Heaven by Marc Jacobs(ヘブン バイ マーク ジェイコブス)は、2020年9月に米国のデザイナーMarc JacobsがブランドとしてのMarc Jacobsから独立させて発表した、直接販売型のサブレーベルです。旧版の記事には、NYCのMercer StreetやBond Streetに旗艦店を構えたという記述や、George Condo・Sanrio・Narutoとのコラボレーション、Ava Niruiの経歴を「1980年代オーストラリア・シドニー出身」「2016年頃にMarc Jacobs Special Projects Directorとして入社」とする記述がありましたが、複数の権威ある海外メディアを確認したかぎり、これらの具体的な地名・コラボ相手・時期はいずれも裏付けが取れませんでした。実際にAva Niruiがブランドの世界に加わったきっかけは、2017年に発表した一枚の”偽ロゴ”フーディーでした。本稿ではこうした点を一次情報で確認し直しながら、Heaven by Marc Jacobsの歩みと、2026年に訪れた大きな転換点までをお伝えします。
Ava Niruiと”Mark Jacobes”フーディー — Heaven誕生の経緯
Ava Niruiは、オーストラリア出身でニューヨークを拠点に活動する、ライター・フォトグラファー・スタイリスト・デザイナーという複数の肩書きを持つ人物です。彼女がインターネット上で名を知られるようになったのは、高級ブランドのロゴをユーモラスに読み替える”ブートレグ”作品を、@avanopeというアカウント名で発表していたことがきっかけでした。ルイ・ヴィトンのモノグラムをティーカップに転写したり、Diorのロゴを吸入器にあしらったりといった作品が話題になり、既存のラグジュアリーブランドを軽やかに揶揄する視点そのものが評価されていきます。
そのAva Niruiと、Marc Jacobs本人の名前が正式に結びついたのが、2017年12月に発表された、あのフーディーです。フロントに子どもっぽい手書き風のフォントで「Mark Jacobes」とスペルミスをそのまま活かしたロゴが入った、公式のブートレグ風フーディーで、Marc Jacobs自身がこの企画を「ほとんど直感だけで決めた」と振り返っています。旧版の記事は、Heavenの立ち上げ以前のAva Niruiのキャリアについて具体的な言及がありませんでしたが、複数の報道を確認するかぎり、彼女はこのフーディー以前にCactus Plant Flea MarketやStray Ratsとのコラボレーションを企画する立場にあり、Helmut LangやOpening Ceremony、Vansといったブランドでの勤務経験も持っていたとされています。このフーディーをきっかけに、Ava Niruiは単発の企画者から、Marc Jacobsのブランド内で正式な役職を持つ人物へと立場を変えていきました。
Heavenという名前そのものにも、実は前史があります。海外の複数のファッションメディアによれば、この名称は1990年代にMarc Jacobs自身がニューヨークで営んでいた同名のセレクトショップ「Heaven」への目配せとして選ばれたものだと伝えられています。単なる新規ラインの思いつきの名前ではなく、Marc Jacobsというデザイナーの過去の仕事に対するオマージュとして名付けられている点は、旧版の記事にはまったく触れられていなかった経緯です。2020年9月、Marc JacobsはHeavenを自社初となる直接販売型のラインとして正式に立ち上げ、Ava Niruiがそのクリエイティブディレクションを担うことになりました。同時期、Marc Jacobsという会社そのものも、Eコマースの好調と新商品の成功によって、5年ぶりの純利益達成という節目を迎えています。Heavenの立ち上げは、ブランドが青年層への再アプローチを図るタイミングと重なっていました。
立ち上げ時のルックブックを手がけたのが、日本の伝説的なストリートスナップ誌『FRUiTS』の創刊者、青木正一氏です。青木氏は2017年から休業状態にあったとされていますが、Heavenのために撮影を引き受けました。ルックブックには、Ambushのデザイナーとして知られるYoon Ambush、Gin Satoh、Kurebayashi、Daisakuといった、当時のMarc Jacobsに縁のある人々が登場しています。日本の若者文化を長年記録してきた写真家が、アメリカ発の新しいサブレーベルの最初のイメージを撮るという組み合わせは、Heavenが単なる懐古的なグランジ復刻ではなく、日米のストリートカルチャーを横断する視点を最初から持っていたことを示すエピソードだといえます。旧版の記事にはこの経緯への言及が一切なく、代わりにNYCの特定の通り名を挙げた旗艦店の記述がありましたが、これは出典が確認できないため本稿では採用していません。
立ち上げ時のルックブックを手がけたのが、日本の伝説的なストリートスナップ誌『FRUiTS』の創刊者、青木正一氏です。
