設計思想 — フランスの登山隊の装備から世界の高級ダウンへ
Moncler は、1952 年にフランス・グルノーブル近郊のモネスティエ・ド・クレルモン (Monestier-de-Clermont、アルプス山脈の麓に位置する小さな村) で René Ramillon が立ち上げたハウスです。ハウス名「Moncler」 は、創業地の村の名前「Monestier-de-Clermont」 を短縮した造語で、フランスのアルプス山脈の麓の小さな村の名前を世界中に届ける形となりました。
ハウスを象徴するのは、創業から 50 年以上にわたって積み重ねてきた「登山隊の装備」 の伝統と、2003 年からイタリアの起業家 Remo Ruffini の指揮のもとで完成した「世界の高級ダウン」 の二つの世界観の重ね合わせです。創業期の Moncler は、登山隊と冬山の探検隊の装備を作る小さな布製品のメーカーで、1950 年代のフランス・イタリアの代表的な登山隊や冬山の探検隊の装備として採用される経歴を積み重ねていきます。1954 年のフランス・イタリアの K2 (世界第 2 位の高峰、パキスタンと中国の国境) 登頂隊、1955 年のフランスの Makalu (世界第 5 位の高峰、ヒマラヤ山脈) 登頂隊、1964 年のフランスの Alaska 探検隊、1968 年のフランスのグルノーブル冬季オリンピック (フランスの代表的な冬季オリンピック) の公式装備など、欧米の登山史と探検史の代表的な事例で連続して採用されました。
最大の転換点は、2003 年のイタリアの起業家 Remo Ruffini (1961 年イタリア・コモ生まれ、創業者の息子としてイタリアの登山用品の世界に深い縁を持つ人物) によるハウスの買収です。Remo Ruffini は買収後、Moncler を「登山隊の装備のメーカー」 から「世界の高級ダウンのハウス」 へと方向を大きく転換させ、欧米とアジアの高級服飾の業界における代表的な高級ダウンのハウスとしての地位を 2003 年から 2026 年現在まで 23 年にわたって築き上げてきました。
代表的な意匠は、ハウスの代名詞となった「Maya」 と「Hermine」 と「K2」 のダウンジャケット (1980 年代から続く伝統的な意匠で、現代の高級ダウンのハウスの代表作)、登山隊の装備の伝統を継承する「Grenoble」 派生ライン、そして 2018 年から始まった「Moncler Genius」 (Pierpaolo Piccioli、Thom Browne、Craig Green、Simone Rocha、Hiroshi Fujiwara、Pharrell Williams などの代表的なデザイナーとの共作シリーズ) などです。
創業から現代まで — Moncler の歩み
1952 創業 — フランス・グルノーブル近郊の小さな村
René Ramillon は 1908 年にフランスで生まれ、1940 年代にフランス・グルノーブル近郊のモネスティエ・ド・クレルモン (Monestier-de-Clermont、アルプス山脈の麓に位置する小さな村、人口 1 千人ほどの登山と冬山の地域) で布製品の工房を営み始めました。当時のフランスのアルプス地方は、登山と冬山の活動が産業として成長していた時期で、René は地域の登山者と冬山の活動者の装備を作る布製品の事業を着実に広げていきます。
1952 年、René Ramillon は事業を正式に法人化し、創業地の村の名前から取った「Moncler」 という社名でハウスを立ち上げました。創業時の事業は登山と冬山の装備のメーカーで、寝袋、テント、登山用の防寒着、ダウンジャケットなどを主要な事業として、フランス・イタリアの代表的な登山隊や冬山の探検隊への装備の供給を 1950 年代から 1960 年代を通じて積み重ねていきます。
1954-1968 K2 登頂隊・Makalu 登頂隊・Alaska 探検隊・グルノーブル冬季オリンピック
創業から数年で、Moncler はフランス・イタリアの登山史と探検史の代表的な事例で連続して装備が採用される歩みを始めました。
1954 年、フランス・イタリアの登山隊が K2 (世界第 2 位の高峰、パキスタンと中国の国境にあるカラコルム山脈の代表的な山、標高 8,611m) の初登頂に成功した遠征で、Moncler は登山隊の防寒着とダウンジャケットの装備として採用されました。1955 年のフランスの Makalu (世界第 5 位の高峰、ヒマラヤ山脈、標高 8,485m) の初登頂隊、1964 年のフランスの Alaska 探検隊などでも続けて採用され、欧米の登山史と探検史における代表的な装備のハウスとしての地位を 1950 年代から 1960 年代の 15 年間にわたって築き上げていきます。
1968 年は Moncler の歩みのなかで創業期の最大の節目となりました。フランスのグルノーブル (Moncler の創業地から近い都市) で開催された冬季オリンピック (フランスの代表的な冬季オリンピック) で、Moncler はフランスの公式装備として採用されたのです。グルノーブル冬季オリンピックでの公式装備の採用は、Moncler の名前を欧米とアジアの冬山の競技の業界に広く認知させる契機となりました。
1980 年代「Maya」 と「Hermine」 のダウンジャケット
1980 年代に入ると、Moncler は登山用と冬山の競技用の装備のメーカーから、より広い冬の街着の世界へ事業を広げ始めます。
