの決勝進出とBalenciagaでの協業開始
創業から8年を経た2015年、Martine RoseはLVMH Prize(フランスの服飾持株会社LVMHが主催する若手デザイナーの登竜門)の決勝進出のひとりに選ばれました。同じ2015年、当時Balenciagaのクリエイティブディレクターに就任したばかりのDemna Gvasaliaから連絡を受け、紳士服のコンサルタントとして協業を始めています。
この協業は2018年まで3年間続き、円満に終了しました。Demnaは以前からMartineの仕事を気に入っていたとされ、Balenciagaに就任した後にあらためて声をかけたという経緯が伝えられています。大手ラグジュアリーメゾンの内側から、独立系デザイナーであるMartineのストリート感覚と労働者階級の美意識が持ち込まれたことは、2010年代後半のBalenciagaの方向性に少なからぬ影響を与えたと評されています。
2018 Nikeとの最初の共作
2018年、Martine RoseはNike(米国のスポーツ系ハウス)との最初の共作コレクションを発表しました。トラックパンツやトラックジャケット、フットボールジャージ、新しいNike Air Monarchなどを含むこのカプセルコレクションは、英国の独立系デザイナーと米国のスポーツ系ハウスの共作として注目を集めました。定番のスポーツウェアのシルエットを、通常とは異なる比率や着こなしで再提示する手法は、Martine自身の紳士服の意匠とも地続きの発想です。この最初の協業を皮切りに、Nikeとの関係はシーズンを重ねるごとに深まっていきます。
2023 「Martine Roseの年」
2023年、Martine Roseは複数の活動が重なる充実した一年を迎えました。Nikeとの共作は2023年FIFA女子ワールドカップに合わせたテーラードコレクションへと発展し、StüssyやClarksとのコラボレーションも発表しています。スポーツウェア・ストリートウェア・伝統的なシューズメーカーという異なる領域のハウスと同時多発的に協業した年となり、業界誌でも「Martine Roseの年」として繰り返し言及されました。同年、英国The Fashion AwardsでBritish Menswear Designer of the Yearを受賞しました。
2025年には、同賞の上位区分にあたるDesigner of the Yearの候補にも選出され、英国服飾業界における評価をさらに高めています。特定のカテゴリーの賞から総合賞の候補へと評価の階段を上がっていく歩みは、独立系デザイナーとしての19年の蓄積が実を結びつつあることを示しています。
Martine Roseを作った人々
Martine Rose(創業者、2007-現在)
1980年英国ロンドン・クロイドン生まれ。Camberwell College of Artsで彫刻を学んだ後、Middlesex Universityで服飾デザインに転向し2002年に卒業しました。卒業後すぐに友人Tamara Rothsteinとブランド「LMNOP」を立ち上げるも2005年に終了、2007年に自身の名を冠したハウスMartine Roseを立ち上げています。2015年LVMH Prize決勝進出、同年からのBalenciaga紳士服コンサルタント(2018年まで)、2018年Nikeとの共作開始、2023年British Menswear Designer of the Year受賞と、19年にわたってハウスを率いてきた人物です。
代表アイテム — Martine Roseの語彙
「大きすぎるスーツ」のジャケット
ハウスの代名詞となった代表作です。肩が極端に大きく張り出し、袖が長く、裾が膝下まで届く独自の比率のジャケットで、1990年代のクラブ文化の若者が着ていた古着の感覚を現代の紳士服として再構築しています。既製服の「正しいサイズ」という概念そのものを揺さぶる比率は、量産品にはない独自の存在感を放っています。
Nikeとの共作スニーカー
2018年から続くNikeとの協業ラインです。定番シルエットにMartine Roseの独自の視点を重ねたスニーカーとアパレルは、発表のたびに話題を呼んできました。2023年のFIFA女子ワールドカップに合わせたテーラードコレクションのように、単なる復刻にとどまらない新しい切り口を毎回提示している点も特徴です。
中古市場でのMartine Rose
Martine Roseの中古市場は、複数の軸で形成されてきました。「大きすぎるスーツ」のジャケット、Nikeとの共作スニーカー、クラブ文化を引用したプリントアイテム――これらが日本国内でも取引されています。
日本国内ではフリマアプリ、メルカリ、Vestiaire Collective、ZOZO USED、それから原宿・渋谷の古着店での流通が中心です。なかでもNikeとの共作スニーカーは特に人気が高く、中古市場でも高値で取引される傾向があります。独自の比率のジャケットはサイズ感が特殊なため、購入前に採寸を確認することも大切です。相場は出品状況によって変動するため、購入時は個別に最新価格を確認することをおすすめします。
まとめ — LMNOPの挫折から、Balenciagaとの協業と英国の栄誉まで
Martine Roseの19年の歩みをまとめると、次のような節目に整理できます。1980年に英国ロンドン・クロイドンで生まれたMartine Roseは、Middlesex Universityで服飾を学んだ2002年、友人とブランド「LMNOP」を立ち上げるも2005年に終えるという最初の挫折を経験しました。2007年に自身の名を冠したハウスを立ち上げ、2015年のLVMH Prize決勝進出とBalenciagaでの協業開始、2018年のNikeとの共作開始を経て、2023年には「Martine Roseの年」と呼ばれるほどの充実期を迎え、British Menswear Designer of the Yearを受賞しています。
中古市場では「大きすぎるスーツ」のジャケットとNikeとの共作スニーカーを軸に日本国内でも取引され、ロンドンのクラブ文化と労働者階級の美意識を紳士服として翻訳し続けるハウスとして支持を集めてきました。Martine Roseの19年に及ぶ歩みは、「一度ブランドを畳んだ経験を持つデザイナーが、労働者階級の服装とクラブ文化への愛着を貫き、大手メゾンの協業役から英国の栄誉ある賞まで着実に上り詰めた事例」として、今後も参照され続けるはずです。