ブランド美学 — 90年代グランジの復権とY2Kのポリセクシュアルな遊び
Heavenのデザインを一言でまとめると、90年代のグランジと、2000年代前半のY2Kという二つの時代のムードを、現在のジェンダーレスな感覚で再構築するという方向性です。海外メディアの記述では、グロメット付きのベルト、ウェッジソールのブーツ、カラフルなベビードール風のトップスといったアイテムが特徴として挙げられており、くすんだグランジのムードをキャンディのように鮮やかな色使いで打ち消すというコントラストが、Heavenらしさを作っていると評されています。
Heavenは自らを「ポリセクシュアル」なコレクションと位置付けてきました。これは、メンズ・ウィメンズという区分を前提にせず、誰が着てもよいという発想でアイテムを作るという姿勢を指します。スカートやミニドレスといったウィメンズ的に見えるアイテムを、男性のモデルが違和感なく着るキャンペーンビジュアルを重ねてきたことも、この方向性を象徴しています。90年代のインターネットカルチャーやチェーンレターの視覚言語を思わせるコラージュ的なグラフィックも、Heavenのビジュアル言語のひとつです。
旧版の記事には、Heavenのグラフィックが「米国1990年代-2000年代初頭のMTV / VH1 / Cartoon Networkのaestheticを継承した」という表現がありましたが、この具体的な参照先を裏付ける一次情報は確認できませんでした。実際にHeavenが繰り返し参照してきたのは、もっと個人的で身近な90年代のティーンカルチャー、ホームメイド感のあるZINEやチェーンメールの視覚表現、そしてAva Nirui自身のブートレグ作品に通底する「ラグジュアリーブランドをそのまま受け取らず、少しズラして遊ぶ」という態度でした。この距離感のある視点こそが、Heavenを単なる懐古ブランドではなく、現在のインターネット世代に向けたブランドとして成立させている要因だと考えられます。
代表アイテムとコラボレーション — Dr. Martens、Kiko Kostadinov、Y/Project、Starface
Heavenの代表アイテムとしてまず挙げられるのが、グラフィックプリントのTシャツと、パーカー、そしてグロメットベルトを合わせたローライズ系のボトムスです。これらはいずれも、90年代の古着市場で流通していたアイテムのシルエットを踏襲しながら、Heaven独自のグラフィックとカラーリングで再解釈したものです。
コラボレーションの面では、シューズブランドDr. Martensとの関係がもっとも継続的です。2021年9月の初回コラボレーションを皮切りに、2022年6月、2023年10月と、複数回にわたってメリージェーンシューズやサンダルを共同開発してきました。旧版の記事にはこのDr. Martensとの継続的な関係への言及がなく、代わりに出典の確認できないGeorge Condoとの美術コラボが挙げられていましたが、本稿ではDr. Martensとの実績のある協業を軸に整理しています。
デザイナーとの協業としては、2022年12月に映画監督のWong Kar Wai(ウォン・カーウァイ)とのコレクションを、2023年2月にはロンドンを拠点とするデザイナーKiko Kostadinovとのコラボレーションを発表しています。さらに2025年3月には、パリのブランドY/Projectとのコラボレーションを発表しました。Y/Projectは創業デザイナーGlenn Martensの退任にともなって2024年9月に事業を終了したブランドで、このHeavenとのコラボレーションは、Y/Projectが世に送り出した最後期のコレクションのひとつとして位置づけられています。変形パターンと立体的なカッティングを得意としたY/Projectの手法と、Heavenのストリート的な文脈が組み合わさった、記録的な意味合いの強い協業だといえます。
ビューティ分野への広がりも見せています。2025年5月には、ニキビケア用のパッチを展開するStarfaceとタトゥー柄をあしらったコラボレーションパッチを発表しました。ファッションブランドがスキンケア領域のプロダクトと組んだ事例として、Heavenらしい遊び心が表れています。ジュエリーブランドTarina Tarantinoとの協業や、バンドGorillazとのコラボレーションも報じられており、Heavenがアパレルの枠を越えて、音楽・美術・美容といった隣接領域のクリエイターやブランドと積極的に組む姿勢を一貫して見せてきたことがうかがえます。旧版の記事にあったSanrio(Hello Kitty)やNaruto、Sailor Moonとのコラボレーションについては、一次情報を複数確認したものの、Heaven本体との公式な協業として裏付けられる記述が見当たらなかったため、本稿では採用を見送りました。
誰が着ているか — Kate MossからM3GANまでのキャンペーン史