1980 年代に発表された「Maya」 と「Hermine」 のダウンジャケットは、Moncler の代名詞となった代表作です。Maya は紳士服のダウンジャケットの代表的な意匠で、肩から袖にかけての丸みのある仕立てと、控えめなロゴが特徴。Hermine は婦人服のダウンジャケットの代表的な意匠で、腰のラインを絞った仕立てと、軽くて暖かいダウンの構造を持ちます。1980 年代から 2026 年現在まで 45 年以上にわたって、本ハウスの代表的な意匠として安定した支持を集める代表作となりました。
2003 Remo Ruffini の買収と高級ダウンへの転換
2003 年は Moncler の歩みのなかで最大の経営の節目となりました。イタリアの起業家 Remo Ruffini (1961 年イタリア・コモ生まれ、創業者の息子としてイタリアの登山用品の世界に深い縁を持つ人物) がハウスを買収する決断を下したのです。
Remo Ruffini は、自身の父 Gianfranco Ruffini もイタリアの登山用品の事業を営んでいた人物で、Remo 自身も若いころから登山用品の世界に深く触れていた経歴を持ちます。Moncler の買収後、Remo は会長と最高経営責任者として、ハウスを「登山隊の装備のメーカー」 から「世界の高級ダウンのハウス」 へと方向を大きく転換させる戦略を進めました。価格帯を高級服飾の主流の帯へ引き上げ、欧米とアジアの主要な高級服飾の販売店での取り扱いを大幅に広げ、季節ごとのファッションウィークでの発表会を本格化させる――こうした一連の改革で、Moncler は 2003 年から 2010 年代にかけて欧米とアジアの代表的な高級ダウンのハウスとしての地位を急速に固めていきます。
2013 年には、Moncler はミラノの証券取引所 (Borsa Italiana) に正式に上場しました。上場時の時価総額は数十億ユーロに達し、欧米とアジアの高級服飾の業界における代表的な上場企業の一つとしての地位を確立します。
2018 「Moncler Genius」 の発表と代表的なデザイナーとの共作
2018 年は Moncler の歩みのなかで最も大きな創造の節目となりました。Remo Ruffini が指揮を執るハウスは「Moncler Genius」 (代表的なデザイナーとの共作シリーズ) を発表したのです。
「Moncler Genius」 は、欧米とアジアの代表的なデザイナー (Pierpaolo Piccioli、Thom Browne、Craig Green、Simone Rocha、Hiroshi Fujiwara、Karl Templer、Sandro Mandrino、Veronica Leoni などの代表的な人物) が、それぞれ独立した小規模の共作ラインを Moncler の傘下で展開する独自の事業構造です。2018 年から 2026 年現在まで、毎年異なる代表的なデザイナーとの共作ラインが発表され、欧米とアジアの服飾の業界誌で繰り返し取り上げられる代表的な事例となります。
「Moncler Genius」 の代表的な共作には、Pierpaolo Piccioli (Valentino の元最高創造責任者) のドラマチックな婦人服、Thom Browne (米国の代表的な紳士服デザイナー) のグレースケールの紳士服、Craig Green (英国の代表的な紳士服デザイナー) の彫塑のような構造の紳士服、Simone Rocha (英国・アイルランド系の婦人服デザイナー) のフリルとレースの婦人服、Hiroshi Fujiwara (日本の代表的なストリートウェアの伝説的人物、Fragment Design の創業者) の現代の街着、Karl Templer のミニマリストの紳士服、Pharrell Williams (米国の音楽の代表的な人物) の現代の街着など、欧米とアジアの服飾の業界における極めて多彩な共作の代表的な事例となっています。
2020 年代の継続的な拡大
2020 年代に入っても、Moncler は Remo Ruffini の指揮のもとで継続的な拡大を続けています。2021 年には、英国の代表的な高級アウトドアのハウス Stone Island を買収し、Moncler Group としての事業の幅をさらに広げる戦略を進めました。
2026 年現在、Moncler Group は本体の Moncler と Stone Island の二つのハウスを傘下に持つ、欧米とアジアの代表的な高級ダウンとアウトドアの上場グループとしての地位を保ち続けています。Remo Ruffini は会長と最高経営責任者として 23 年間にわたって経営の中核を担い続けており、欧米の現代の服飾の業界における代表的な経営者の一人としての地位を確立してきました。
Moncler を作った人々
René Ramillon (創業者、1952-1969)
1908 年フランス生まれ。1940 年代にフランス・グルノーブル近郊のモネスティエ・ド・クレルモンで布製品の工房を営み、1952 年に Moncler を正式に立ち上げた人物。創業期の事業は登山と冬山の装備のメーカーで、フランス・イタリアの代表的な登山隊や冬山の探検隊への装備の供給を 1950 年代から 1960 年代を通じて積み重ね、Moncler の伝統の基盤を築きました。
Remo Ruffini (会長と最高経営責任者、2003-現在)
1961 年イタリア・コモ生まれ。父 Gianfranco Ruffini もイタリアの登山用品の事業を営んでいた人物で、Remo 自身も若いころから登山用品の世界に深く触れていた経歴を持ちます。2003 年に Moncler を買収し、ハウスを「登山隊の装備のメーカー」 から「世界の高級ダウンのハウス」 へと方向を大きく転換させた人物。2013 年のミラノ証券取引所への上場、2018 年からの「Moncler Genius」 の発表、2021 年の Stone Island の買収など、欧米とアジアの現代の服飾の業界における代表的な経営者の一人として 23 年にわたってハウスを率いてきました。
代表アイテム — Moncler の語彙
Maya のダウンジャケット (紳士服)
1980 年代発表のハウスの代名詞。紳士服のダウンジャケットの代表的な意匠で、肩から袖にかけての丸みのある仕立てと控えめなロゴが特徴です。1980 年代から 2026 年現在まで 45 年以上にわたって、本ハウスの代表的な意匠として安定した支持を集める代表作です。
Hermine のダウンジャケット (婦人服)
1980 年代発表の婦人服のダウンジャケットの代表的な意匠。腰のラインを絞った仕立てと、軽くて暖かいダウンの構造を持ち、欧米とアジアの女性愛好家のあいだで強い支持を集める代表作です。
Grenoble 派生ライン
登山隊の装備の伝統を継承する派生ライン。現代のスキー競技と冬山の活動の装備として、本流ラインより機能的な仕立てと素材を提示する代表的な事業の柱の一つです。
Moncler Genius シリーズの代表的な共作
2018 年から発表された Pierpaolo Piccioli、Thom Browne、Craig Green、Simone Rocha、Hiroshi Fujiwara、Pharrell Williams などの代表的なデザイナーとの共作シリーズ。欧米とアジアの服飾の業界における極めて多彩な共作の代表的な事例として強い支持を集めています。
中古市場での Moncler
Moncler の中古市場は、複数の軸で形成されています。Maya のダウンジャケット (紳士服)、Hermine のダウンジャケット (婦人服)、Grenoble 派生ラインの登山隊風のダウン、Moncler Genius シリーズの代表的な共作のダウンジャケットとコート、その他の主要なダウンジャケット――これらが日本国内で活発に取引されています。
日本ではフリマアプリ、メルカリ、Vestiaire Collective、ZOZO USED、それから青山・表参道・代官山・原宿の古着店、それから百貨店の中古セール (阪急百貨店中古、阪神百貨店中古など) での流通が中心です。
Maya のダウンジャケット (紳士服) は中古市場で 8 万円から 25 万円の幅広い帯で取引され、とくに人気色の在庫は限定の人気色として 15 万円から 35 万円の高い帯で愛好家のあいだを動きます。Hermine のダウンジャケット (婦人服) は 6 万円から 20 万円の中位帯で活発に流通し、欧米とアジアの女性愛好家のあいだで「世界の代表的な婦人服のダウン」 として安定した参照対象となっています。Moncler Genius シリーズの代表的な共作のダウンジャケットとコートは 10 万円から 40 万円の幅広い帯で取引され、欧米とアジアの愛好家のあいだで「現代の代表的な共作のダウン」 として強い支持を集める代表作です。
まとめ — 74 年の歩み、フランス・グルノーブルの登山隊の装備から世界の高級ダウンへ
Moncler の歩みを 74 年でまとめると、次のような節目に整理できます。1908 年に René Ramillon がフランスで生まれ、1940 年代にフランス・グルノーブル近郊のモネスティエ・ド・クレルモン (Monestier-de-Clermont) で布製品の工房を営み、1952 年に Moncler を正式に立ち上げ (ハウス名は創業地の村の名前を短縮した造語)、1954 年のフランス・イタリアの K2 (世界第 2 位の高峰、パキスタンと中国の国境) 初登頂隊、1955 年のフランスの Makalu (世界第 5 位の高峰、ヒマラヤ山脈) 初登頂隊、1964 年のフランスの Alaska 探検隊で連続して装備が採用、1968 年のフランス・グルノーブル冬季オリンピックでフランスの公式装備として採用、1980 年代に「Maya」 (紳士服のダウン) と「Hermine」 (婦人服のダウン) を発表、2003 年にイタリアの起業家 Remo Ruffini (1961 年イタリア・コモ生まれ) が買収して高級ダウンの方向へ転換、2013 年にミラノの証券取引所に上場、2018 年から「Moncler Genius」 (Pierpaolo Piccioli、Thom Browne、Craig Green、Simone Rocha、Hiroshi Fujiwara、Pharrell Williams などとの共作シリーズ) を発表、2021 年に Stone Island を買収――という流れです。
中古市場では Maya、Hermine、Grenoble 派生ライン、Moncler Genius シリーズの共作のダウンの多角的な軸で日本国内でも活発に取引され、世界の代表的な高級ダウンのハウスとして安定した価値を保ち続けています。74 年に及ぶ Moncler の歩みは、フランスのアルプス山脈の麓の小さな村の布製品の工房が、世界の代表的な高級ダウンの上場グループへと成長していく代表的な事例として、欧米とアジアの服飾史と経営史の参照対象として今後も語り継がれていくはずです。