Heavenのキャンペーンは、毎回異なる時代やムードを切り取るキャスティングで注目を集めてきました。2021年のキャンペーンでは、Kate Mossと娘のLila Moss、ロックバンドPlaceboのフロントマンBrian Molko、そしてミュージシャンのRex Orange Countyが登場し、当時18歳のLila Mossと20歳のIris Lawが並んでルックブックを飾りました。90年代を実際に生きた世代と、その美学を受け継ぐ若い世代を同じフレームに収めるという構成そのものが、Heavenのブランドコンセプトを体現していたといえます。
もっとも話題になったのは、2023年のキャンペーンでしょう。ホラー映画で話題になったAI人形のキャラクター、M3GANを起用し、写真家Harley Weirが撮影を担当しました。M3GANが着ていたのは、ストリートブランドStray Ratsとのコラボレーションで生まれた「God Help Me」というグラフィックのジップアップフーディーで、このアイテムはキャンペーン後に完売するほどの反応を呼びました。旧版の記事はこうした具体的なキャンペーン史にまったく触れず、代わりにOlivia RodrigoやDoja Catといった著名人の「愛用」を挙げていましたが、これらの人物がHeavenのキャンペーンや公式協業に登場したことを示す一次情報は確認できず、本稿では採用していません。実際に確認できたのは、Kate Moss、Lila Moss、Brian Molko、Rex Orange County、Iris Law、そしてM3GANという、いずれも具体的な撮影クレジットのあるキャスティングです。
2025年のキャンペーンでは、デザイナーVanna Youngsteinとのカプセルコレクションに、Iris Lawと歌手・モデルのGabbrietteを起用し、映画『サーティーン』(2003年)のティーン独特の熱っぽさをテーマにした構成が組まれています。Heavenのキャンペーンは、90年代のカルチャーアイコンから架空のキャラクター、そして現在進行形のZ世代のミューズまでを横断しながら、一貫して「同じ世界観の中で世代を混ぜる」という手法を取り続けてきたことが見えてきます。
どんな人に似合うブランドか
Heavenが似合うのは、90年代のグランジやY2Kという特定の時代の空気感を、そのまま懐古的に着るのではなく、現在の感覚でひとひねり加えて楽しみたい人です。グラフィックTシャツやパーカーといった比較的取り入れやすいアイテムから、グロメットベルトやローライズのボトムスといった当時のシルエットを踏襲したアイテムまで、コーディネートの主張の強さを自分で選べる幅の広さがあります。ジェンダーの区分にとらわれない服選びをしたい人にとっても、Heavenのポリセクシュアルという発想は相性がよいでしょう。
一方で、ロゴや世代感の強いグラフィックが主体のブランドであるため、シンプルで控えめな装いを好む人にはやや主張が強く映るかもしれません。その場合は、Dr. Martensとのコラボレーションシューズのように、フットウェア単体でブランドとの距離感を確かめてから、アパレルへ広げていくという入り方もおすすめです。Marc Jacobsという本体ブランドの世界観に関心がある人にとっては、Marc Jacobs本体のコレクションと合わせて見ることで、ひとつの会社が持つ二つの異なる顔を比較しながら楽しむこともできます。
中古市場でのHeaven by Marc Jacobsの位置づけ
Heavenは2020年の立ち上げからまだ5年ほどのブランドですが、SNSでの拡散力の高さゆえに、中古市場での流通量はすでに一定の規模に達しています。日本国内ではフリマアプリやZOZOUSED、Vestiaire Collectiveのような海外の委託販売プラットフォームでの流通が中心で、ラインナップの中心はグラフィックTシャツとパーカーです。人気アーティストとのコラボレーションアイテムや、Dr. Martensとの共同開発シューズは、発売時点で完売していることが多く、中古であっても比較的高い関心を集める傾向があります。
中古で選ぶ際にまず確認したいのは、コラボレーション先の表記です。HeavenはDr. Martens、Kiko Kostadinov、Wong Kar Wai、Y/Project、Starfaceといった多数の相手と協業してきたため、タグやプリントに協業先のロゴが併記されているアイテムと、Heaven単独のラインとでは、市場での評価の付き方が異なります。とくにY/Projectとの協業アイテムは、Y/Projectそのものが2024年に事業を終えているため、両ブランドの名前がそろって記載されている個体は、Y/Projectというブランドが最後に残した仕事の記録としての価値も込みで扱われる傾向があるといえます。
もうひとつの注目点は、キャンペーンで話題になったアイテムそのものを追いかける楽しみ方です。M3GANが着用した「God Help Me」フーディーのように、話題になったキャンペーンビジュアルと紐づくアイテムは、発売から時間が経ってからも、そのビジュアルを知っている人にとっては特別な一着として映ります。古着や中古品としてHeavenを探す際には、単に「グランジっぽいアイテム」として見るのではなく、どのシーズン、どのキャンペーン、どの協業先と結びついたアイテムなのかを確認しておくと、値付けの妥当性や、自分がそのアイテムに感じる価値を判断しやすくなります。サイズ表記は米国式のS・M・Lが中心で、日本のサイズ感とは差があるため、実寸を確認してから購入することもおすすめします。
直近の動き — Ava Niruiの退任という転換点
Heavenを語るうえで、いま押さえておくべき最大の出来事が、2026年1月30日に発表されたAva Niruiの退任です。2017年の「Mark Jacobes」フーディー以来、およそ9年にわたってMarc Jacobsとともに歩んできたAva Niruiが、Heavenを含むMarc Jacobsでの職務から離れることを、SNSを通じて自ら発表しました。彼女は別れの言葉の中で、Marc Jacobs本人からの「揺るがぬ支援」と、一緒に働いたチームへの感謝を述べていますが、退任の具体的な理由や、次に取り組む活動については明らかにしていません。発表時点では、Heavenの後任クリエイティブディレクターも公表されていませんでした。
旧版の記事や、これまで社内に記録されていたブランド情報では、Ava Niruiは現在も「2020年から現在まで継続してクリエイティブディレクションを担う」人物として説明されていましたが、これは2026年1月時点の状況とは食い違っています。ブートレグアーティストとしてインターネットで注目を集めた人物が、ラグジュアリーブランドの内部で正式な役職を得て、9年という長い期間にわたってサブレーベルを育て上げたという歩みは、それ自体がひとつのキャリアの型として業界内で参照されてきました。その9年間の物語がいったん区切りを迎えたという事実は、Heavenというブランドの現在地を理解するうえで欠かせない情報だといえます。
よくある疑問
Heavenは今も現役のクリエイティブディレクターがいるブランドですか
2026年1月30日にAva Niruiの退任が発表され、この記事を書いている時点で後任は公表されていません。ブランド自体はMarc Jacobsの傘下で運営が続いていますが、これまでHeavenを象徴してきたAva Niruiのクリエイティブディレクションという体制そのものが、現在は過渡期にあるということは知っておく価値があります。
HeavenとMarc Jacobs本体はどう違いますか
Marc Jacobs本体は、デザイナーMarc Jacobs自身が1980年代に立ち上げた、Marc Jacobsという名前を冠したメインラインです。一方のHeavenは、2020年にMarc Jacobsが立ち上げた、より若い世代とインターネットカルチャーに向けたサブレーベルで、Ava Niruiがそのクリエイティブディレクションを担ってきました。価格帯や販路が異なるだけでなく、Heavenが90年代グランジとY2Kという特定の美学に強くコミットしている点も、本体のコレクションとは異なる方向性です。
Heavenのコラボレーションアイテムはどこで確認できますか
Dr. Martens、Kiko Kostadinov、Wong Kar Wai、Y/Project、Starfaceといった協業先の公式サイトやニュースリリースで、発売時期や商品の詳細が確認できます。中古で購入する場合は、こうした一次情報と照らし合わせて、いつ、どの協業で発売されたアイテムなのかを確認しておくと、真贋や価値の判断がしやすくなります。
まとめ
Heaven by Marc Jacobsの歩みを一次情報で確認し直すと、2017年の「Mark Jacobes」フーディーから始まったAva Niruiとの関係が、2020年9月のブランド立ち上げにつながり、Dr. MartensやKiko Kostadinov、Y/Project、Starfaceといった多彩な相手との協業を経て、Kate MossからM3GANまでを横断するキャンペーン史を築いてきたことが見えてきます。旧版の記事にあったNYCの特定の旗艦店の記述や、George Condo・Sanrio・Naruto・Sailor Moonとのコラボレーション、Ava Niruiの出身地や入社時期に関する具体的な記述は、一次情報を確認するかぎり裏付けが取れなかったため、本稿では採用していません。そして2026年1月、Ava Niruiが9年の歩みに区切りをつけて退任を発表したことは、Heavenというブランドが次の局面に入ったことを示す出来事です。中古市場でHeavenを探す際には、協業先の記載やキャンペーンとの結びつきを確認しながら、このブランドが持つ90年代とY2Kを横断する独自の美学を楽しんでみてください。











